執筆者:筒井 茂樹 氏
元日本ブラジル中央協会常務理事

ブラジル固有の経営上の問題と経営戦略
  1. ブラジルの高くて複雑な税金対策
    • 税金の種類だけで50種類を超え,法人税(IRPJ),法人利益社会税((CSL),工業製品税(IPI),流通税(ICMS)などの税金の上に更に売上税として社会保証分担金(COFINS)、社会統合プログラム税(PIS)が屋上屋に掛るので,日本の様に薄利多売は駄目です。粗利で30%以上の利益確保が無いと、税金に全て食われてしまいます。脱税は駄目だが日本の税務基準では脱税でも、ブラジルでは節税になる方策もあり、ブラジルの公認会計事務所の腕の見せ所は、適法ぎりぎりの節税の知恵を出すことだと云われています。
    • 国内販売では流通毎にICMSが加算されますので出来る限り中間業者を使わず、小売店への直販が良いが、小売店のコマーシャルリスクが高いので(お金が有っても払わない小売店が多い)コストとリスクのバランスを考えて販売することが必要です。
    • 輸入販売は一流銀行のL/C決済で販売するのがベストですが一流銀行のL/Cを開設出来るインポーターは多くありません。また金利が高いのでストック販売はコスト高になります。為替リスクと金利コスト高を避ける為、保税蔵出し販売という方法もあります。
  2. リスク対策
    リスクには、カントリー・リスクとコマーシャル・リスクがありますが、今ブラジルのカントリー・リスクはないと言っても良いと思います。世界の格付け会社(ムーデイーズ社、スタンダード・アンド・プアー社)の格付けも、2011年からブラジルは投資適格国になり、一昨年格下げされましたが、それでもぎりぎり投資適格国の格付けを維持しています。一方コマーシャル・リスクはブラジルでは要注意です。お金が有っても支払わない。或いは支払い遅延が多発しています。金利が高いので、遅延金利を取らないと、支払い遅延により利益は吹っ飛んでしまいます。客先信用リストを作り、リスク管理が必要です。また、今は改善されて来ましたが、日本と違い一番リスクの高い借り手は、連邦政府、州政府、市であり優良民間企業へのファイナンスが一番安全です。
  3. 高金利対策
    ここ2年間で金利は下がりましたが(ピーク14.25%から今6.5%)それでもSELIC(公定歩合)は、現在年率6.5%%、市中金利は30-40%と高止まりしており、借金経営は借金地獄に陥入ります。その為ブラジルではP/L.で利益が出ていてもcash flowが不足して、黒字倒産する会社が多く、ブラジルではcash flow重視の経営が重要です。
  4. 労働問題対策
    • 2017年7月労働法が改正され、従来の労働法の内容が柔軟化され、労使間の合意が重要視されるようになりましたが、それでも企業側に厳しい点は変わりありません。 1943年施行されたブラジルの統一労働法は、世界で最も企業側に厳しい労働法と言われています。社員の解雇は1カ月前に通告し、解雇者の退職積立金(FGTS—会社が給料の8%を毎月強制積立)の口座残高の50%を支払えば可能です。但し、少しでもその社員との間にトラブルが有れば、その社員は、会社を訴えます。労働裁判所の判決は、常に社員に有利な判決が多く、しかも忘れた頃に判決が出ることもあります。
    • この社員は、良く働き業績も上げたとして給料を大幅に上げると,一旦上げた後は以後この社員の給料を下げることが出来ず、給料を調整する為に解雇され、再雇用された人もいます。しかし、後に労働裁判所に訴えられると、会社が善意であっても敗訴するケースが多いと言えます。要は常日頃から、従業員との信頼関係を築いておくことが必要です。 その為にも、駐在員優先の経営ではなく、経営の地域分権、ローカリゼーションは絶対に必要要件になります。
  5. ブラジルの朝礼暮改への対応策
