執筆者:伊豆山 康夫 氏
(CIS ELECTRONICA社 会長)

 

Manausに本格的工場を設立したのは2015年、既に2年半になりますが、弊社とパートナーを組み、生産委託をしてくれる会社が現行数社あります。(TornozeleiraのSpacecomもその一社です。) お蔭さまで、順調に推移して参りましたが、CIS Eletronica(サンパウロ)の工場は仕事がどんどんと減少し、工場閉鎖も止む無き状況になりました。従来より出来るだけ従業員を減らして参りましたが、遂に採算維持上、サンパウロに セールス、サービス、管理、技術開発部門を残し、サンパウロの生産工場は、閉鎖せざるを得ない状況に陥りました。何しろ操業34年と長い間、弊社の生産を支えて来た工場なので、15年~20年勤務の工員(大半は女性)が大勢いて、解雇には大きな費用が掛かりますし、万一争議になれば、収拾が困難になることも予想されました。

 

既に新労働法が議会を通過し2017年11月に発効が決まりましたので、リストラ断行を先延ばしして、新労働法発効に合わせ11月30日とし、実行の準備、検討をして参りました。工場閉鎖に当たっては、弊社の弁護士が、新労働法に基づき、4通りのリストラ案を提示しましたので、それらを役員会で検討し、その一つである労組の仲介案の採用を決めました。そして、労組と交渉を開始、漸く11月末日をリストラ条件提示の日と決め、当日、辞めさせる人、残って貰う人両方合わせ全員に集まってもらいました。

 

私は今でも名目社長を務めていますが、実質社長の長男は、労組代表が弊社のリストラ案を全社員に提示する前に、自分からどうしても全社員に伝えたいメッセージがあるからと、事前に労組代表の了解をとり、檀上にあがり、リストラに至るやむを得ない事情を話し始めました。ところが何時も強気な長男が檀上で声が詰って話せない状態になりました。  彼の断腸の思いは皆に伝わり、皆涙ぐみ、冷水をコップに注いで持ってきてくれる者もいて、会場は静寂に包まれました。私は内心、誰か拍手をしてくれないか、そうすれば、全員から拍手を貰えるのにと、拍手を期待しましたが、残念ながら拍手は起こりませんでした。CISにはもう一人、息子の学友で、技術、生産部門を担当してくれている役員がいます。 彼は、声を詰まらせた息子を見るに見かねて立上りましたが、彼も又、言葉を発することが出来ない状況でした。

見るに見かねた私は、止むを得ず立ち上がり、「私の最も嬉しく思った思い出話」として、少々場違いの感はありましたが、次の話をいたしました。

 

それは、ある日の家族を含めた会社のパーティーの時、工員さんの一人が、未だ小さな自分の子供を私の処に連れて来て、「この私の子を、将来、CISで働かせたいので、この子を覚えて下さい」と云うのです。(実は同じ様なことは過去、何回か、別の従業員からもあったのですが、)この社員の気持ちは私にとって、忘れられない、とても嬉しいことでした。 そして「どうか皆さん、会社を辞めても、それはCISファミリーからの縁切りではないので、年末のパーティーや社内の慰安旅行にはこれからも参加して下さい」と締めくくりました。その後、労組代表から辞めて貰う社員名、退職条件の発表、承諾の是非、等々、詳細に入りましたが、去る者、残る者、皆明るく、終了後は笑い声が絶えず、何時もの社内パーティーの如き雰囲気になりました。

 

この結末は労組代表の女性弁護士さんにも強い感動を与えたようでした。彼女の言葉は「私は100社近い集団解雇の交渉に立合って来ましたが、CISの様な会社に初めて出会いました。もっと早くに知り合いたかったです。」とのことでした。

 

私はつくづく考え込んでしまいました。 従業員、いえ、人間の気持ちは日本もブラジルも変わらない。誠意は通じるものだと改めて思うのでした。ブラジルでの労務対策は他国と比較して決して難しいものではない。むしろ易しいのでは無いかと今は思い直しています。 労働者、貧困者、身体障碍者などの権利、義務を主張すること自体、決して間違っているとは思いませんが、度を超すと人間の善意を妨げる結果に繋がることもあり得るわけで、理想郷を造るのは如何に難しいことか。真の優和を求めるには宗教に依存する道しか人間には残されていないのだろうか? 深く考えさせられます。

 

CIS Eletronica  www.cis.com.br
伊豆山康夫   yasuo@cis.com.br