会報『ブラジル特報』 2014年1月号掲載
   山田 彰 (外務省中南米局長)


 新年にあたり、皆様のますますのご健勝をお祈り申し上げます。年頭にあたり、2013年のブラジル情勢を振り返りつつ、2014年のブラジル情勢の見通し、日本とブラジル関係について述べさせて頂きます。2013年のブラジル情勢
2013年、発足後2年を経て政権後半に入ったルセーフ政権は、国民、政界、経済界、メディアからの肯定的な評価を背景に、高い支持率の下、経済成長の回復、インフレ抑制と経済成長の両立、インフラ整備、教育投資、貧困対策への取り組みを進めていました。前政権から続く低所得者向け家族手当(ボルサ・ファミリア)は,開始10年にして、合計3,600万人が絶対貧困から抜け出すという世界最大の所得移転プログラムとなり、このうち2,200万人はルセーフ政権下での成果でした。
ルセーフ大統領は年明け以降、対外的にも精力的に外遊を行い、半年の間にチリ(1月)、赤道ギニア(第3回南米アフリカ首脳会合)およびナイジェリア(2月)、ベネズエラ、イタリアおよび南アフリカ(第5回BRICS首脳会合)(3月)、ペルー(南米諸国連合臨時首脳会合)およびアルゼンチン(4月)、エチオピア(アフリカ連合50周年記念式典)(5月)、ポルトガル(6月)を訪問しました。日本政府としてもルセーフ大統領の6月末の来日に向けて準備を進めていましたが、6月20日(現地時間)、ブラジル国内の大規模デモへの対応のため、ルセーフ大統領の来日延期が決定されました。

2013年6月の大規模デモは、高い支持率を得ていたルセーフ政権にとって予想外の大きな出来事であり、ルセーフ政権の支持率は大幅に低下(57%から30%へと下落)しました。今回の大規模デモは、サンパウロのバス料金が20センターボ(約10円)値上げされたことをきっかけに若者を中心に発生したものですが、6月20日には,全国約100都市で、約140万人以上が参加したといわれるブラジル史上最大級のデモへと拡大。サッカーのコンフェデレーション杯の開催中であったため、取材のためにブラジルを訪問していた各国のマスメディアにも取り上げられ、大きな注目を集めました。
しかしながら、注目すべきは、今回の大規模デモは、いわゆる反政府デモとは異なり、教育・医療、公共交通等の不整備、汚職への反発といった個別分野の政策に対する不満を訴えるものだったという点であり、むしろブラジル社会の成熟度を示すものであるとの指摘もなされています。ルセーフ大統領も、治安部隊によるデモ隊の武力制圧というような強権的なアプローチはとらず、国民に対して、暴力を否定しつつ、民主主義国家における主義主張の自由を擁護するメッセージを発出し、対話の姿勢をとりながら、デモの沈静化を呼びかけました。
また、ルセーフ大統領は五つの柱による「大社会協約(Grande Pacto)」<①財政責任の徹底(経済の安定化、インフレ抑制および財政支出のコントロール)、②政治改革(政治改革のための制憲議会設立に向けた国民投票実施、汚職対策、全行政機関の情報公開法の導入)、③医療(「より多くの医師を」計画、医師の育成(医学部枠の増加やインターン実施の義務化)、公共医療施設の充実)、④公共交通(都市交通開発のための投資等)、⑤教育>を提案し、国民の不満を政策の遂行を通じて解消しようとしています。大社会協約は、与党内での調整が十分でないまま提案された側面もありますが、医療・教育分野については、原油・天然ガス開発に際して連邦政府が得るロイヤリティの収入の75%を教育に、25%を保健に支出することを定める法律(第12858/13号)の裁可、「より多くの医師を」計画法の公布などの具体的な施策が行われました。
大規模デモ直後に下落したルセーフ大統領の支持率は、ゆるやかながら回復傾向にあり、またルセーフ大統領の大規模デモ対応については、多くの人が評価(67%)を行い、マイナス評価は29%にとどまりました。2013年後半、デモは散発的に発生しましたが、暴力をともなうデモは国民の大半が支持せず、その後大規模デモには発展しませんでした。ただし、ルセーフ大統領は、13年後半は外遊を近隣諸国訪問および国際会議出席のためのものに限り、ウルグアイ(7月,メルコスール首脳会合)、パラグアイ(大統領就任式)およびスリナム(第7回南米諸国連合首脳会合)(8月)、ロシア(G20首脳会合)および米国ニューヨーク)(第68回国連総会一般演説)(9月)、ペルー(11月)を訪問したに留まりました。なお10月には米国訪問が予定されていましたが、ルセーフ大統領の電話を含む米情報機関による通信収集疑惑が懸案となり、延期されました。

ブラジルにとり、政治的・社会的局面で大きな変動があった2013年でしたが、経済面では、一定の景気回復を見せ、経済成長率約2.5%(13年10月時点、IMF見通し)、外貨準備高も年間輸入額を上回っており、多額の外国直接投資が流入しています。成長加速計画(PAC2、2011~14年)を通じた公共投資も、13年8月までに67.2%実施されました。ブラジル国内では、サッカー・ワールドカップ開催(14年6月)に向けて、空港施設の整備・拡張等のインフラ整備が行われていますが、16年のリオデジャネイロ・オリンピックも念頭に置きつつ、国内のインフラ整備は進められると考えられ、今後、インフラ投資がブラジル経済の牽引力となっていくとみられています。

