会報『ブラジル特報』 2012年9月号掲載

                      シゲアキ ウエキ


 

私の国、ブラジルの良いところも悪いところもすべて知り尽くしておられる筒井さんが今、重要なポストを占めている日本ブラジル中央協会の創立80周年記念に、私の祝意を表します。80年前の時代を見ると,貴協会は1929年に始まった世界恐慌の真っただ中に設立されました。この時代は世界の多くの国で強い保護主義とナショナリズムが台頭し、甚大な物的損害に加え、6,000万人の人命を犠牲にした第2次世界大戦でそのピークに達した時代でした。1932年のアジアの独立国は日本を含め3カ国に過ぎませんでした。しかし、今日アジアの独立国は50カ国を越えています。1932年には 日本は既に先進国とみなされていました。
 アメリカ大陸においては殆どすべての国は既に独立国でしたが、米国を除く他の国はブラジルも含め単なる1次産品の生産国、輸出国に過ぎませんでした。ブラジルも110年以上前に独立国でしたが南米の他の国同様、コーヒー、砂糖、肉その他1次産品だけの輸出国でした。1930年まで、ブラジルの政治家はサンパウロ州、ミナスジェライス州の農業セクターの少数独裁者およびヨーロッパ、特にフランス軍隊と同盟関係を持つ軍の将校と強く結びついていました。他方ブラジルのサンパウロ州、ミナス州以外の地域の新設の兵学校は、国の可能性につき知識を持ち資本主義原理に基づく経済の多角化と工業化を支持する若い軍人の養成を始めました。

これらの若い軍人達はエネルギー分野の開発を進める一方、製鉄,カセイソーダ、塩素、合成ゴムの工場を建設し、工業化を歩み始めたジェツリオ・ヴァルガス大統領を支持しました。1935年に共産主義の軍人達による反乱があったのですが、祖国の裏切り者とみなされました。その結果大多数のブラジル軍人の強い反共思想が、1960年代の中頃にブラジルが“大きなキューバになることを阻止しました。1964年から85年まで続いた軍政大統領のカステロ・ブランコ、メジシ、ガイゼル、フィゲイレドこそ、1920年代のその時の若き将校達だったのです。
 ベルリンの壁の崩壊に象徴された冷戦の終結で、世界経済のグローバル化は一挙に進み、国際取引は経済の速度を倍化させました。今日のグローバル化された金融市場が現実の姿です。通信技術の想像を超える進歩は、世界のすべての国の社会生活と政治に大きな影響を与えました。アラブの春はその大きな徴侯であります。米国のサブプライム・ローン危機とヨーロッパ危機が起こるまで、中国、韓国、その他の多くの国が著しい経済成長を達成したにもかかわらず、日本もブラジルも満足すべき経済成長とはいえない状況が続きました。1964年東京オリンピック後、世界が日本に感じた称賛の念は、戦争の悲劇と敗戦を身近に経験し国の経済復興のため辛抱強く一所懸命に働く日本企業の指導者に向けられたものでした。当時の日本のリーダーの多くは、ブラジルと日本との間のより深い経済関係を構築するための真の大使であったといえます。また、彼等はグローバルな視野と孤立主義者になってはならないという意識 を持っておられました。ブラジルが多くの困難な問題を抱えた時期であったにもかかわらず、彼等はブラジルの潜在能力を信じ、ブラジルと日本の関係に大きな衝撃と推進力を与えて下さったのも彼等でありました。
 
 その後ブラジルは何十年も続く大きな困難に遭遇し、日本にパートナーを求め続けましたが徒労に終わりました。その理由は、次の世代の日本企業の指導者達は先達の指導者のような視野を持たず、ブラジルを不信の目で見始めたからであります。ブラジルが困難に苦しむこの時期でも欧米企業がブラジル投資を続ける中、ブラジルに進出していた多くの日本企業は逆に撤退しました。より現実的な分析に基づき、欧米の企業は常にブラジルへの最善の投資機会を求めて来ました。そして欧米企業にとって最善の投資機会は、まさしくブラジルが経済危機にある時でした。残念ながら日本企業はそういう考えを持っていなかったといわざるを得ません。タイミングがどんなことにも基本条件だとすれば、我々は経済だけではなく、その国の社会や政治局面をもっと注意深く勉強する必要があります。
 ブラジルで、また世界のいろいろな国で活動する日本企業は、タイミングを見つけることにより長い時間をかけながら、さらにすべての局面を調査研究することが必要であるというのが私の意見です。売りの最良のタイミングは日本企業が買う時が正しくその時であり、逆に日本企業が売る時は絶好の買い時であると、北米の友人から聞いたことがあります。日本人の子孫であるブラジル人として、日本企業に対する彼等の示唆に富んだ話は私をがっかりさせるものでした。
 しかし、認めざるを得ませんでした。我々の国が大きな困難に直面する度に、日本の企業家や役人達に対して、私はブラジルは世界の4流国ではないといい続けました。しかし、残念ながら多くの日本の企業家は、ブラジルを4流国だという目で見ていました。その一方 ブラジルが少し良くなり、我々の有価証券で利益が見込める金融取引に関心を持つ世界の銀行から称賛を受け出すと、日本の企業家は一転、ブラジルが既に世界の1流国であるかの如く錯覚することもありました。以前はアジアといえば我々の関心はもっぱら日本に向けられていました。ところが今日では、ブラジル製品の最大のバイヤーとしてアジアの中でもより多くの関心が中国に集まっています。しかし、例えそうであっても両国民の利益のため、ブラジルと日本の間の協力の余地はなお大きいと思います。何故なら我々ブラジル人は、日本企業の持つ高い技術力と取引に当たっての誠実さを高く評価しているからです。

