会報『ブラジル特報』 2010年月号掲載

                     秋山祐子(株)緒方不動産鑑定事務所大阪支所・不動産鑑定士/
                    サンパウロ大学大学院工学研究科不動産研究所・研究員)


経済成長を続けるブラジルにおける不動産市場は、ブラジル国内の資本はもとより、欧州等の国際不動産投資マネーも注目する市場である。しかしながら、ブラジルの不動産に関する日本語の文献は乏しく、その事情について日本では周知されていない。そこで、本稿では、ブラジル最大の経済都市であるサンパウロ市の不動産市場について概説する。

1. 住宅市場

1-1.概況

 サンパウロ市は人口約1,100万人(1) (Abrasce:Associação brasileira de Shopping Centers)の大都市であり、その住宅市場は大きな発展可能性を擁している。1990年から2009年の20年間に、サンパウロ市の人口は約135万人増加し、分譲住宅(マンションおよび戸建住宅の総数:以下、新規住宅供給戸数(2)とする)は508,609戸供給された。ただし、これらの統計には低所得者層が自ら建築している住宅は含まれていない(3)

2008年の世界的金融危機は、サンパウロ市の不動産市場にも少なからぬ影響を及ぼした。SECOVI-SP
(サンパウロ不動産業組合(4)の統計によれば、2009年のサンパウロ市内の新規住宅供給戸数は30,128戸であり、2008年の34,475戸と比較して12.6%の減少となった。2009年上半期の分譲数は8,150戸と低調であったが、11月・12月に急速に回復し、この2か月で10,142戸(年間供給戸数の34%)が分譲された。一方、2009年の販売戸数は約35,832戸であり、2008年の32,847戸を上回っている。大雑把ではあるが、これら2年間の統計を見れば、販売残戸数(ストック)はほとんどないと考えられる。

 近時、中低所得者層の住宅購入能力が拡大し、これらの新需要者層をターゲットとする住宅市場の存在感が増している。不動産データ会社EMbrAESPによれば、サンパウロ大都市圏では、2009年上半期における中低所得者層向け新規供給住宅戸数が全体に占める割合が、前年同時期と比べて22%増加しているとのことである。

 なお、2009年3月に中低所得者層向け住宅取得促進策、Programa Minha Casa Minha Vida(略称PMCMV)が導入され(5)、ブラジル全体における中低所得者向け不動産市場が回復、拡張する契機となった。ただし、サンパウロ大都市圏は地価が高く、PMCMVが設定する上限価格では事業の採算性に問題が生じる場合も多い。現在この状況を解決するため、PMCMVの内容の見直しが行われている。

1-2.東京の住宅市場との比較

 サンパウロ市の住宅市場の近況は上記のとおりであるが、その市場規模を具体的に把握するため、面積、人口等が相対的に類似している東京都(表1)の住宅市場との比較することとする。

1:サンパウロ市と東京都の面積、人口、GDP等

サンパウロ市 東京都(島部を除く)
(2010年データ、
人口は推計値)
(2010年1月1日データ)
面積 (k㎡) 1,509 1,782
人口 11,057,629 12,963,555
人口密度
(1 k㎡あたり)
7,328 7,275
市内・都内総生産 19兆3435億円 92兆3004億円
一人当たり年間所得 約177万円 約454万円
(平成19年) (平成19年度)
出典 サンパウロ市
都市開発局データ
サンパウロ州統計分析局、
IMF
東京都総務局
統計部データおよび
内閣府

 グラフ1は、サンパウロ市と東京都の新規分譲マンション戸数の推移を示している。2007年以降、サンパウロ市の供給数が東京を上回っている。ブラジルにおける中低所得者層による住宅需要が高まっている一方、東京ではブラジルのような逼迫した需要がないため、この傾向は今後も継続すると推測される。

グラフ1:サンパウロ市と東京都の新規分譲マンション戸数の推移

*サンパウロ市、株式会社不動産経済研究所のデータより作成

 しかしながら、東京の不動産価格が相対的に高いため、不動産市場の経済規模としては東京のほうが大きい。ただし、2001年には東京がサンパウロの11.8倍であったものの、2007年には1.8倍となっており、その差は縮小している(グラフ2)。

