Forum Takanori Suzuki基調講演録
テーマ “いま ブラジルをどう見るか” 鈴木 孝憲

2015年11月17日(火)、13:00 – 15:00

於・ブラジル日本商工会議所(同会議所主催)ブラジル・サンパウロ

  • 会議所江上副会頭開会挨拶
  • 司会・フォーラム主宰者:シゲアキ・ウエキ氏(元
  • 鉱山動力相・元ペトロブラス総裁)
  • パネリスト・アキヒロ・イケダ氏(サンパウロ大学教授)が基調講演に先立って”グラフで見るマクロ経済“を説明(内容省略)。

以下 鈴木孝憲による基調講演内容。

 

(はじめに) 

いま、ブラジルをどう見るか。日本の本社から、「ブラジル、どうなっているのか」と言われ、ブラジル企業家の悲観論に、マクロ経済や政治の悪いニュースばかりだがこれらに気を取られていてはいけない。欧米外資は低成長の中でも、ミクロの企業レベルの活動を引続き活発に行い 大型投資も実行している。こういうポジティブな面を見るべきだ。今日はそういう話をしたい。

 

( 1 ) PT政権の腐敗と失政

PT(労働者党)政権が登場したとき、ルーラの左派路線を懸念して為替市場で大きなドル買が起きたが、実際にはルーラがカルドーゾ路線を継承したため為替は落ち着いた。実際にPTの功績としては所得格差是正政策により低所得層の所得を引きあげ国民の半数を超える新中間所得層Cクラスを出現させたことだ。これで消費ブームが起き、巨大な国内消費市場が形成された。

しかしいま、この副作用が出ている。つまりPT政権は“大きな政府”になってしまった。省の数でいえば、カルドーゾ時代に25あったものが39まで増えた。当然、公務員の数も増える。ボルサファミリア(低所得層への生活費補助)も低所得層からは歓迎されたが、結果的にはバラマキで財政の悪化につながった。財政の基礎収支はカルドーゾ政権時代にはIMFのリコメンデーションもありGDP比4%程度の黒字まで改善していたが、PT政権下で徐々に悪化し、遂に2014年にはGDP比0.5%の赤字に陥っている。

それにしても、なぜリセッションなのか。先ず民間投資がストップしてしまったことが最大の原因。民間企業の政府に対する信任が完全に落ち込んだからだ。先行きどうなるかわからなければ、投資しない。信認を低下させた最大の要因はPTの経済介入姿勢であり、電力料金の強制的な引下げや、インフラプロジェクトの入札に投資収益率の上限を設定するなど制限を加えたことが具体例。このように、PT政権が民間企業の利益を罪悪視しているというイメージを与えたことは経済に大きなマイナスだ。また、PT政権がルールをころころ変えること、制度として認められている輸出税の払い戻しをなかなか行わない、といったことも民間企業の不信と不満を高めている。

国民はインフレで不満が高まっている。何よりPT政権の信用を失墜させている原因は汚職のオンパレードだ。2005年のメンサロン事件(PTによる連立与党議員の買収事件)から最近のペトロブラスを舞台とする史上最大の汚職ラーバ・ジャット事件、経済社会開発銀行BNDESを巡る汚職などで、今のところ贈賄側の企業幹部が逮捕されているが、収賄したほうのPT首脳部の政治家へどこまで捜査の手が伸びるか予断を許さない状況だ。

因みに国際NGOによる最近の調査ではブラジルの透明度指数(汚職が少ない国ほど上位)は176か国中69位でペトロブラス大汚職にもかかわらず4年前と同じ。ブラジルは中国より上位(汚職度少)にある。ラーバ・ジャット事件で司法の独立性が評価されている模様だ。中南米ではチリが先進国並みの高評価を受けている。このところ、ブラジルでは、①汚職防止法、②司法取引の法制化、③マネーローダリング規制法、といった先進国に倣った枠組みが整備されつつあるため、ビジネスでも十分な対応が必要だ。