 話は変わりますが50年以上の間、私は移民という テーマをブラジル・日本両国の議題から削除しようと努力してきました。何の差別もなく彼等の子孫は等しくブラジル人であるということが当たり前になっているドイツ人、イタリア人、アラブ人達は、両国間の議題から移民というテーマがずっと昔に無くなっています。ブラジルと日本の関係では残念ながら未だ果たされていません。 約20年前、ブラジルの新聞で「出稼ぎ」の記事を読んだ時、両国の議題からそのテーマを取り除くよう、私の心配を書面にして投稿しました。何故なら「出稼ぎ」のテーマが両国共通の心配の種になれば、両国関係のイメージダウンになるからです。この件でも私はなにも果たせませんでした。日本は高い技術力に加え、大きな 貿易収支と経常収支の黒字という強い経済指標を持つ国です。しかし、人口の老齢化、理想的生活水準に達したという国民の満足感、その結果進歩への意欲の低下などを悪化の原因として深刻な財政赤字に直面しています。今の日本のリーダーを、私が1960~70年代に出会ったリーダーと比較すると、今日のリーダーは2流の国際俳優だ といわざるを得ません。他方、私は日本は未だ裕福な国であり、国民も良く働き、教育も受け、世界のリーダーになれるあらゆる条件を備えた国だと思います。そのために、特に日本のリーダーは果たすべき大きな、かつ重要な役割を持っています。それは傲慢、ナショナリズム、孤立主義といったものではなく、もっと謙虚でもっとグローバルなものでなければなりません。私は日本のリーダーが、 日本の主要パートナーを批判する記事を読み心配しています。ブラジルはグローバルな発展への飛躍の機会を逃しています。その点では日本も同じです。

1995年10月 伊藤忠商事主催のレセプションで歓談されるウエキ元大臣。左からシゲアキ・ウエキ元大臣、室伏 稔伊藤忠商事社長、筒井茂樹伊藤忠ブラジル社長、高坂節三伊藤忠中南米総支配人


 ここ20年間ブラジルの成長リズムは停滞していますが、その主要な理由は過剰消費と低水準な投資にあります。ブラジルは公共投資と企業投資を増加させるための税制改革と、生産性を向上させるための教育改革、および国際競争力を高めるための労働法改制を含む構造改革が急務であります。日本ブラジル中央協会の創立後の最初の数十年の活動を要約すると、日本とブラジルの社会、政治、経済情勢にも原因があるのでしょうが、同協会が両国の関係強化にさほど貢献して来たとは思えません。1950年から80年代が両国の強い経済協力の黄金時代でありましたが、その後日本のバブルが弾け、ブラジルの失われた数十年が始まりました。その間、両国の関係は社会関係のみが優先される時代になりました。
 他方、この間ブラジルは中国、韓国との経済関係を強化させました。80周年記念を迎え、貴協会は今後両国のために何がより重要なテーマかを実際に考え、両国間の関係強化に大きな貢献が出来ると信じています。私の意見を述べますと、ブラジル人口の0.5%に過ぎない100万人強の日系ブラジル人に過剰に焦点を当てることは、両国民間の協力の、より肥沃な分野を求めるための時間を浪費に回してはいないかと危惧します。ブラジル・日本両国は、すべての他の国にも共通する財政赤字という大きな問題を持っています。ブラジルが2050年には経済規模で世界第4位になるといわれて10年が経ちます。しかし、最近の研究では、国際競争力を強化するための構造改革の遅れから2流国にとどまるのではないかという意見もあります。ブラジルが保有する豊富な天燃資源にもかかわらず、我々には未だ多くのやらなければならないことがあります。そのためには、友好国の協力が必要です。その友好国の中の筆頭は日本です。

 最後に、ブラジルが今、直面する多くの問題にもかかわらず、私はブラジルの将来に楽観的であります。それはブラジルが広大な国土を持つ大陸国家であるにもかかわらず、唯一の共通言語とユダヤ人とアラブ人を含む人種の混血化により人種問題が存在しないこと、狂信的な宗教もなく豊富な天燃資源を保有し、今日、世界でも数少ない食糧とエネルギーの純輸出国である 等の理由からです。

 私は2050年にブラジルが世界第4位の経済力を持つ国になるという各種調査機関の意見に賛同しています。もし、日本もこの意見に賛同されるなら、ブラジルと日本の協力分野は今後無限だと信じます。

 (シゲアキ・ウエキ氏は 1974年にガイゼル政権で鉱山エネルギー大臣、後にペトロブラス総裁を務めた。訳: 筒井茂樹 当協会常務理事)