小林利郎(協会相談役)
投稿日:2014年12月

 近年各国で所得格差の拡大が進み、それが社会的不安定の原因となっていることが指摘されている。ラテンアメリカでもこの問題は深刻である。ブラジルでは極めて低い水準の所得しか得ていない貧困層が国民の大多数を占めていた。しかし、経済発展に伴い雇用が増加し、給与水準が上がった結果、中間所得層が増大してこの状況はかなり改善されたといわれてはいる。

しかしラテンアメリカの経済的格差の問題は、所得格差もさることながら、実は大きな資産格差が温存されていることではないだろうか。大農場や牧場、大邸宅は伝統的に著名家族の所有であったり、民族資本企業の大株主あるいは財閥と呼ばれる大金融・産業グループの実質支配者は世襲で特定の家族内で代々引き継がれていることが多い。最近評判の「21世紀の資本論」(仏経済学者Tomas Piketty)が指摘するところによれば労働のみが価値を生むとする19世紀の「資本論」(マルクス)と異なり、資産も増殖する。

このような資産を構成する不動産や株式はラテンアメリカにありがちな経済環境の変化や高率のインフレ下でも安全に価値を維持し、多くの場合増大し、そこから得られる収益率は得てして経済成長率や賃金の上昇率よりも高い。したがって所得格差以上に資産を持つ者と持たざる者の間の経済的格差は拡大する傾向にあると考えられる。

日本にはもはや大富豪と言える家族は存在しない。高率の固定資産税や相続税でどんな大きな資産家でも三世代もすれば一般の人とほぼ同等になる。東京の田園調布や神戸の芦屋といった超高級住宅街は相続税支払いのために売却され、細分化されて、庶民住宅街になりつつある。しかしブラジルでは資産の多くは世襲で何代も引き継がれて資産家は特権階級的地位を享受し続ける。遺産相続の際の資産の評価が低いことと相続税が極めて低率だからである。

現在の労働者党(PT)政権はじめ歴代政権はポプリズム政策で低所得層には最低賃金の大幅引き上げや家族手当(Bolsa Familia)の支給 等いろいろな名目で所得の財政支援を行い、所得格差を緩和する政策をとっている。しかし、社会主義を標榜する歴代政権下でも資産には寛大な税制が行われているため世襲の大資産家や大株主の地位はずっと安泰で、経済的・社会的格差は維持され続けている。

本当に国民が平等で民主的・近代的なブラジルにしようとするなら所得格差ばかりでなく資産格差の縮小をもたらすような税制の施行が必要なのではないだろうか。

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