―豊かな生物多様性のバイオームを蔵する世界―

執筆者:田所 清克氏
ブラジル民族文化研究センター主幹、京都外国語大学名誉教授

 

生態学の分野でバイオーム(英語ではbiome,ポルトガル語ではbioma)という言葉がある。それは、特定の地域にみられる特徴的な生物群集を意味し、その中に植物群落から動物の生態まで含まれる。換言するとそれは、種々の植生タイプと結びついた生物多様性を伴う生態系や生物群形を指す。ランドサットの衛星画像の分析からIBGE(ブラジル地理統計院)は、自国に6つのバイオーム(bioma=生物群系)、すなわちアマゾーニア(Amazônia)、カアチンガ(Caatinga)、大西洋林(Mata Atlântica)、パンパ(Pampa)、セラード(Cerrado)並びにパンタナル(Pantanal)の存在を認め、分類している。その個々のバイオームの特徴を極言すれば、以下のようになる。

 

地図1:ブラジルのバイオーム

 

言わずもがな、最大のバイオームは、地理学者のアレキサンダー・フンボルトが“hiléia”[ギリシャ語で「森」を意味する“hyly”に由来]と呼んだ、国土のおよそ49%に匹敵する420万㎢の拡がりを持つアマゾーニアである。景観はアマゾン熱帯雨林と大小1000にも及ぶ河川に支配されている。植生は、暑熱湿潤の赤道気候の下、3つのタイプの広葉樹林がみられる。イガポー(igapó)[インディオの言葉ではカアイアポー(caaiapó)]と称される水没林、定期的に増水時に冠水する氾濫原であるヴァルゼア林(várzea)、洪水からは免れる低い堆積性の台地に位置する、アマゾン密林全体の80%を占めるテーラ・フィルメ林(terra firme)がそうである。アマゾーニアのバイオームは一見、同質的な熱帯林のように思われるが、実はそうではない。つまり、場所によってはセラードや開かれた草原に通有のものも散見される。

 

ブラジルの国土、それも北東部の「旱魃の五角形」(polígono das secas)地域のみに限定されるカアチンガは、半乾燥気候に適応した乾生の有刺植物と石ころの多い景観に特徴がある。インディオの言葉で「白い森」を意味するそれは国土の約10%[84万4400㎢]を占め、生物多様性の観点からも特筆すべきで、固有種も多い。平均してそこは中木が多い。

 

大西洋林は文字通り、主としてエスピーリット・サント州からサンタ・カタリーナ州までの大西洋沿岸にみられるバイオームで、生物多様性という観点からは、1ヘクタール当たりの種の数の多さで世界一と言われている。が、500年におよぶ絶え間ない無秩序な人的占有の結果、多くの種が絶滅の危機に瀕している。森林急減の主たる原因は、牧場や木材開発、輸出向けのモノカルチャー、ケイマーダ[野焼き]、不法伐採、都市の拡大、環境汚染等とされている。その結果、もともと国土の約15%[130万㎢あまり]あったものが、現在ではほぼ消滅している。であるから、セラードと並んでホットスポットの一つにみなされ、環境保全が待ったなしの状況にある。

 

翻って、“南部平原”の謂いのカンポ・スリーノ(Campo Sulino)ともカンパーニャ・ガウーシャ[リオ・グランデ・ド・スールの草原の意味] とも称されるパンパは、17万6500㎢に及ぶイネ科中心の波打つ大草原で、部分的に小灌木が点在するバイオームである。およそその拡がりは国土の2%を占め、その半分以上がリオ・グランデ・ド・スールに位置する。土地利用の点からは、粗放的な牧畜や米作が中心である。

 

