会報『ブラジル特報』 2007年
5月号掲載

                          岸和田 仁(在レシーフェ)


シュテファン・ツヴァイク。1920年代から30年代にかけて世界で最も多産な作家の一人であった、このユダヤ系オーストリア人作家がナチズムの拡大に絶望し、第二の亡命先ブラジル(ペトロポリス)で妻ロッテと共に自らの命を絶ったのは、1942年2月23日であった。ゲシュタポによる暗殺との説も行われたが、定説では自殺である。

彼が信じていた、古き良きウィーン的な寛容の精神文化、旧ヨーロッパ教養世界が場所をかえてまだ現存しているとみたブラジルについては、『未来の国 ブラジル』(宮岡成次訳、河出書房新社1993年)に彼の想いが書き込まれているが、自伝『昨日の世界』(邦訳、みすず書房)にも短い次のようなコメントが付されている。

「ここではまだ、第一次大戦を引き起こした野蛮さが、道徳慣習のなかに、国民の精神のなかに、浸透していなかった。ここでは血とか種族とか血統とかについてのばかげた理論によって、人が人から分け隔てられるようなことがなく、(中略)、ここでは大地が、人間が自分を利用し、その存在で自分を満たすことを、人間に期待していた。ここではヨーロッパで創られた文明が、新しい、別な形態をとって大規模に続けられ、発展していた」と。

こうしたブラジル礼賛は永住ヴィザと交換に書いたものだ、すなわちヴァルガス独裁政権に買収された作家でしかない、との批判は40年代から今日まで行われてきた。また昨年9月リオで開催されたツヴァイク記念シンポが『ブラジル、未来の国?』という本にまとめられているが、その中で社会科学者のJ・フラゴーゾは、ツヴァイクが肯定的にみたブラジル的従順は社会的不平等の再生産メカニズムでしかなく、ブラジルは「未来の国」というよりも「ネヴァーランド」でしかない、と批判している。

こうした批判があったということは、多くの人に読まれていたからだ。ラテンアメリカ諸国も同様だがブラジルでも40年代から全集が刊行され、ツヴァイクは広範囲に読まれていたが、70年代以降は散発的な再版はあってもほとんどが絶版状態になっていた。それが、ブラジル本発刊(初版1941年)から65周年、生誕125周年ということもあって、昨年『未来の国』の新訳がL&PM文庫で出版されるなど、主要作品が続々と再版されている。さらには著名な作家や歴史学者らによる記念シンポジウムが開催され、主要新聞でも「カムバックしたツヴァイク」といった関連記事が学芸欄をにぎわしたりしている。

こうした再読・再評価の動きをみるまでもなく、ブラジル人にはやはりツヴァイクは「大変気になる作家」であり続けている、ということが確認されたといえよう。なにしろ、『未来の国』のはしがきで、「我々は国家に順番をつける場合に、産業、経済、軍事的価値でなく、平和的精神と人間性に対する姿勢を判定の尺度としたい。この意味でブラジルは世界で一番模範的であり、それゆえに最も尊敬に値する国の一つに思える」と書いているのだから。ブラジル人インテリにはこそばゆく、複雑な気持ちにさせてきたのだろうけれど。

ちなみに日本では司馬遼太郎がツヴァイクの愛読者であったことが比較的知られており、例えば彼の『空海の風景』で空海のルーツである佐伯氏のことから書き出しているのは、ツヴァイクの『ジョセフ・フーシェ』を彷彿させる。『アメリカ素描』という優れた米国観察記を書いた司馬が、もし『ブラジル素描』を構想していたら、第一章は間違いなくツヴァイクの自死から書き起こしていたはずだ。司馬にブラジルを旅させ、ユニークな紀行を書かせる、そんな素敵な企画を考えるような編集者が一人もいなかったのだろうか。ツヴァイクも司馬も愛読する筆者の、無責任な夢想、いや妄想でしかないかもしれないが。

とまれ、ブラジルで再人気のツヴァイク(特に『未来の国』)を読み返すことが、ブラジルという国と国民への理解を深めることにつながると愚考する次第である。