会報『ブラジル特報』 2007年5月号掲載


   

         桜井 敏浩 (徳倉建設特別顧問、拓殖大学講師、(社)日本ブラジル中央協会常務理事)



低調だった日伯経済関係

去る3月6日サンパウロにおいて、2005年5月のルーラ大統領訪日時以来、2年ぶりに日本経済団体連合会とCNI(ブラジル全国工業連盟)との「第12回日本ブラジル経済合同委員会」が開催され、参加の機会を得た。ここ数回のこの会議は、1980年代のブラジルの”失われた10年”に続く日本経済の約15年におよぶ低迷により、ブラジルとの貿易も伸び悩み、1970年代に”ブラジル・ブーム”といわれた対ブラジル投資ラッシュで進出した既存企業の撤退が続く中で行われ、めぼしいビジネスの進展はあまりなかった状況下だったこともあって、両国経済関係の再構築、緊密化はかけ声ばかりで、かならずしも盛り上がりに欠けていたというのが偽ざるところだった。

一方でブラジルの中国との関係は、2004年5月のルーラ大統領、11月の胡錦涛国家主席の相互訪問に象徴されるように、資源の大量買い付けと対ブラジル投資約束もあって”中国ブーム”に沸いていた。ブラジルは中国の資源の大量買い付けを大いに多とし、一方の中国も高度成長にともなう資源需要に対応出来る有力供給元として、ブラジル等南米との関係強化に努めた。日本は、過去にいち早くリオ・ドセ社の鉄鉱石の長期引き取り契約を結び、イシブラス造船やウジミナス製鉄はじめセニブラ(ユーカリ植林、紙パルプ製造)やアルノルテ・アルブラス(アルミナ、アルミ地金製造)、ツバロン製鉄といった大規模合弁事業、カラジャス鉄鉱山開発等への協力に大きな役割を果たし、長らくアジアで最大の貿易相手国であり続けたのだが、こういったブラジル官民の中国への関心の高まりに、対日関係は二の次、三の次にされてきた中での今回合同会議であったが、蓋を開けてみれば、予想を大きく上回る盛況であった。

久しぶりに盛り上がった今回会合

会議には、団長が槍田日本経団連日本ブラジル経済委員長(三井物産社長)、副団長に西松日本航空社長をはじめとして日本側が約90名、ブラジル側から約350名余が出席し、参加者数だけでもここ何年かの合同会議では最も多いものとなった。それには、1990年のバブル崩壊後長きにわたって低迷した日本経済が回復軌道に乗り、ブラジルとの貿易が少しずつ増大し、これまで関心が低かった日本のブラジルへの投資が動き出す兆候が見られてきたこと、そしてブラジル経済もルーラ第一期政権が”左翼政権”と危惧されつつも前カルドーゾ政権の政策の多くを継承した穏健かつ妥当な政策によって経済安定を維持し、資源をはじめとする輸出の拡大、外貨準備の増大をもたらした実績から、国際経済界の信認が高まり自信をつけているという背景がある。1月に発足したルーラ第二期政権が、いよいよ懸案の経済成長を重視する路線を採るのではと期待されているが、何よりも参加した来賓のブラジル閣僚、日伯それぞれの報告者に、今が両国経済関係の再構築、拡大の好機にあるという共通認識があり、単なるあるべき論ではなく、具体的なビジネスの動きをともなうプレゼンテーションが多くあって、説得力があったことが、ここ数回の会議になかった盛り上がりとなったのではないだろうか。

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3月6日の日伯経済合同会議における
フルラン開発商工相のスピーチ