    昔に比べるとだいぶ良くなりましたが、今でもブラジルは朝令暮改の国です。従ってブラジルでは、長期経営計画は作成できません。無論長期的な戦略は必要ですが、長期の具体策、利益計画は立てられません。ブラジルの経営で一番大事なことは、その時々の経営環境に迅速、適確に対応する経営こそ必要であり、その為にも本社コントロール経営ではなく、地域分権とローカリゼーションが必要な訳です。昨日連絡されたことが今日変わることもあり、本社にいては理解困難です。現地を信頼する組織と人事政策を取る企業のみがブラジルの朝令暮改に迅速、適確に対応した経営が出来る企業です。
  6. 人脈(アミーゴ)が会社を救う
    ブラジルでは絶対絶命の危機が、人脈によって救われるケースが多い。金銭の授受が有れば、収賄罪に問はれますが、私の言う人脈は、全く金銭に関係なくアミーゴベースで助けて呉れる人達のことです。ブラジルの経営者で最も大事な仕事は政財界に一人でも多くの人脈を構築することです。この問題ならあの人にあの問題ならこの人に相談すれば良いという人脈を持つことです。ブラジルはアミーゴの世界です。日本では全く想像も出来ぬ程、この人の為なら助けてやろうという人達がブラジルにはいます。その意味でも何回も繰り返し申し上げますが、地方分権経営、ローカリゼーションが必要です。日本企業の様に日本からの駐在員が3-4年でころころ変わるのでは、また現地スタッフを幹部に登用しないのでは、とても人脈の構築は無理です。私は4回の繰り返し駐在で通算28年間ブラジルに駐在しましたが、その間何回となく会社を首になるようなリスクに直面しました。しかし、その都度ブラジルのアミーゴが助けてくれ、28年という長いブラジル勤務を全う出来た次第です。日本の森友学園、加計学園のような事例はブラジルでは全く問題にならず、むしろ人脈の活用が出来ない経営者は失格です。もう時効ですので私に起こった事例を1件紹介します。90年代の初め当時ブラジル第4位のN銀行が、第3位のU銀行に吸収合併されることがテレビで報じられ、当時私が社長をしていた会社(以後弊社と呼ぶ)は、N銀行の銀行保証で、数千万ドルのファイナンスをブラジル企業に実施していました。若しU銀行が不良債権として弊社の保証を引き継がないと、直ちに膨大な焦げ付き債権が発生するリスクが生じた訳です。このニュースをテレビで知った瞬間から、その夜は一睡も出来ず、遂に夜中の3時にU銀行の当時の頭取の自宅に電話をしたところ、頭取は電話を取るやいなやお前の用件は分かっている。今何時だか分かっているのか、明日早朝銀行に来いとどやされました。この頭取とは若い時からあらゆる付き合いをして来た間柄で、私の最も親しい友人の一人でした。翌日早朝銀行に行くと彼が一人で待っていて既に、弊社の債権リストに目を通し、問題債権もあるが、弊社の全債権をU銀行で引き継いでやると言ってくれました。彼のお陰で私の首は繋がりました。弊社の本社の審査部からは口頭でなく書面で確約を取るようにしつこく言われましたが私を信用してくれと断り続け、全債権を回収しました。無論、頭取はアミーゴとして引き受けてくれた訳です。
  7. ブラジル進出はM and A か単独か
    M & Aは単独進出の様に設立手続きの1-10迄全てを自分でやる必要はなく、進出の仕方としては楽です。然しブラジルの会社はファミリー経営が多く、会社を売りに出す企業は創業者が死亡し、遺産相続の為に売りに出す企業が多い。ここで注意が必要なのは会社を買収した後、遺産相続をめぐり相続人間で確執が起こり、残りの株式を高値で買い取る羽目になり、全体でも高い買い物になるケースが多いことです。また資産評価の粉飾も多くM & Aに当たってはコストが掛っても、一流の欧米系のauditを使うことがブラジルでは絶対に必要です。相手の粉飾を見抜けず、高い買い物をした企業の多くを見てきました。
ブラジルは世界で一番親日国

