会報『ブラジル特報』 2011年9月号掲載



                            森 和重(NPO法人国際社会貢献センタ−・コ−ディネ−タ−、協会常務理事)



 2007年末に32万人に達したデカセギ在日ブラジル人は、2008年後半のリ−マン・ショックの影響をまともに受けて、派遣切りによる失業などで約2割が帰国したといわれ、2010年には23万人に減少した(法務省在留外国人統計)。また、本年3月11日の東日本大震災が追い打ちをかける形で、地震と原発放射能被害の恐怖心からさらに帰国者が増え、6月現在の法務省統計では22万人になっている。(但し、この数字には再入国ビザで出国した人数は含まれていないので、実際にはもっと多くの帰国者がいると推定される)

在住ブラジル人子女の現状と教育の重要性
 法務省統計では、2007年の同伴家族で義務教育学齢に相当する5〜14歳の子どもは33,000人に上り、日本公立学校、ブラジル人学校、不就学・不登校がそれぞれ1/3程度といわれており、最後の不就学のこどもの非行化が社会問題となっていた。2010年では27,400人に減少しているが、さらに、就学前の0〜4歳が13,900人、高校生相当15〜19歳が10,300人おり、日本人と同様な就学前教育と(保育園・幼稚園)、高校生の進学・就職への進路・職業指導(職育)などで地域ぐるみの支援活動が重要課題となっている。したがって、これら日系人子弟の教育問題についてさらに言及してみたい。

.ブラジル人学校の現状と問題点
 2008年のピ−ク時に約1万人の児童生徒を抱え大小100校超あったブラジル人学校は、リ−マン・ショックの影響で家族の帰国或いは不登校・不就学などで半減したため、経営不振となり3割近くが閉校せざるを得ず70校前後に減少した(2010年の文科省調査によると、生徒数は4,700人)。帰国を前提とし母語による教育を目的とするブラジル人学校は、現在49校がブラジル教育省の認可を受けてブラジルのカリキュラムに従い教育している。就学前教育(幼稚園5歳まで)、基礎教育(小中校6〜14歳9年制)、中等教育(高校15〜17歳3年制)と3コ−スに分けて教育をしている。(全コ−スを持つ学校は約半数である)問題点としては、①経営母体がブラジル人・日本人、派遣会社などによる個人事業、有限・株式会社であるため、ブラジル側から見れば私立学校であり教育補助の対象外。一方日本では、私塾扱いで日本の公的教育支援(文科省・地方自治体)の対象にならない。基本的には月謝が唯一の収入源であり、月謝が5〜6万円と高額になるため、生徒数も限定される。②ほとんどが運営費に使われるため、教育施設への投資の余裕はなく、劣悪な教育環境での教育にならざるを得ない。③教師も有資格は少なく、教科内容も十分とはいえない。④日本語教育の重要性が認識しているが、バイリンガルを目指す学校数校を除き、カリキュラム上の外国語扱いで十分な教育がされていない。⑤高校卒業後の進路は、帰国し大学進学が出来る一部を除き、日本語能力不足のため日本での大学進学は殆ど不可能であり、将来の夢も描けないまま働きに出る子女が多い。
 文科省は、日本の公的支援の対象になる準学校法人・各種学校への移行を薦めており、ここ数年で12校が認可を受けているがほとんどが日本人の経営か関与が深い学校である。経営環境が厳しいこともあり、大部分の学校が移行を希望はしているが、都道府県の許認可規準が異なり条件も厳しいので、ブラジル人学校にはハ−ドルが高いといえる。なお、ブラジル人学校を会員とするブラジル学校協議会(AEBJ)がNPO法人化を目指して準備中であり、法人化によりブラジル人学校の協力体制・意志統一などが容易になると期待している。

