会報『ブラジル特報』 2013年7月号掲載
エッセイ

                              加藤 巌(三井住友銀行グローバル・アドバイザリー部)


 ブラジルを中心とした中南米地域への進出、戦略立案や撤退等を企画・検討している企業に対して、各種アドバイス、サポート等を主業務としているが、この数年で特にブラジル関連の相談件数が格段に増加していること、1件当りの投資金額が過去対比で大きくなっていること、また業種が多様化してきていることに気がつく。世間では数年前にブラジル投資は一段落したかにいわれているが、2014年には歴史的に節目となる第20回ワールドカップサッカー記念大会、2016年には夏季五輪大会、2022年には建国200周年を控えている。英国を超える規模の経済大国に進化したブラジルへの熱い視線はまだまだ継続している状況にある。経済界のみならず教育界もブラジルの理工系大学の留学生を中心に大規模な受け入れを表明している。

 しかしながら、そんな有望な投資先のはずのブラジルでは、多くの企業が言語、商習慣、地理的な問題、複雑な税制、激しい価格競争、独特な為替規制等の壁にぶつかっており、従来のような欧米・アジア地域等への海外進出手法では、うまく商売ができていないという特徴も同時に存在する。
 昔からブラジルは「人種のるつぼ」といわれているが、何がブラジル人なのかと時々考える。例えばサンパウロを歩いていると、どこから見ても日本人の私に対して、彼らは平気で道を尋ねてくる。日本人は東京・大手町や大阪・心斎橋を歩いている外国人に道を尋ねることはしないだろう。つまりこの日本では有り得ない、文化・発想の違いがブラジルを理解し難くしている根底にあると考えていて、ここにそのヒントがあると思う。

 ブラジルで事業を推進する上で、壁になってしまうモノのひとつに貿易面や流通面で関係してくる税制を指摘する声が多いが、そもそもブラジル政府がこの複雑かつ難解な税金を設定している理由は、昔から存在した州毎の税金が複雑に絡み、歪な形になってしまっていて、抜本的な税制改革が進まずにそのまま残ってしまった、いってみれば文化的・歴史的要素に根があることが主因であり、他国で実施されているような自国産業の保護目的といった経済的要素主体で実施されているとは思わない。
 日本からの物理的な距離も問題であろう。最低でも往復で3日を費やしてしまうので、トップマネジメントを現地に送り込んで、ブラジルを理解して貰うことを企図しても、多忙な経営層の3日以上のスケジュール確保が出来ない。多くの企業が同様な問題を抱えており、ゆえに社内関係者に対するセミナーや啓蒙活動会の開催を依頼される事例も多い。
 M&A(企業買収)は法人を新設するよりも、既存販路や代理店、従業員を容易に確保できる等といった「時間節約」を目的に、最近その検討が増えている進出方法のひとつであるが、実は日本人が考えるほど簡単ではない。

 理由は単純で「ブラジルがよくわからない」からだ。つまりM&Aの進め方も我々が一般的に認知している方法がすべてでもなく、また法令に沿って買収が完了しても思わぬ訴訟が待ち受けていたり、ようやく買収に成功しても想定外のことで運営が停滞するケースも多く、当該業界の知識・ノウハウというよりは寧ろ「ブラジル」を熟知している人間を絡めていないことが問題にあろう。

 ブラジルでは「肩書き」は勿論だが、ブラジル人とか日本人といった人種も、年齢の高低もあまり関係ない。またブラジル勤務経験があるという事実だけでは、恐らくその効果は限定的である。むしろ必要なのは関係官庁にコネクションがあるとか、A社の実権者の友人と親しい間柄にあるとか、要するに「どれだけブラジルを熟知している」のかという点がポイントになっており、ブラジルでのビジネス推進上、こういった人材を確保するには相応の報酬を用意する必要がある。また問題解決に対応できる優秀な人材を確保できた場合、停滞していた問題・案件が前に転がりだした事例が少なくないことを、いろいろな機会に説明しているが、一般的に日本企業はコストをなるべく抑えてブラジルでの新規事業戦略を推進しようとする為、入口からズレが生じていると感じている。やはり「給与が安くて、優秀な人」は稀なのである。従って、少々乱暴かもしれないが、経験上、高給な人間を雇うことが解決策のひとつとして挙げられると考える。

 かつて累積債務状態に陥り、ハイパーインフレが渦巻いた国であるという記憶から、「経済的に駄目な国」と烙印を押して、上から目線でブラジルをみるケースが散見されるのも気になることのひとつである。目線としては日本と同格として取り組まないとギャップが大きく、地理的には日本の真逆にあるので、例え一番遠くても心情的にはかなり近い「遠いけれども、実は近い国ブラジル」に対しては、アジア地域に対する取組みと同様に、もっと積極的に日本企業は関わっていかなければならない「心地よい対等パートナー」であるべきと考えている。