グラフ2:サンパウロ市と東京都の新規分譲マンション総額の推移

*サンパウロ市、株式会社不動産経済研究所、IMFのデータより作成

2. 商業用不動産市場

2-1.オフィス市場

 サンパウロ市および東京都におけるオフィス供給面積の推移はグラフ3のとおりである。南米一の経済都市とはいえ、サンパウロ市におけるオフィス供給面積は東京には及ばない。両市場の経済規模を比較できるデータはないが、東京の地価水準等を勘案すれば、供給面積の差以上の開差があるものと推察できる。

グラフ3:サンパウロ市と東京都のオフィス供給面積の推移

*サンパウロ市、シービー・リチャードエリス総合研究所データより作成

2-2.リテール(ショッピングセンター)市場

 ブラジルでは90年代半ばに自社保有不動産で営業するいわゆる百貨店形態が淘汰されたため、大型商業施設はほぼショッピングセンターのみとなっている。したがって、ショッピングセンターの総賃貸有効面積が大型商業施設数の総売場面積と同義であると考えられる。1991年におけるショッピングセンター数は14、賃貸有効面積は72万㎡であったが、2009年にはそれぞれ50(3.5倍)、177万㎡(2.4倍)となっている(6)

3.不動産証券化市場

 ブラジルにも不動産証券化スキームが存在しており、大型の居住用不動産プロジェクトやオフィスビル、ショッピングセンター等の商業用不動産が対象となっている。これら証券化対象不動産はサンパウロ市内に集中している。

 不動産の証券化手法としては、1)投資家の資金を集めてファンド化して特定の不動産に投資する手法(FII:Fundo de Investimento Imobiliário)と、2)特定目的会社(SPE:Sociedade de Propósito Exclusivo)を組成して社債を発行する手法(CRI:Certificado de Recebíveis Imobiliários)の2スキームが法的に整備されている(7)。双方とも、BOVESPAに上場している銘柄と私募ファンド(私募債)が存在する。両スキームが制定された沿革は異なるが、共に資本市場から資金調達する手法として制定されたものである。従来は1プロジェクトに付き1つのFIIかCRIを組成していたが、近時は複数の不動産を運用して、ポートフォリオを組成しているケースも見受けられる。これらの証券化スキームを利用した不動産市場は、国際投資マネーの受け皿となっている。

4.今後の展望

 ブラジルの経済成長にともない、今後も住宅市場、商業用不動産市場ともに需要は堅調に推移するものと思われる。内需拡大の牽引力である住宅市場の今後の発展に関しては、住宅を購入した中低所得者層が堅実に債務返済を遂行できる政策を、政府が今後持続させることが重要であろう。また、不動産投資市場として海外からの投資マネーを呼び込むためには、国際的な競争力を高めていくことが必要であるが、そのためには、利回りの優劣のみではなく、持続的に安定した運用ができるシステムの確立やさらなる情報公開が求められる。

(脚注)

(1) サンパウロ市統計局による推計。

(2) ブラジルでは、従来から一棟全体を賃貸する住宅収益物件の供給がないため、新規住宅分譲戸数=新築住宅供給戸数と考えられる。

(3) サンパウロ市の住宅市場の沿革、現状については、拙稿「サンパウロ大都市圏の居住用不動産市場の発展と今後の展望 -中低所得者向け住宅取得促進策Programa Minha Casa Minha Vidaへの期待と不安-」『ラテンアメリカ時報』通巻1390号(2010年春号)(社)ラテン・アメリカ協会発行 を参照。

(4) 筆者訳。正式名称: Sindicato das Empresas de Compra, Venda, Locação e Administração de Imóveis Residenciais e Comerciais de São Paulo. なお、SECOVI-SP公表データのうち、住宅分譲戸数等ついてはEMbrAESP (Empresa brasileira de Estudos de Patrimônio)のデータを元に作成している。

(5) Medida Provisória nº 459, de 25 de março de 2009により制定された。なお、当該政策内容については、脚注3記載の拙稿を参照。

(6) ブラジルショッピングセンター協会(Abrasce:Associação brasileira de Shopping Centers)のデータによる。

(7) ブラジルにおける不動産証券化については、拙稿「ブラジルの不動産証券化事情」(社団法人不動産証券化協会発行の『不動産証券化ジャーナル』vol.16-18(同協会会報誌「ARES」vol.36-38に綴込み)を参照。