2014年のブラジル情勢
2014年は、10月の大統領選挙および州知事選挙を控えた選挙の年であり、まだ公式発表はされていませんが、ルセーフ大統領は再選を目指して大統領選挙に出馬するとの見方が一般的です。大統領選挙候補者として、ルセーフ大統領以外にネーヴェス上院議員(PSDB)、カンポス・ペルナンブコ州知事(PSB)、シルヴァ元環境大臣(PSB)、セーラ元サンパウロ州知事(PSDB)の名前が挙がっています。
2013年11月の世論調査では、ルセーフ大統領の支持率の上昇、他の候補者の支持率の低下により、ルセーフ大統領が第1回投票で有効票の過半数を獲得して再選を決めるだろうとの結果も出ていました。13年6月の大規模デモにより国民の政治や社会に対する不満が顕在化したとはいえ、多くのブラジル国民は支持政党を変更したとはいえないようです。労働者党政権が進めてきた「安定的な経済成長と貧困対策(貧困撲滅)強化の両立」については、国民的コンセンサスが得られているといえますが、国民の不満に応えるさらなる具体的かつ効果的な施策が打ち出されない場合の国民の反応および大統領選挙に与える影響については、今後注目されるところです。

 
 選挙までの基本的カレンダー


日本・ブラジル関係
2013年6月のルセーフ大統領の来日は延期となりましたが、同年9月には、岸田外務大臣のブラジル訪問が実現し、就任後間もないフィゲイレド外務大臣との間で外相会談が行われました。両外相は、日本・ブラジル両国が人的絆を背景とした歴史と伝統に培われた特別な信頼関係にあり,科学技術や産業協力を通じた多層的な協力関係を拡大する多大な可能性がある点で一致し、ルセーフ大統領の来日の実現に向けて調整していくこと、15年の外交関係樹立120周年を両国関係をさらに強化・深化するものとして盛り上げていくことで一致しました。またほぼ時を同じくして、ロシアのサンクトペテルブルクで開催されたG20首脳会合の機会に、安倍総理は初めてルセーフ大統領との間で日本・ブラジル首脳会談を行い、首脳レベルで二国間関係および経済分野での協力促進等についての双方の意向を確認することができました。また、これに先立ち、昨年は5月に茂木経済産業大臣、7月に新藤総務大臣がブラジルを訪問し、それぞれピメンテル開発商工大臣、ベルナルド通信大臣など担当分野の関係大臣との協議を行いました。ブラジルからも、テイシェイラ環境大臣(10月、水俣条約外交会議)、ベルキオール企画予算大臣(11月、日本?ラ米ビジネス・フォーラム)が来日し、政治レベルの交流が進みました。
経済面では、引き続き世界経済が低迷する中にあって、ブラジルは着実な経済成長を遂げつつあり、ブラジル日本商工会議所の会員数も約350と史上最多を記録し、両国の経済関係の進展はめざましいものがあります。

2013年8月には、4年ぶりに、両国経済界の主要なリーダーから構成される日伯戦略的経済パートナーシップ賢人会議がリオデジャネイロで開催され、石油・ガス、再生可能エネルギーと自動車産業、インフラ・ロジスティックス分野への投資、技術・イノベーション、人材育成、第三国における日本・ブラジル協力に関する提言がまとめられました。両国の賢人一同はルセーフ大統領に直接提言を提出し、また日本側賢人は、日本帰国後に、サンクトペテルブルク出発前の安倍総理を表敬し、賢人会議の報告を行い、提言を提出しました。
同年9月には,第16回日本ブラジル経済合同委員会がベロオリゾンテで開催され、両国から300名余りの企業家が参加し、両国間貿易投資関係の促進、インフラ整備、資源開発における協力について活発な議論が行われ、また初めて日本とブラジルのEPA(経済連携協定)の可能性が議題となったと承知しております。日本企業のブラジル進出においては、高率・複雑な税制、硬直的な雇用制度を含むブラジル・コストの是正といった課題はありますが、両国官民双方において、両国の戦略的経済関係の強化にむけた取り組みが今後ますます活発になるものと思われます。
日本政府としても、ブラジルにおける日本の民間企業のさらなる活動発展を支援すべく、ブラジル政府に様々な形で働きかけて参ります。
また、ルセーフ大統領が重視するブラジルからの理系留学生10万人送り出し計画(「国境なき科学計画」)の本邦受入れも本格化しており、2013年秋には、47名の学部留学生が来日し、14年春には約100名余りの学部留学生が来日する見込みです。
欧米、中国、韓国がブラジルからの留学生を受け入れ、人材交流を図っている中、本計画が日本・ブラジル間の伝統的な人的絆に加え、次世代の人材交流をはかる好機となるよう期待しております。
2014年は、私も含め世界中の人々がワクワクして待ち望んでいるサッカー・ワールドカップ・ブラジル大会が開催される年です。多くの日本人がブラジルを訪問し、また、マスメディアでもブラジルが多く取り上げられることでしょう。さらに、15年には日本ブラジル外交関係樹立120周年、16年にはリオデジャネイロ・オリンピック・パラリンピック競技大会、20年には東京オリンピック・パラリンピック競技大会が控えております。こうした機会を通じて、日本とブラジルの間の人の往来が活発化し、相互の関心も高まるものと思われます。このような中、日本ブラジル中央協会の果たす役割はますます大きくなると考えます。引き続き、皆様のお力添えを賜れれば幸甚です。

(本稿は筆者の個人的見解であり、外務省の見解を代表したものではありません。)