会報『ブラジル特報』 2013年5月号掲載
特集 日本ブラジル中央協会創立80周年記念シンポジウム
                        


 パネルディスカッションでは、酒井芳彦 海外職業訓練協会(OVTA)国際アドバイザー、筒井隆司 ソニー渉外部門長、二宮康史 日本貿易振興機構海外調査部中南米課長代理、岡田茂男 ダイキン工業顧問の4氏がそれぞれの立場からプレゼンテーションし、ブラジルの個人消費の大きな可能性と明るい見通しを示した。これに対して二宮正人 サンパウロ大学法学部教授、筒井茂樹 日本ブラジル中央協会常務理事の2氏がコメントし、その後プレゼンテーションの4氏と白熱した議論を展開した。パネルディスカッションの自由討論のやりとりは以下の通り。(モデレータは和田昌親 協会顧問)

                                

──マクロ指標では景気は低迷しているが、実際の個人消費レベルは悪くない。このギャップをどう見るか。
酒井 最近サンパウロに2週間ほど出張した。ホテルやレストランなど物価は高いと思ったが街中の消費は活発だった。1980年代の危機の時も消費は活発だったので、それと同じ現象なのではないか。当分この活況は続くように思う。
筒井(隆)マクロ指標と個人消費は連動していない。消費者は収入が増えたので、そのお金を大事に使いたいと考えている。企業はそこを狙っていく。日本企業としてはいいお客をつかみたい。PR活動より足でかせぐマーケティングをしていく。
二宮(康) GDP成長率が低いのは工業生産や投資などが足を引っ張っているからで、個人消費が減っているわけではない。非耐久消費財は比較的良い。消費者ニーズが多様化していることもあり、そこに合わせて売る工夫も必要だ。

──ブラジル経済が内需拡大の時代に入ったといわれるが、30年前はそうではなかった。ブラジルに住んでいる二宮弁護士に伺いたいが、個人消費はどう変化してきたのか。
二宮(正) 実感としては、今は自動車の車種は増加し、電化製品もそうだ。先ほど企業のPR活動の話が出たが、私は韓国もいいものをつくっていると思う。サムソンはサッカーチームのユニフォームにブランド名を入れたりして、PRもうまい。日本の強敵だと思う。中国の車はダメだけど。

──アジアの話が出たついでに伺いたいことがある。21世紀はアジアの時代といわれるが、ブラジルの時代にはならないのだろうか。
岡田 アジアは何といっても近い。中小企業にとってもアジアの方がいい。ブラジルへの移動は時間もコストもかかる。そういう人たちにブラジルに来てくださいとはいえない。
酒井 そもそも日本の経営者は南米を勉強していない。ブラジルへの渡航ルートは中東ドバイ経由など便利になった。しかしビジネスとなると、投資先としてフィリピン、インドネシアを選ぶのではないか。「中国+1」を考えるにあたってブラジルを検討する手はあると思うが。

──二宮(康)さん、ジェトロは最近メキシコとブラジルを比較した報告を出したが、主導権はどちらに?
二宮(康) メキシコは新自由主義的で、ブラジルは開発主義的な思想がみられる。メキシコは高成長でも、失業率は高く賃金が低いマーケット重視型。一方のブラジルは低成長ながら貧富格差は縮小しており社会重視型といえる。中国も貧富の格差が拡大している。社会重視という意味では、ブラジルは中国より進んでいると思う。今回それぞれ国の成り立ちが違い、重視するポイントも異なることはわかった。

──ブラジルの時代は無理か。
二宮(正) ブラジルについては警戒心を緩めてはいけない。いずれバラマキ政策のツケが回ってくるような気がする。日本とブラジルの関係でいえば、政治家の交流が少ない。ブラジルからは政治家が来るが、日本から首相、外相が行かない。在日ブラジル人21万人の絆が懸け橋になる。両国は遠いが、それを縮める査証相互免除協定を結んだらどうか。法務省にもいっているが動かない。

──経営問題について聞きたい。1988年憲法で労働者優遇が定着した。この流れは続くのか。
二宮(正) 88年憲法は民主主義の下で出来たもので、その後25年間で71回改正されている。それでも労働法だけは変わらずにきている。これは今後も変わらないと思う。企業が倒産した場合、最初に企業が持つ資産を処分できるのが労働者で、債権者はその後だ。だから労働者が会社への忠誠心があるかどうかは疑わしい。倒産した企業が泣いているのをたくさんみてきた。