.日本の公立学校の現状と問題点
 ピ−ク時2008年5月の文科省の調査によると、日本の公立学校(小・中・高)に在籍する外国人児童生徒数は70、043名で、うち日本語指導を受けている28,575名の中でブラジル人は11,386人(39%)と高い比率を占めていた。日本の教育制度は、1994年に国連の「児童の権利に関する条約」を批准しながら、憲法26条の「全ての国民は…」を盾に外国籍の子どもを義務教育の対象にしていない。基本方針として、「来れば拒まず」の姿勢であり、これが、日本の外国人子弟教育の様々な問題解決を遅らせている原因となっている。問題点としては、㈰日本の教育制度には、外国人年少者対象の日本語教育科目がないため、入学時に日本語をインテンシブに教えるシステムが出来上がっていない。㈪学年編成が年齢別になっているため、日本語能力の優劣に関係なく年齢相当の学年に編入される。㈫日本語教育は、生徒数の多い集住都市では国際学級、プレスク−ル、取出し授業制度が出来上がっているが、大半の学校では担任教師に任されており、十分な指導が出来ない。㈬さらに、いじめや嫌がらせなどの被害を受けて、に不登校・不就学になるケ−スが多い。
 一方、デカセギから長期化・定住化する傾向が強くなってきており、家庭ではポルトガル語で話し、学校では日本語を使うという中途半端な語学習得となり、いわゆる「ダブル・リミテッド」(母語も日本語も不十分)が増えている。既に在日20年になると、日本生まれの四世・五世が出てきており、十分な教育機会を得てないブラジル人子女の地域社会への参入は、将来その地域会の大きなリスク負担になることが懸念され、地方行政・地域社会・ブラジル保護者が協働で対策を講ずる必要がある。

在住ブラジル人子女教育への支援
 民間企業としては、三井物産が全国レベルで、トヨタ、スズキなどは地域レベルでブラジル人学校への支援をしている。ブラジル政府も日本政府の協力を得て、2009年からマトグロッソ大学が東海大学と提携し、ブラジル人学校教師300人を対象に4年間の通信教育による教師養成講座を始めている。
 一方、日本政府もリ−マン・ショック後急増した不就学・不登校子女の救済のため、2009年から3年間(予算37億円)の緊急プロジェクトとして、これら子ども達が日本の公立学校へ円滑に転入出来るように日本語教育を中心とした「虹の架け橋教室」委託事業を公募し、現在42団体が実施しており(筆者も茨城2教室に参画)、地域社会との交流の機会も増えて成果を上げている。しかし、本プロジェクトが本年12月で終了するため、継続の要請が出ているが、膨大な大震災復興予算の関係で継続は難しい見通しである。この成果維持のため、地域ぐるみ(行政・社会・ブラジル人社会)の緊急の支援対策が求められている。

今後の多文化共有・共生への課題
 前述のとおり、ブラジル人学校・日本公立学校のいずれに学ぶにせよ大多数のブラジル人子女が日本社会に参入する以上は、地域行政、地域社会が積極的にブラジル人社会と交流を進め相互理解を深め、相互の文化を認め共有し共生を目指した対応が求められる。そのための取組としては、


(1)ブラジル人子女への日本語教育の充実

 どこで学ぼうが日本の社会に参入する以上は、日本語習得機会を与えることが重要である。①ブラジル人学校への日本語教育支援、②「虹の架け橋」に対応した日本語教室の充実など早急に取り組む課題である。


(2)職業教育(職育)の実施


 ブラジル人学校・日本公立学校を卒業しても、日本語能力不足や家庭の事情などで進学出来ない不就学の青少年や、在学中でも日本語教育と将来の進路指導のための職業教育を必要とする子女が増加している。彼等に自立心や社会的向上心を養う機会を与え、将来のキャリア・パスを描かせ日本の社会に適応させるため、地域の自治体・大学・商工会・NPO法人などが連携して「職育」の体制づくりを目指す必要がある。


(3)母語教育の取組

 将来の人格や自己形成の基礎となる母語の習得も必要である。それは当然親の責任ではあるがその認識の不足が“ダブルリミテド”を産み出す原因となっている。ブラジル人学校で学ぶ子弟はまだしも、日本公立学校に行く子女はポルトガル語(ブラジル文化)を知らないブラジル人になる可能性が多い。彼等にもポルトガル語を学ばせるためには、ブラジル人学校を活用すべきと考える。優秀な人材を必要とする日本にとり、ポルトガル語と日本語のバイリンガルの国際人となりうる日系人子弟は貴重な人的資源である。豊富な天然資源と巨大なマ−ケットを有するブラジルは、日本にとり重要なパ−トナ−である。両国の架け橋となり得る日系ブラジル人子女の教育は貴重な人材育成であり、ブラジル人学校・日本公立学校を問わず日本語と母語(ポルトガル語)の教育についてブラジル政府も交え、日本の政府・地域行政・企業・地域社会が一体となり連携して取組む緊急課題と考える。