アマゾン水系とは違って、パラグアイ水系に位置する大湿原のパンタナル。淡水の湿原では世界最大の規模を誇りながら、国内では最小のバイオームである。領域はボリビア、パラグアイ国境地帯にまで拡がる。貴重な自然環境に加えて、生物多様性の宝庫でもあるので、国はそれを保全するラムサール条約に1993年調印している。のみならず、そこが「生態学的聖域」(santuário ecolôgico)であることから、2000年には世界自然遺産にも登録されている。国土の1,8%[15万㎢]に相当し、雨季[平年で11月~4月]になるとパラグアイ水系の河川が氾濫、標高約80~150mの低平な鍋底状の閉鎖的な平原の7割は冠水して「シャラエスの海」と化す。この名称は、その地に居住していたシャラエス族の名に由来する。気候は大陸性で、夏季が暑熱湿潤で平均気温が32度程度であるのに対して、冬の乾季の時期のそれは21度程度で、時には霜が降りることすらある。筆者がパンタナルを踏査して判ったことは、土壌は砂質で石がほとんど見当たらないことだ。大沼沢地であるので湿地が大半を占めるのは言うまでもないが、草原や森、セラードなどのバイオームを内に蔵した、異質の複合した植生から成っているのも注目すべきであろう。

 

残り一つのバイオームで、本稿の中心テーマでもあるセラードについて少々立ち入って論じたい。セラードは、時代によって土壌、トポグラフィー、さらには種および生態系に変化があったらしい。なだらかな波丘地状の台地を呈するセラードは、気候学者のケッペンが区分する、雨季と乾季を伴う暑熱気候に特色づけられるアフリカの熱帯サバンナ(Aw)を想起させる。国土のおよそ24%(200万㎢)を占め、アマゾーニアのバイオームに次いで二番目に大きい。隣接する生態学的聖域として知られる大湿原のパンタナルと並んで、南米大陸のほぼ中央部に位置する。そして、ブラジル高地の大部分がそのセラード地帯である。しかしながら、この生物群系はほんの一部ながら、北部アマゾンや北東部、南東部でも垣間見られる。従って、場所による生態系の違いから、セラードが5つに分類されたりもする。草原から森林形成へと順次展開するそれは、カンポ(campo)、カンポ・スージョ(campo sujo)、カンポ・セラード(campo cerrado)、本来のセラード(cerrado)、セラダゥン(cerradão)である。

地図2:ブラジルの元来の植生

 

かつてセラードは、豊饒なアマゾンの密林と較べて小規模の自然環境と捉えられていた。が、真相は想像以上に多様な種をかかえた生態系を形成し、きわめて生物多様性に富んだ、世界でも類例をみない存在であることが判ってきた。これには、3つの南米の水域であるトカンチンス・アラグアイア川、サン・フランシスコ川およびラプラタ川が深く介在しているようだ。それかあらぬか、植生は一万種類にも及び、そのうち実に44%が固有種という塩梅。正確な数は判明していないが、草本植物のほとんどは固有種と考えられている。ファウナ(動物相)もきわめて豊かで、数多くの哺乳類、爬虫類、両生類、鳥類が棲息している。鳥類に関して言えば、ブラジルにいるほぼ半数の856種がセラードには存在するようである。哺乳類は200種以上で、その10%が固有種だそうだ。他方、爬虫類はブラジル全体の半数を占める180種類にも上り、17%が固有種らしい。

こうしてみるかぎりセラードは、地域的なレベルにおいてきわめて豊かなバイオームである。このこと自体、セラードは植生のみならず、固有種の少ない、乏しいバイオームとみなされてきた従来の見解を覆すものになっている。事実、この地域には、ブラジルに存在する動植物相の三分の一が確認されている。

ところが、古生物学者のカストル・カルテーレなどによれば、1000万前のセラードは現在よりもはるかに多様性に富んでいたようだ。その多様性の消滅の要因をカルテーレ教授は、湖底で発見された花粉の分析から、当時の植生のタイプとその拡がりを追究している。その一方で、ブラジリア大学のマリア・レーア・サルガード教授および共同研究者たちの研究は括目すべきである。その成果に基づけば、セラードの生態系は3万6千年あまり前にはすでに、ブラジルの中央部では存在していたようだ。が、気候と植生の急激な変化を伴った旱魃の絶頂期と、熊やラクダ、大ナマケモノなどかつてこの地に存在していた大型の哺乳類が消滅した時期とが、重なっていることを明らかにしている。

 

