会報『ブラジル特報』 2005年
3月号掲載

                        二宮 正人
(国外就労者情報援護センター理事長)



 現在先進国において合法・非合法を問わず、多くの外国人が就労しており、そうした人々が本国へ送金している総額は、アメリカ、EU、日本等で年間800億ドルに上るといわれている。ブラジルに対するものだけでも約54億ドルで、そのうち日本からの対伯送金は、過去においては20億ドルに達したこともあったが、現在はやや減少して約18億ドルとされている。ブラジル開発商工省によれば、対日輸出が約25.2億ドル、輸入が約26.4億ドル(いずれもFOB価格)で約1.2億ドルの赤字であることから、在日ブラジル人の送金額がいかに巨額なものであるかがうかがえる。ただし、ブラジル中央銀行筋によれば、上記送金総額のうち、正規の送金額は全体で約20億ドルとのことで、半分以上は地下銀行、旅行社、就労斡旋業者、本人または友人知己によって持ち込まれているようである。

 諸外国の中には、労働力の輸出を国策として、担当省庁(例えば、インドネシアやフィリピンにおけるマンパワー省)を設け、自国就労者の家族送金を国家収入の重要な財源としている場合もある。ブラジルの場合、政府当局は、他の途上国とは国家の財政規模も異なり、「出稼ぎ」者の送金に国家経済が依存することはないと言明しているが、上記数字を見る限り、在外ブラジル人の送金が本国の国際収支の改善に貢献し、役立っていることは、何人も否定できない事実である。

 日本からの送金に限定しても、18億ドル相当の貿易黒字を達成することは容易なことではなく、本来ならば原材料や機械を輸入したり、人材育成に投資しなければ得られないはずである。そうした投資を必要としない、就労者およびその家族からの送金は、彼らの努力と汗の結晶であり、鉄鉱石、コーヒー、オレンジ・ジュースといった象徴的なブラジル産品の対日輸出総額よりも多いのである。鉄鉱石の例を挙げるならば、日本がブラジルから輸入する鉄鉱石は主として、パラー州のカラジャス鉄鉱山から産出されている。世界の現在の需要を向こう450年間まかなうことができる埋蔵量を誇る鉱山であり、日本、欧米諸国、中国等へ輸出されている。パワーシャベル等の鉄鉱石を掘り出すための設備、そびえるような大型ダンプ・トラック等の輸送機械、山から積出港まで900kmの鉄道、3両のデイーゼル機関車で牽引する180両編成の鉄鉱石運搬列車、港における鉄鉱石積み込み設備等、どれ一つとっても巨大なもので、かつ膨大な資本投下を必要とする。その結果、毎年2,200万トンの鉄鉱石が日本に輸出され(中国へは2,800万トン)、約5.5億ドルの外貨収入となる。鉄鉱石の事例を見ただけでも、上記18億ドルという送金額が、ブラジルにとってどのような意味を有するかを容易に理解することができるであろう。

 いわゆる「出稼ぎ」現象の初期には、バブル景気の最中であったこともあり、一日に4,5時間以上の残業をこなし、一ヶ月に30万ないし40万円もの収入を達成した者もいた。彼らは、会社の寮などに寝泊まりして家賃を節約し、食事も社員食堂等や自炊で切りつめ、ひたすら貯蓄に励んだのである。しかし、日本滞在が長期化するにつれ、稼いだ金を消費する機会も多くなっていった。ブラジルからの食材、新聞雑誌、衣類、TV番組、ビデオ等も大量に輸入され、日本における娯楽や消費生活にも馴染み、人によってはパチンコ等に給料をつぎ込んでしまう者もいると聞く。また、最近の不況による失業者も多く、収入も一時より低く、男性で平均して20万ないし25万円、女性で15万ないし20万円程度である。

 また、子女の教育についても、日本の学校に馴染まず、あるいはブラジルへ帰国した際のことを考えて、ブラジル学校に通学させる親もいるが、その場合は、一人あたり4万ないし5万円の月謝が必要とされることから、以前のように貯蓄することもままならぬ者が増えている。なお、本末転倒としかいいようもないが、学費を節約して貯蓄を達成するために、子女をブラジル学校へは通わせず、法定年齢以前であっても、子を働かせることを望む親もいると聞く。そして子どもたちも義務教育年齢を経過した後は、高校進学を望まず、あるいはそれを中退して、働き始めることを希望する場合も多いとのことである。いずれにせよ、中長期的な人間形成を考えない、近視眼的発想としか思えないものである。

 こうして目標額の達成には、より長期間の滞在が必要となるが、多くの者は一人当たり400万ないし500万円という貯蓄を携えて帰国している。ただし、その金はマイホームの購入またはリフォーム、マイカー、その他の耐久消費財の購入に費やされてしまうが、日本と同じ収入を本国で得ることは困難なことから、再度、あるいは再再度訪日して働く者もいる。その結果、「渡り鳥」のごとく両国間を往復する者や、日本に永住したり(在日ブラジル人約27万5,000人中、4万人強)、帰化によって日本国籍を取得して、日本に留まる者が増えている。
帰化人の総数は発表されていないものの、年々増加しているといわれ、特に1993年にブラジル憲法の一部改正により、一定の条件の下に二重国籍が是認されるようになってから、顕著になっている。また、「出稼ぎ」現象の初期段階では想像もできないことであったが、最近では住宅金融の長期的ファイナンスを得て、日本国内にマイホームを購入する者も見られるようになっている。このような人々が増えていくことは、あるいは当然のことともいえるが、日本に
留まる理由として挙げられているのは、単なる経済的な理由のみならず、ブラジルにおける治安の悪化も影響を及ぼしている。彼らが日本に永住することは、日本の労働力不足の解消に貢献するかもしれないが、ブラジル国およびブラジル日系社会にとって、好ましい状態であるとはいえない。 

 他方、日本での就労を終えて帰国した者の総数は、約15万人ほどであるが、彼らが持ち帰った貯蓄を費消させず、彼らを起業家として支援し、ブラジルに定住させる試みが、ブラジル政府の「SEbrAE(小規模・零細企業支援サービス)」、NPOの「ABD(ブラジル出稼ぎ協会)」の発意とIDB(米州開発銀行)の協力で開始されることになった。それは来る4月上旬に沖縄で開催される、米州開発銀行の総会で発表される。願わくばこの試みが成功して、少しでも多くの在日就労者が帰国して自立に成功し、日本における生活経験を生かし、ブラジルでの国づくりと日系社会の活性化、両国関係促進のために貢献することが望ましいものと考える。

 来る5月末には、ルーラ大統領の訪日が予定されている。1976年のガイゼル大統領以来6人目のブラジル大統領の訪日となる。昨年は待望の小泉総理の訪伯が実現し、笠戸丸移民揺籃の地を訪れた際のハプニング等、さわやかな印象を残した。想えば1980年代までは、日伯要人間の会談においては、両国を結ぶ人的絆として、日本からブラジルへ移民した人々のことが話題に上っていた。そして1990年代においては、在日ブラジル人が直面する数多くの問題が話題の対象となってきている。間接雇用と直接雇用、社会保障、国民健康保険、子女の教育、青少年の非行、大人の犯罪、両国間における司法共助等の問題が山積している。今回の訪日は短いと聞くが、願わくば両国首脳が在日ブラジル人についての意見交換を行って認識を深め、ルーラ大統領およびその一行が、公式スケジュールの間を縫って、ブラジル人集住地域である北関東または東海地方を訪れて、彼らの実情を親しく視察し、代表者と意見交換等を行って現状を知り、また彼らを激励してくれることを願っている。