執筆者:澤田吉啓

最近日産から電気でモーターを動かして走るが、エンジンもついているというコンパクトカーが発売され話題になっている。それ以外に世の中に出ているいわゆるハイブリッド車は低速時などに短時間だけモーターで走るが、基本的にはガソリンエンジンで走る従来の車に過ぎない。

筆者はリチウムイオン電池のみで走る電気自動車に乗って4年目を迎えているが、もうガソリンエンジン駆動車には戻れそうにない。そのくらい電気モーターで走る車の運転はレスポンスがよく静かで快適だ。ただ、常に充電を意識していなければならないことや航続距離の短さと充電時間の長さが玉に傷だと思っている。

上述の新車は充電の必要がなく、エンジンを発電専用に使うことで従来の電気自動車の不便さを解決していると聞き、ひそかに関心を持っている。

ただ、エンジンで発電するということは、ガソリンを消費するわけで電気自動車や燃料電池車と比べるとCO2を従来の車と同様に排出することに変わりはない。

といっても、電気自動車が日本で充電する電気のおおもとは実際には風力や太陽光、水力など再生可能エネルギー100%のものではなく、CO2を排出する化石燃料が主要エネルギー源であるためこれも本当の意味で地球にやさしい車にはなっていない。

そこでふと思ったのが、この日産の新型コンパクトカーがガソリンではなく、再生可能燃料のバイオエタノールで走るなら究極の地球にやさしい車になるのではないのかということだ。バイオエタノールはサトウキビなどの植物由来のエネルギー燃料であることからカーボンニュートラルと定義されているのだから。

ブラジルではサトウキビからエタノール燃料が作られる

ブラジルではサトウキビからエタノール燃料が作られる

日本で10年ほど前に話題になった植物由来のエタノールを自動車燃料にする話はその後どうなったのだろうか。

日本全国のほとんどのガソリンスタンドをコントロールする石油元売りを傘下に持つ石油連盟は当時バイオエタノールの導入には反対で、その代替として一時「バイオ・ガソリン」とかいう名称を使って当時の京都議定書に基づくCO2削減対策に業界として取り組んでいることをアピールしていた。ただ、このバイオガソリンは石油精製の過程でできる副産物のガスであるイソブテンとエタノールから合成された化学物質をガソリンに混合するもので、100%の植物由来ではなく真に環境にやさしい燃料ではない。

このバイオ・ガソリンが販売されたのは2007年4月だったと記憶しているが当時はフランスから高価な値段で輸入して、その費用は消費者に転嫁されていたことは想像に難くないが、その後京都議定書のCO2削減目標達成があやふやになるなかで社会から注目されることもなくなりいつのまにかいまやどこのガソリンスタンドでもみかけない気がする。

理科系ではない筆者にはよくわからないが、当時は純粋なバイオエタノールをそのままガソリンに混ぜると自動車のゴムパッキンとかアルミ部品に悪影響があるとか3%を超えてガソリンと混合するとエンジンに不具合が出るとかそういった対策をとるには莫大なコストがかかるとかいわれていた。

一方、ブラジルでは長く石油が同国土内で発掘できず、70年代の石油ショックでエネ

エタノールは専用ターミナルから全国のガソリンスタンドに運ばれていく

エタノールは専用ターミナルから全国のガソリンスタンドに運ばれていく

ルギーは深刻な問題となっていた。そのため、80年代には国家アルコール計画(プロアルコール)を策定してサトウキビによるバイオエタノールを主に自動車用燃料として活用すべくその生産増強に力を注いできた。

しかしその途上で、国土内ではなかったが、領海内の海域で大型の油田がみつかり、その採掘が始まると、莫大な予算をつぎ込んできたこの計画は途中で頓挫することになった。

ともあれ、このプロアルコール計画を足掛かりにブラジルのバイオエタノール産業の基盤は確かに築かれ、世界有数のバイオエタノール燃料の生産国となり、ブラジルにおいては自動車燃料の重要なエネルギー源としての地位を築き今に至っている。

またサトウキビの搾りかす(バガス)をエタノール生産に必要な電力として活用するバイオ発電や、サトウキビからバイオプラスチックを開発したり、サトウキビの葉からもエタノールを抽出する技術を開発したりするなど飛躍的な技術進歩で生産コストの削減も進みいまやエタノール生産に補助金を出さずともガソリンと価格面で競争可能なレベルまで達している。

