会報『ブラジル特報』 2014年7月号掲載

   
駒形 秀雄(企業コンサルタント)


 今日本でブラジルと言えば、6月12日から始まるサッカー世界大会でしょう。しかし現地ではこのお祭り騒ぎとは別に大きな事案が動いております。それは10月5日に行われる大統領、各議員などの選挙とその陣取り合戦で、現在、各陣営は規則に触れない範囲内で活発に動いております。即ち、中間グループの自派への抱きこみ工作、反対グループのスキャンダル、汚職告発による離反画策、頻発するデモや大衆運動を自派の宣伝に利用すること、などです。ここでは国の方向をも左右する大統領選挙に的をしぼって現在の動き、これからの展望などを御紹介致しましょう。有力候補はどんな人?

各党の大統領候補は6月中の党大会、それに次ぐ、7月5日期限の公式登録を待って最終確定するわけですが、既に候補として次の様な人達が挙げられています。

ジルマ(DILMA ROUSSEFF)現大統領。67才、PT (労働者党)から出て再選を目指している。前回の選挙では当時の大統領で絶大な人気だったルーラ(<spanlang=PT-br>LULA) の全面的支持を得てブラジル初の女性大統領となった。世論調査では候補者中トップの<spanlang=PT-br>40

%近い支持率を得ている。 アエシオ (AECIO NEVES) 上院議員56才、PSDB(社会民主党)党首で<spanlang=PT-br>PTに奪われた政権奪還を目指している。自身が知事だったミナス州、同党所属知事を擁するサンパウロ州などの有力選挙区に強く、支持率は<spanlang=PT-br>16%?20%で2位につけている。

カンポス (
EDUARDO CAMPOS
)前ペルナンブコ州知事。
49才、ルーラ政権時代に大臣の経験もあり、地元での人気は高い。前回大統領選挙で大量得票を得自然環境保護団体などの支持層をもつマリーナ(<spanlang=PT-br> MARINA) を副大統領候補にすえて10%台の支持率で人気3位。新鮮さが魅力と言われる。

ブラジル選挙の特殊性

発展途上国ブラジルの選挙事情は日本のような成熟社会、高度教育国とは相当に異なるので、まず、これらの特性の理解が必要となります。

相違点の第一は国民の貧富の差が非常に激しく、大きな資産家がいるかと思えば、他方、住む家や明日の食べ物にも事欠く階層が多数居る。教育レベルでも、TVは見るが印刷された文字などはまず読まないと言う層が3割はいると言うことです。ブラジルの投票は義務制ですから、この様な低所得、低学歴層も企業家や知識層と同じく“一票″となります。従い、候補者としては、政党幹部間の合従連衡工作とは別に、この様な大衆層の歓心を買う政策を採らねばならなくなるのです。
次に、この国では日本の23倍もの広大な土地に2億人近い人口が散らばっているので、全国民に候補者の政策や人となりを知っても貰うことは相当な困難を伴います。ジルマ大統領の様に現職の人は露出度も高く、良くも悪しくも知名度は高くなりますが、アエシオ(元州知事)、カンポス(前州知事)などは地元での支持率は高いが、それ以外の地域での知名度はいまひとつ、となっています。全国で、短い時間で、どのようにして一般庶民大衆の支持を取り付けるか?これが得票アップの鍵となる訳です。
もう一つ、ブラジルでは第1回選挙で1位候補が有効投票の過半数を得られなかった場合、1位と2位との間で、1026日に決戦投票が行われます。現在人気1位のジルマを攻撃するのは良いが、自分が2位になって決戦に残りたい、と も一人の候補(アエシオ か カンポス)を手ひどく攻撃すると、最後の決戦で、3位候補にそっぽを向かれます。この辺どうするか? 微妙な配慮が求められる事になります。

各派の動きと思惑は

ブラジルには政党の数が32あります。弱小政党からは10名以上の立候補が予定されていますが、いずれも1%前後の人気度なので、ここでの説明は省きます。
主要3候補者の世論調査による支持率は下表の通りです。
これで分かることは1位のジルマの支持率(40%弱)が下向きになって来ていること、2位アエシオ(20%近く)が上向き、3位カンポス(10%程度)も若干上向きということです。
従来、ジルマ候補は一回目の選挙で当選有力と見られてきていたのですが、もし、この下向傾向が続くと、2次決戦投票にもつれ込み、大衆の離反、野党連合の成立などがあれば、現職大統領の落選、新人による政権交代という事態も起こりうるのです。

 

 


