会報『ブラジル特報』 2007年9月号掲載

岸和田 仁(在ブラジル、レシーフェ)

 


 

ブラジル生活の楽しみの一つが、バンカと呼ばれる新聞雑誌売店を冷やかすことである。サンパウロやリオあるいはレシーフェのような大都市であれ、内陸部の地方都市であれ、街中のあちこちにあって、新聞や雑誌はもちろん缶ビールやミネラルウォーター、菓子類からスナック類まで売っているので、週末はミニコンビニがわりだ。日本のキオスクに近いが、冠婚葬祭用の白黒ネクタイまで売っているような過剰な商業主義よりは、バンカのオヤジ(ないしオバハン)との雑談の面白さを勘案すれば、ブラジル版のほうが人間的でよろしい。こうしたバンカで売っている雑誌全般が近頃元気である。

ANER(雑誌出版社全国連盟)のデータによれば、2005年の発行(流通)部数は3億9千2百万部であったが、昨年2006年は4億7百万部と前年比3.8%の伸びをみせている。活字メディアの衰退が確実視されている現在、随分健闘しているといってよい。もっとも、メディア業界全体からすれば、売上ベースでは、テレビが全体の59.86%、新聞が17.03%となっており、雑誌は三番めで6.23%であることは冷厳な事実ではあるが。

4億部のうち定期購読数は1億6千8百万でしかないので、全体の約6割がバンカや書店、スーパーで売られている。すなわち、全国でその数2万とも3万ともいわれる、このバンカがある意味、雑誌の流通を左右しているといっても過言ではない。

雑誌のバラエティーも先進国並みで、ビジネス誌なら老舗のExame誌以外にも多くの新刊が出ているし、ハダカ満載雑誌に至っては刺戟度が強すぎるけれどなかなかの編集レベルだし(例えば、月刊Playboyはブラジル版のほうが日本版よりもインタビュー記事含め質的にはるかに上だ)、代表的な総合週刊誌Vejaは120万部以上の販売部数だが、政府関係者の汚職・公金横領を事実をもって追及したり(この追及パワーは強大で時には大統領も辞任に追い込まれるほどだ)、メタボ症候群など健康特集をやってみたり、毎号目を離せない。TimeやNewsweekの300万部とかに較べれば少ないかもしれないが、日本の週刊文春やら週刊現代が50万部前後であることを思えば、Vejaははるかに世論への影響力を有している。

こうした元気印の雑誌群のなかでも、ちょっとハイブローな文化雑誌が若い読者を惹きつけているのも新しい傾向であるが、最近筆者が面白いと感じているのが月刊歴史雑誌だ。3―4年前に創刊されたものばかりであるが、「生きた歴史」、「ブラジル歴史」、「歴史の冒険」、「歴史の解明」、「歴史雑誌」といったタイトルの月刊誌が現在販売部数3万部から6万部のレベルをキープしている。

内容は、移民特集があったり女性労働者の裏面史にスポットを当てたり、あるいは有力歴史家や政治家とのインタビュー記事も充実している。ブラジルの歴史雑誌といえば、アカデミズムの殻の中に閉じこもった研究論文発表誌でしかなかった時代を思えば、実に隔世の感がある。想定読者を学生としている雑誌もあるが、成熟した読者層を対象にしているところもあり、月刊の歴史雑誌が一般雑誌と同格になりつつある。

売れるということは経済的な裏付けがあるからであり、その意味では、自動車や家電の販売が好調に推移していることと、歴史雑誌が売れていることとは相関関係があるだろうが、それだけでは説明がつかない。日本でいう団塊の世代にあたる年齢層(70年代の政治の季節で反軍政に燃えた元青年たち)が読者の一部であることは間違いないが、ひょっとしたらインターネット普及の副産物かもしれない。すなわち、ネットで様々な調査、データチェックが容易になったので、そうした作業を通じて知的好奇心を刺激された若年層がカタイ雑誌を読むようになったのではないか、という説明である。いずれにせよ、この歴史雑誌ブームは短命でおわるのか、10年後も続いているのか、実に興味深い。