 

ガソリンスタンドでのエタノールとその混合燃料の品質検査

このような背景のもと、現在販売されているブラジルの乗用車の9割はガソリンでもエタノールでもあるいはガソリンとエタノールがどのような混合率の燃料であってもなんら問題なく機能する自動車「フレックス燃料対応車」になっている。つまり自動車の燃料タンクはひとつで、そこにガソリンでもエタノールでも好きに入れていいのである。利用者はその時々のガソリンとエタノールの価格をみて好きな燃料を補給することができるのである。

フレックス燃料対応であることをアピールするイメージ画像

フレックス燃料対応であることをアピールするイメージ画像

ブラジルの自動車生産台数は約243万台であるが、現在の乗用車・商用車の新車販売に占めるフレックス燃料対応車の割合は実に全体の94%(2015年末)に達しており、19社200モデルに及ぶ。

ブラジルの自動車メーカーはそのほとんどが外国系で、米国系のGM、フォードや欧州系のフォルクスワーゲン、フィアットを始めほとんどの世界の主要メーカーが現地進出している。それは日本企業も同様で、トヨタ、ホンダ、日産のみならず多くの日本メーカーが生産・販売している。

ブラジル・ホンダのフレックス燃料対応車(2007年に初投入されたモデル)

ブラジル・ホンダのフレックス燃料対応車(2007年に初投入されたモデル)

輸入車も多いが、こちらはフレックス燃料対応ではないのでガソリンを給油することになるが、実はブラジルのガソリンスタンドで販売されているガソリンは無水エタノールが20~25%混合されたもので純粋なガソリン100%燃料は存在しない。混合率はその時々の需給状況で政府がコントロールするため一定ではないが、常にその割合は2割以上であることに変わりはない。従ってブラジル国内を走行するすべての車はたとえフレックス燃料対応車でなくともエタノール燃料に対応できていることになる。筆者はブラジルにこれまで10年以上居住してきているが、エタノール混合が車にトラブルをもたらしたといったニュースはみたことがなく、ごく当たり前のように各自動車メーカーはエタノール燃料に対応しているのである。

ブラジルの自動車市場は米国や中国と比べるとはるかに小さいほか、停滞が続く日本の市場よりも小さく、2015年では自動車生産ランキングで世界第9位に甘んじている。このように世界的には比較的小さい市場にもかかわらず、現地生産車のみならず世界中からブラジルに輸入されている車がエタノール燃料に対応しているのだ。韓国車や中国車も例外ではない。ちなみにオートバイですら新車販売の53%(2015年末)がフレックス仕様でエタノールに対応しているのだ。

 

なにが言いたいかというと、前述の莫大な開発コストをかけなければいけないとされていた乗用車はいまやその必要も特段なく、ましてや日本の法令で許されているE3(ガソリンへの3%までのエタノール混合)なら何ら追加コストなく対応できるはずだ。

今世界は電気自動車の生産に舵を切りつつある感があるが、日本はハイブリッドが依然主流でガソリンに頼る市場を形成している感じがする。ならば、その燃料を逆に地球環境にやさしいものに切り替えていく思考が働いてもよいように思うのは筆者だけであろうか。

少なくとも消費者がガソリンか地球にやさしいバイオエタノールかを自由に選択できる環境が日本で整えられることを望みたい。そうなればこの新型の日産ノートが究極のエコカー乗用車の進化の歴史に刻まれることになるかもしれない。他方、日本には水素を燃料とする燃料電池自動車で世界をリードしておりこれも選択肢になりつつある。ただ、これもCO2排出の観点で考えると化石燃料から製造しては無意味で、水の電気分解で水素製造することが重要かと愚考するが、その場合大規模生産には多量の電気が必要で、電気自動車の場合と同様にその電気は再生可能エネルギー由来のものでないといけないと考える。もちろんこれ以外にも光触媒による水素製造など様々な研究開発が行われていると認識しているが実用化にはまだ課題が多いのではないだろうか。

少し話が脱線したが、最後に日本でバイオエタノール導入反対派が当時よく主張していた、サトウキビからのエタノール燃料生産は人類への食料の供給に深刻な悪影響をもたらすとかサトウキビの耕作面積の増大がアマゾンの熱帯雨林伐採に直接つながるといったことはあれから10年たつ現在でもブラジルでは顕在化していないことを付け加えたい。