会報『ブラジル特報』 201311月号掲載
エッセイ

     竹中 平蔵 (慶応義塾大学教授、グローバルセキュリティ研究所所長) 山崎 圭一 (横浜国立大学教授)


 1990(平成2)年の入管法改正による、日系3世(法律用語では「日本人の子として出生した者の実子」)等を念頭においた「定住者」という在留資格創設をきっかけとして、ブラジルから日本への出稼ぎ者が増えたことは周知の事実である。外国人登録者統計でみると、この間のピーク時(2007年)で、在日ブラジル人は316,967人であった(法務省『平成24年版 出入国管理』による)。

 この流れとは別に、以前から日本へ研修や研究にきている方々が大勢いる。留学生や客員教授などがその例だが、それ以外に、 JICAの「日系研修員受入事業」での渡日者の総数が着実に増えてきた。1971年に海外移住事業団(JEMIS)が開始した制度だが、 2011年までの実績で、計15ヶ国から4,697人を受け入れている(JICA の本事業紹介ウェッブサイトより)。

 ブラジルからの研修員で、無事研修を終えた帰国者のうち、学術研究に従事されている方々が中心になって、1992年にブラジル側で同窓会が結成された。日本語名は「ブラジル日本研究者協会」で、ポルトガル語名はSbPNAssociacao brasil-Japao de Pesquisadores、旧名Sociedade brasileira de Pesquisadores Nikkeis)である。これはブラジル政府公認の非営利団体(NPO法人)で、公式ウェブサイトの和文ページは以下である→http://www.japao.org.br/modules/xt_conteudo/

 その日本支部結成の機運があり、2009年に実現した。設立総会は同年620日に慶応義塾大学グローバルセキュリティ研究所で開催し、テレビ会議によるサンパウロ市の本部最高幹部(S.Niyama会長等)の御出席を戴いた。時差のためブラジル側は深夜となってしまい、申し訳なく感じたことが、記憶に新しい。

 日本支部長には、本稿執筆者の一人竹中が就任する運びとなり、運営事務はブラジル銀行東京支店勤務の遠藤エリカ女史が担って下さることになって、現在に至っている。

 竹中は、総務大臣当時、ブラジルが日本の地上波デジタルTV技術を採用する際の日本政府側の調印者であったという経緯(採用決定は066月)を1つのきっかけとして、日本とブラジルの学術・文化交流促進の重要性を再認識し、微力ながら貢献活動として、この役を引き受けさせていただいた。遠藤氏はこの研修員受入事業の参加者で、横浜国立大学で1年弱の研修を経験している。本稿のもう一人の執筆者山崎は、遠藤氏の当時の受け入れ教員で、その縁で日本支部の活動支援に参加している。

 日本支部の活動目的は、両国の学術・文化交流の促進である。具体的活動としては、第1に、最近の研修員を講師として招いて、ブラジルの経済、社会、文化などについての情報交換会・研究会を開催している。20098月に開いた第1回目の研究会以後、本年9月までに文系、理系をふくめて10名の専門家からブラジルに関する報告を拝聴し、質疑応答を通じて交流を深めた。

 第2は、研修員に限らず日本でブラジルに何らかの形で関わっている日本人(研究者、ビジネス・パーソン、留学生など)と、滞在中のブラジル人(本研修員含む)の間のネットワークづくりである。

 第3は、私たちがブラジルへ渡航して交流活動をすることで、1010月、1110月および1212月に、竹中が現地(サンパウロ市内)で日本経済に関する講演会を実施した。演奏家の西陽子女史の琴リサイタルも催され、大好評であった。

 異分野の交流なので、専門学会での学術交流では得られないような、ブラジルについての最新情報や知見が得られるといった効果が実感される。各参加者の生産物(論文等)に効果が多少反映されていると思われるが、日本支部としての成果物の誕生は今後の課題といえよう。

 会合の頻度は数ヶ月に一度で、土曜日の17301830に慶応義塾大学グローバルセキュリティ研究所会議室で開催している。オープンで自由なサロンとして実施しているので、関心のある方は以下の事務局宛ご連絡いただきたい。

 日本とブラジルの異文化が交わる、こうした異業種間ネットワークづくりの地味な活動の積み重ねが、両国の多様な分野でのイノベーションを誘発する礎石になると信じて、活動を継続する所存である。

 連絡先:Erica Endo 宛 (Eメール : sbpn_japan@yahoo.co.jp