各陣営の思惑

PT(労働者党) <spanstyle=’font-size:10.5pt;line-height:115%;font-family:”MS Pゴシック”;mso-bidi-font-family:”Times New Roman”;mso-bidi-theme-font:minor-bidi;mso-ansi-language:PT-br;mso-fareast-language:JA;mso-bidi-language:AR-SA’>ジルマの拒否率が35%と高いのに、前大統領のルーラ(LULA)の拒否率は<spanlang=PT-br>17%と想定候補者中の最低です。また、同氏は人気度抜群で、もし立候補すれば一回目で当選という世論調査結果が出ていて、候補をジルマからルーラに変えて政権を維持しよう=「ルーラを戻せ」という党内の動きもあります。
これは6月中旬の党大会で明らかになるでしょう。PTではこれとは別に国会第一党ーPMDB(ブラジル民主運動党)のテーメル前党首を副大統領候補にして、造反があったりして中々纏まらないこの党の支持を固めようとしており、更に、以前は仇敵の間柄だった、マルフ(元サンパウロ州知事、PP党)の支持もとりつけて支援層を拡げております。

PSDB(社会民主党)<spanstyle=’font-size:10.5pt;line-height:115%;font-family:”MS Pゴシック”;mso-bidi-font-family:”Times New Roman”;mso-bidi-theme-font:minor-bidi;mso-ansi-language:PT-br;mso-fareast-language:JA;mso-bidi-language:AR-SA’> アエシオは地盤のミナス州や同盟州での票固めのほか、他の地区への浸透を図り全国区的候補にならねばなりません。そのため票を集められそうな有力者を副大統領候補に選ぼうと種々工作を進めていますが、候補者は一長一短、まだ決まっていません。
また、マスコミなどを通じ現政権への批判を強め、PTが他党取り込みで増やした省=大臣の数が30以上にもなっているのを、半分に減らすと公言しております。他方、景気振興策で企業家筋にも食い込んで、それら言動が最近の支持率の向上に反映されています。

PSB(社会党)<spanstyle=’font-size:10.5pt;line-height:115%;font-family:”MS Pゴシック”;mso-bidi-font-family:”Times New Roman”;mso-bidi-theme-font:minor-bidi;mso-ansi-language:PT-br;mso-fareast-language:JA;mso-bidi-language:AR-SA’> カンポスは元はPT所属で地元東北地方に多い低所得層から圧倒的な支持を得ていました。しかし、最近では PSDBの過去の政権時代の業績も認める柔軟な発言をし、南西部に多い高教育層、企業家層の理解を得ようとしています。
それに新鮮な印象を与える容姿と相俟って、本格TV宣伝が始まれば女性層、若年層などに支持を広げる可能性があります。他方、これとは別に、同グループは前回大統領選挙で大量得票したマリナ(元大臣、上院議員)を副大統領候補に獲得しており、東北地区、環境保全勢力の支持を固めています。

それでどうなる?

現在注目を集めているサッカー世界大会の選挙への影響はどうでしょう。サッカーと政治は関係ないという説もありますが、もしこの大会でブラジルが早い段階で敗退すれば、「こんな大会に我々の税金をつぎ込んで何だ! そんな金があるなら苦渋する国民の生活を良くするために使え!」という既に出ているジルマ政権への不満が爆発する恐れがあります。
逆に、ブラジルチームが劇的な戦いをして優勝でもすれば、タイミングは絶佳、現政権への不満は消し飛ぶと期待されます。
もう一つ、ブラジルの選挙では各党候補に無料のラジオ・TV宣伝時間が提供されます。8月19日開始で投票直前までゴールデンアワーに放映されますから、この国ではその効果は絶大です。本放送開始後に各候補への支持率が大きく変わる可能性がありますから、各党とも他党との提携による放送時間の拡張、専門家起用による内容の充実などに金と知恵を絞ることになります。
この面でも大政党をバックに持つジルマ候補はダントツの宣伝時間を確保出来、豊富な資金で実績のあるマーケッテング専門家も雇えて有利です。その上、“ボス”ルーラの全面支援を得れば、一回目での当選極めて有望となるでしょう。
日本側として何とか勝って欲しい人はアエシオ候補でしょう。アエシオの地元ミナス州には日本側は古くから多額の投資をしてきています。鉄鉱山の開発、鉱石輸入、ミナス製鉄所の建設、セニブラ・パルプ産業の創設などです。
これが原料輸出頼みだったミナス州の近代化、発展に大いに寄与して来ており、地元のアエシオもこれらの“日本の協力”を長年体験し、見聞きしてきています。日本の国や人についての理解、親近感も一番です。大統領に当選しながら、就任直前に死去した祖父タンクレッドの志をついでこの国に改革をもたらせるか! 期待は広がります。
サッカーに沸き、選挙活動に揺れるブラジルですが、一般社会情勢は厳しさを増しています。殺人を含む凶悪犯罪は後を絶たず、物価高に不満な大衆の暴力デモ、警官や裁判官のストライキまで惹き起こしています。 これら候補者たちも、政治改革やら、海外進出などという大きな話ばかりでなく、この様な一般社会層が直面する問題の解決策を提示して貰いたいものです。
この様な解決策を提示、実現できる候補こそが、大統領当選の本命と言えるかも知れません。