変化する日伯間経済構造

昨2006年6月に、ブラジル政府は欧米からの強力な売り込みにもかかわらず、地上デジタル・テレビ放送規格に日本(ISDB-T)方式の採用を決定した。また前々回2003年の会合前後から、日本に自動車燃料としてのエタノールの輸出、その精製技術の売り込みミッションを幾度となく送り込んでいたのだが、この1,2年で急速に日本国内でエタノールの導入についての官民の議論が高まり、やっと日本も重い腰を上げて何らかの方法でエタノールを使うことになりそうだということが見えてきた。そして、この会議直前の2月に、日本航空(JAL)が国内ローカル線用にブラジル・エンブラエール製の小型ジェット旅客機(70人乗り)10機+オプション5機の購入を決定した。これらはブラジル側が、「ブラジルの輸出の大半は今や資源ではなく自動車、航空機、携帯電話などの工業製品だが、日本のブラジルからの輸入は相変わらず資源・一次産品(鉄鉱石、アルミ地金、パルプ、鶏肉、コーヒー等)が過半。これが日本経済の成熟、低成長化とともに対日輸出の停滞を招く主因であり、もっとブラジルの工業製品を買って欲しい」(フルラン開発商工相ほか)と主張してきていただけに、その転換を示す象徴的、画期的な出来事として、予想以上の高い評価を受けたのである。 

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日伯経済合同会議での槍田日本経団連日本ブラジル経済委員長
とマスカレーニャスCNI ブラジル日本経済委員長

話題のトップはエタノール

すでに日本政府は、法律上は自動車用ガソリンにエタノールを3%まで混入(E3)することを認めており、関連業界にバイオ燃料の使用目標が示されている。石油業界は、エタノール直接混入のためには全国流通システム改修等に3,000億円の投資を要すると試算を挙げ、ガソリン添加剤(ETBE)にエタノールを使用する対処案を提案し、すでに試験実施のためにまずはフランスからETBEを輸入し、混入使用と国内製造の準備を開始することにしている。また、アサヒビールが独自の低コストでのエタノール製造試験プラントを沖縄県で稼働させ、他方ブラジルにない低温地での実用テストも北海道で開始されるなど、実用化を想定した実験が各所で行われるようになった。これらによってブラジル側には、日本が何らかの方式でエタノールを本格導入するのは、もはや時間の問題と見えてきたことから、ブラジルが世界でエタノール生産コストが最も低いこと、原料のサトウキビはセラード等で耕作地拡大の余地があること、長期契約がなされれば対日供給の保証が出来るといった発言が相次いだ。また、複数の日本商社もすでにブラジルからの安定供給確保のために、現地で具体的なプロジェクト実現に向けて動き出していることが明らかにされた。

このほかの話題に、ルーラ第二期政権が今年1月の発足直後に発表した「PAC(経済成長加速計画)」によるインフラストラクチャー整備プランがあった(概要は本誌3月号に掲載)。ブラジル経済発展の隘路といわれている道路、港湾、電力、天然ガス開発・輸送、都市交通を含む鉄道などの物流、エネルギー、都市インフラに、民間資金を大々的に導入して整備し、経済成長を加速しようという計画であり、大いにビジネス・チャンスがあるというものである。これにも伯三井物産が鉄道車両のレンタルやパイプライン敷設などへの投資への動きの例を説明するなど、日本企業が具体的に取り組み始めていることを窺わせた。

依然重要な両国ビジネス環境の整備

とはいえ、すべてが新しいことだけではない。”ブラジル・コスト”といわれている高金利、高税負担、複雑な税制、正規労働者保護に行き過ぎの観がある労働法制の弾力化、インフラの不備などの問題は、依然として企業の投資の障碍であることが指摘された。特に近年は中国製コピー製品の輸入放置を含む知的財産保護の不備、それを実効ならしめるための特許訴訟体制の遅れが、ブラジルへの技術移転を阻害しかねない由々しき問題であるとの指摘がホンダの代表からあり、進出企業に共通する移転価格税制(TP)等の是正とまた、事前に準備された共同ステートメント案で提言された日本・ブラジル/メルコスール間のFTA(自由貿易協定)ないしEPA(財の貿易だけでなく、人の移動や知的所有権なども含む)の締結についても、双方からその必要性について言及があり、今後とも詰めていくべき課題となった。

日本・ブラジル両国政府間で、来る2008年の日本人移住百周年を昇華させて日伯交流年とすることが合意されている。両国間の経済交流が盛んになることは、その大きな実質的意義をもつことを、今回の会議の盛り上がりを見て参加者全員が確信したのではないだろうか。
   (本稿は、あくまで執筆者個人の見解である。)