最後にブラジルが世界の中でも、如何に親日国であるかをお話しして終わらせて頂きたいと思います。海外で事業を興す時,親日国の反対が嫌日国ですが、日本が大嫌いだという国で事業をするより、日本と日本国民を尊敬し、親日感情を持つ国で事業をする方が日本の進出企業にとり、政治リスクは小さく、何よりも経営環境が良いことは間違いありません。ブラジルが親日国で有る理由は主として次の3点が考えられます

  1. 地政学的に距離が遠く過去も現在も領土問題など国益の対立が無い。
  2. 2008年、移住100周年を迎えた勤勉で正直な日系移民が、ブラジルで草の根レベルにまで築いて呉れた信頼がある。ブラジルにはJapones Garantidoと云う言葉があります。
  3. 日本は戦後奇蹟の復興を遂げ、ウジミナス製鉄に始まる日伯セラード農業開発、アマゾン・アルミ、セニブラ・パルプ、ツバロン製鉄、カラジャス鉄鉱山開発などブラジルの資源プロジェクトに日本が日伯ナショナル・プロジェクトとして協力し、今日のブラジルが資源大国としての基礎を築くことが出来たことにブラジル国民は大変感謝しています。特に私が10年前迄勤務していた日伯セラード農業開発事業は農業分野では20世紀最大の成功プロジェクトであったと言えます。セラード開発の成功により、皆無に近かった日本の5.5倍の面積を有する不毛の地セラードは穀物生産が飛躍的に増大し、大豆生産は2012年には4544万トンに達し世界の19%、ブラジルの68%の大豆を生産する世界最大の穀倉地帯に変貌しました。その結果ブラジルは米国に次ぐ世界第2位の大豆生産国になり、米国を抜くのは時間の問題と言われています。日伯セラード農業開発が始まった1978年迄大豆の輸入国であったブラジルは、今や世界最大の輸出国になりました。因みにセラード地帯の穀物の生産は、セラード開発前の1975年には、大豆が30万トン、穀物合計でも580万トンで、日本の5.5倍の広大な面積からすると皆無と言っても過言ではありません。然るに、2012年には大豆生産は4544万トン、穀物合計でも7000万トンを超えました。その結果大豆の輸出も2011年、3299万トンで世界第1位の大豆の輸出国になりました。このブラジルの輸出を可能にしたのは日伯セラード農業開発であり、もっと遡れば日本の農業移民があったからです。ブラジルは政府も国民も、日本のブラジルにおける資源開発に果たした貢献に大変感謝しています。ルーラ元大統領は今収賄罪で収監されていますが、ルーラ元大統領が如何に親日家であるかが理解できるエピソードを紹介します。私がCAMPO社に勤務していた時、仕事がらルーラ大統領とはしばしばお会いする機会がありました。ある時パーテイで、たまたま同じテーブルに座ることになりました。大統領は私の顔を見るなり、どう思われたのか自分の昔話を始められました。彼は東北伯のペルナンブッコ州の片田舎に生まれ、7歳の時お父さんがサンパウロに出稼ぎに出たまま家に戻らなくなりました。お母さんはお父さんを求め、一家8人を連れサンパウロに出て来られたそうです。そして7歳のルーラ少年が最初に丁稚奉公したところが、日系人が経営する洗濯屋さんでした。当時の丁稚奉公は、奴隷以下の扱いであったそうですが、この日系の洗濯屋のおやじさんは、ルーラ少年を大変可愛がったそうです。ルーラ大統領は、このおやじさんに今でも大変感謝しており、このおやじさんは、もうとっくにお亡くなりになっていますが、おやじさんの息子夫婦を毎年お礼に公邸に食事に招待していると言われました。
    また、この話は私が直接聞いた話ではありませんが、私の友人の日系下院議員がある時ルーラ大統領にお前の国の血が自分の家族に入ったと云われ、最初は何のことか分からなかったそうですが、直ぐ分ったのは、1989年ルーラ大統領が3回目の大統領選でほぼ勝利を収めていた時、突然一人の女の人がテレビに現れ、今ブラジルの大統領になろうとしているルーラという男は私との間に女の子をもうけたが、その子を認知すらしない薄情な男である。こんな男がブラジルの大統領になっていいものかと泣いて国民に訴えルーラの人気は急落し、落選しました。これは対立候補の汚いやらせであったことは明らかですが、ルーラは直ちにその女の子を引き取り、やがてその子が成人し日系人の青年と結婚したことをお前の国の血が我が家に入ったと誇らしげに話されたものだと直ぐ分かったそうです。こんなことまで言われるのですから、ルーラ大統領が親日家であることは間違いありません。

日本ほど、これほど大きな友好の「含み資産」を持つている国はブラジル以外ありません.是非、この友好の含み資産を活用しブラジルでのビジネスの発展を図ることを祈念し、私の寄稿を終わらせていただきます。

 

連載110:ブラジルでビジネスを成功させる為の経営戦略 (前編)