──岡田さん、経営の要諦について先ほどいくつか挙げてもらったが、その中で最も重要なものは何か。
岡田 ブラジルでは日本人が考えないことが起こる。たとえば、同一職種は同一賃金という決まり。これを破って1人だけ別の賃金体系にするのは許されず、それでもやるなら配置換えをしないといけない。要は基本方針を社長が決めたら、細かいことは専門家に任せることだ。

二宮正人(コメンテータ)

ブラジルは法治国家だ。だから進出企業にとって法律問題は避けて通れない。とりわけ労働問題が重要で、企業はその道の専門家をそばに置いて対応する必要がある。ポルトガルのように憲法で「解雇禁止」をうたっているわけではないが、労働問題の訴えは多い。

 ブラジルの労働訴訟は年150万件にのぼる。弁護士は65万人と日本よりはるかに多いが、それでも間に合わないぐらいの件数だ。一般訴訟全体でいえば年8,600万件の裁判が進行中で、日本では考えられない多さだ。アメリカに負けない訴訟社会といってよい。

 訴える材料はたくさんある。労働訴訟だけでなく、商標登録、知的財産権、特許などの係争も増えている。日本で商標登録してもブラジルでは意味をなさない。最近盛んに取り上げられる訴訟が消費者保護問題だ。欠陥品で被害を受けたとして企業を訴えるケースも多い。

 もし企業が訴えられたらどうするか。経営側としては黙っているのが一番悪くて、「きちんと対応する」ことが大事だ。黙っていれば欠席裁判になってしまう。

 ブラジルの裁判所は信頼できるか。昨年ブラジル最高裁はルーラ政権時代の幹部の汚職を徹底的に暴き、17人を有罪にした。裁判所に対する信頼性は強くなったと思う。


コメンテータの二宮正人氏は、
弁護士。
サンパウロ大学法学部教授。
東京大学客員教授。
長野県生まれ、ブラジル帰化。


筒井茂樹 (コメンテータ)

私から5点指摘したい。1つ目は経営フィロソフィーの話。日本企業は1980年代の失われた10年の間に多くが撤退したが、欧米企業はさらに投資した。その差が現在の力の差になって現れている。成功企業の共通点は現地重視で、本家から分家する勢いで投資することが大事だと思う。

 2つ目はブラジルの高くて複雑な税金への対応だ。売り上げ、流通サービスなどにかかる税金は60種類以上ある。ブラジルでは薄利多売の商売は無理で、粗利益が30%以上ないと企業はもうからない。

 3つ目は企業リスクだ。リスクにはカントリーリスクとコマーシャルリスクの2種類がある。カントリーの方は今や投資適格国になり問題はないが、やっかいなのがコマーシャルリスクだ。要するにお金を払ってくれないリスクだ。それも国や州は未回収リスクが高い。

 4つ目は高金利対策だ。中央銀行の政策金利は7.25%だが、市中金利は30~40%にもなる。だからキャッシュフロー重視の経営をせざるを得なくなる。

 5つ目は労働訴訟。社員を解雇する時はよほど気をつけないといけない。こうした難題を抱えながら私は28年もブラジルと関わってきた。困った時に助けてくれたのがアミーゴ(友人)の人脈だった。

コメンテータの筒井茂樹氏は、協会常務理事。元伊藤忠ブラジル社長。CAMPO(日伯農業開発)諮問委員。ブラジル駐在通算28年。




                     シンポジウムを聞いて 

モデレータの総括に代えて
                                                         和田 昌親(協会顧問)

 なぜブラジルにこだわり続けるのか、自問することがある。経営者にとってはやりにくい国だ。無限の可能性を感じる一方で、思いがけないリスクに直面したりする。シンポジウムでは話題にならなかったが、治安の悪さも相変わらずだ。

 とてもじゃないが、ブラジルで商売などできない、と尻込みするほうが普通かもしれない。それでも約400社の日本企業が規制や制約を乗り越えて、大地に根を張っている。しょうがない奴だと思いつつ、面倒を見ているうちに足が抜けられなくなる。そんな図式だ。

 ブラジル生活28年の筒井茂樹さんの経営指南はおそらく正しい。ブラジルでの経営は落とし穴だらけのようだが、絶体絶命のピンチをアミーゴ(個人的関係)によって救われたという。

 個人の魅力がなければ日本ブラジル友好団体は80年も続かない。ブラジル人の「打算なき優しさ」というソフトパワーも効いている。どこかの反日国より親日国ブラジルと付き合ったほうがいいに決まっている。