ブラジリアは、ブラジル国内で存在感のない都市かもしれない。1960 年に首都となったブラジリアは、名高い建築家たちがデザインした計画都市である。ユニークな形の建築物が名物だが、その一方で「なにもない場所」「田舎首都」などと揶揄されることもある。ブラジルを訪れる外国人が足を運ぶのはサンパウロやリオデジャネイロ、北東部の州都ぐらいで、建築好きでもないかぎりブラジリアにまで足をのばす人は少ないだろう。
それでも住んでみれば、ブラジリアは意外に味わい深い都市である。飛行機の形をした中心部プラノピロットでは、建築家オスカー・ニーマイヤーやルシオ・コスタの思考に触れることができる。なぜあの時代に、新たな都市を首都として建設するに至ったのか、ブラジルの歴史に思いを巡らすこともできる。信号のない交差点が描く曲線や、広々とした場所に建つ不思議な形の建築物は目にするたびに愛着が増していく。
もちろん、しばらく過ごせば「失敗都市」といわれる理由も少しずつ分かってくる。車での移動を前提とした道路整備は徒歩や自転車での移動を
困難なものにしており、車を持たない人には不便だ。建築家が「コスモポリタンな場所」となることを期待したバスターミナルは、雑然とした治安
の悪い場所となっている。
 ブラジリアの魅力の一つはなんといっても衛星都市だ。バスターミナルで衛星都市行きの列に並んで行ってみると、プラノピロットとは違う風景
が見えてくるだろう。ある衛星都市は初期住民の多くが元ブラジリア建設労働者であるため、いまも彼らの出身地北東部と強いつながりがある。食
堂では北東部の郷土料理を安い値段で味わうことができるし、行商人が北東部各地の名産品を北東部訛りで売りにくる。プラノピロットが「静」だとすれば、そこから離れた衛星都市は「動」である。にぎやかに路上を行き交う人びとや、活気のある市場で商人たちが張り上げる声。ブラジリアでは、二つの異なる雰囲気を味わうことをお勧めしたい。

 

奥田若菜
(神田外語大学准教授)