ともあれ、バイオームが人間の手で縮小・減退の方向に向かっていることは火を見るより明らかである。しかし、セラードが今もなお多様性の面で際立っていることでは変わりがない。その要因を生物地理学および生態学的な観点から研究者たちは、以下のように説明する。つまり、今でも依然北米大陸とは一部繋がってはいるものの、第三紀の約6500万年前は他の大陸からほぼ孤立していた。そのことが南米大陸に古いバイオームを残存していること。これに加えて、南米大陸の中央高原の楯状台地が同じ第三紀の末期に隆起したことで、景観が細分化すると同時に、隣接するバイオ-ムであるカアチンガやチャコ平原とも孤立したこと等々。

 

植生の観点からさらに詳述すると、セラードは概して2つの層からなっている。すなわち、上層は灌木中心の2から3メートルの小木からなり、対する下層はイネ科の植物から構成されている。場所によって多様な植生の景観も呈するが、主体はイネ科の植物(gramíneas)で、そこには文字通りの熱帯サバンナの景観が現出する。厚い葉と長い根茎の曲がりくねった、耐乾性の小灌木はその典型であろう。ちなみに、そのようにねじまがった灌木になる原因は強い酸性土壌と旱魃に求められる。とくに大豆などの栽培は土壌酸度の影響を受けやすいので、ペハー(pH)の値が6度程度になるように石灰を施用する必要がある。

アキダウーナ付近のセラードの景観

 

セラード地帯でありながら、灌木の間に拡がる典型的な疎林の群落を有する、セラードよりも比較的に高木の林が密集しイネ科植物タイプが混じり合った、カタンドゥーヴァ(catanduva)の別称を持つセラダン(cerradão)特有の植生も存在する。また、水源近くのセラードには、ブレージョと称する湿地があることで、ブリティ椰子のような植物が景観を飾る。とは言っても、むろんセラードの植生の主たるものは、草本植物である。ケイマーダは木本植物がはびこるのを食い止め、草本植物が存続する意味で、一役買っている。そして、双方の植物が共生する条件を作り出している。そうした生物多様性に富むセラードも今では自然破壊の危機に瀕し、世界で34あるホットスポットの一つとして環境問題専門家の間ではみなされている。事実、衛星画像では現在、もともとあったセラードの57%がすでに原形をとどめず消滅しているそうだ。環境破壊がこの調子で持続すれば、バイオームそのものの存亡も問われかねない。その意味では今まさに、生物多様性の問題で赤信号が灯っている状況にある。にもかかわらず、環境保全が喫緊であるのとは裏腹に、セラード全体の60%が牧畜に、6%が大豆栽培などの集約的なモノカルチャーに利用され、環境破壊は深刻化の一途を辿っている。その点では、ガリンペイロ(金採掘者)による水銀使用による水質汚染、土壌の浸食などの影響も看過できない。マット・グロッソ州のポコネーのケースは、ガリンペイロによる最悪の環境破壊の一例だろう。ブラジル環境省が提示した2002年から2008年の間のセラードの状況に関する地図に基づけば、すでに12万7564㎢の森林地域が伐採されたことになる。統計予測では、2040年の段階ではさらに75万3776㎢以上のセラードがなくなると言う。

ポコネーのガリンペイロによる環境破壊

 

リオからブラジリアに遷都される前後の1950年から1960年頃に、南部のリオ・グランデ・ド・スール州、サンタ・カタリーナ州並びにパラナー州から、中西部のマット・グロッソ・ド・スール州およびゴイアース州のセラード地帯に大量の農業移民が流入した。そして彼らは、安価な土地を購入して原野を開拓、施肥しながら酸性土壌にアルカリを投入することで大豆栽培などの耕地にした。その一方で、自然環境を破壊しながら牧場にして牧畜業を営むことになった。これら以外にも、粗放農業や農薬使用、木炭生産などで自然破壊が進むと同時に、不均衡な生態系に変容している。かつて「西への行進」(Marcha para Oeste)という政府主導のスローガンの下に、フロンティア―開拓の対象となったセラード。その豊潤な生物多様性を内に蔵したバイオームの世界が今では、人間の手で改造・破壊に晒されている。こうした現実に対して、環境保全の立場からわれわれはどう向き合うべきだろうか。