 

( 2 ) 経済の現状と政治危機

先ず経済の現状だが、11月13日までのブラジル中銀見通し(FOCUS)によると、インフレは今年末10%を超えて来年末は6.5%、実質GDP成長率は今年▲3%で来年は▲2%、中銀基準金利SELICは今年末14.25%で来年末13.25%、為替レート(対ドル・レアル)は今年末3.98で来年末4.20といったところ。

レアル安の最大の問題点は輸入インフレの原因になることだ。レアルは2014年末の2.65から最近の3.80へと43%も切り下がっている。輸入価格調整を通じた物価への波及すなわち国内価格調整が終了するまでには約1年半ほどかかる(中銀の見た経験則・パストーレ元総裁)。

昨今のレアル安の影響は来年一杯から2017年前半まで及ぶだろう。またブラジル人の海外旅行は当分減る。輸入原材料・部品の価格高騰により、それらの国産化が始まろう。外貨建て借入のある企業は、債務が膨張して大変だろう。

一方、輸出企業はこのレアル安で動き始め、農産物やセルロース関連が伸びている。安価な輸入品に押されていたブルメナウの繊維工業あたりも息を吹き返している。為替は、今後、米国金利の引上げがあれば、その影響は不可避だろう。とにかく企業にとっては、輸出でも輸入でも大きな為替レート変動がおさまって一定の水準に落ち着いてくれることが望ましい。

政治危機に目を転じると、国会対策がうまくいっていない。ジルマのインピーチメントが実現するかどうか、今のところわからないが、政府の国会運営ができなくなった場合、PMDB(ブラジル民主運動党、連立与党中最大党、総裁テメールは副大統領)が国会を握り政府を傀儡化して2018年まで引きずるかもしれない。このところ税収もどんどん落ちており、カリェイロアス上院議長(PMDB)が「ブラジル行動計画」を作成し政府に渡している。これは省の数削減など27項目からなるが、今のところ進捗なし。一言でいえば政治危機の出口が見えない状況だ。ラーバ・ジャット捜査の帰趨や下院議長クーニャの去就などで状況は大きく動くだろう。

 

( 3 ) いま、ブラジルをどう見るか

一次産品価格の下落、中国経済の減速、原油価格の低迷などが継続し、今のブラジル経済を反転させるきっかけがなかなか見えない。但し、農産物や石油などの価格低迷はヘッジファンドなどによる売り持ちの影響もあるので、いつまでも続くとは思えない。ブラジルのみならず世界経済は全般に良くないが、必ずどこかで底打ちするだろう。

こうしたネガティブな環境の中でこそ、将来の回復を信じてブラジルの「強み」を見直しておきたい。第一に、ブラジル経済の規模(GDP)は世界7位で、日本に馴染み深いアセアンの合計に匹敵する。第二に、国内に2億人の消費者(巨大な消費市場)が存在する。第三に、食糧・農産物生産能力、輸出力は世界で断トツの一位だ。近い将来、世界で食料争奪戦が起きた場合、カギを握るのはブラジルだ。

( 4 ) 欧米外資のブラジル戦略

巨大な消費市場へ喰い込んでブラジルにグループ収益の柱を構築したい、というのが欧米外資のブラジル戦略だ。 具体的にブラジルが他のBRICsの国々と異なる特長が三つある。第一は一貫して資本主義国で来ていること。これはブラジルだけだ。第二に、外資差別がないのもブラジルだけ(1995年に撤廃)。第三に、1962年の外資法、法律4131号により、中銀に登録すれば外資の持ち込む投資金や貸付金の元本の償還、配当金や金利の送金の権利が保証されている。

今、ブラジル企業家は悲観論一色で、日系進出企業の経営者もこれに影響されているようだ。日本の本社への報告はブラジルの悪いニュースばかりで、ブラジルでの企業活動が実質ストップしてしまった先もあり大部分は動けないでいるようだ。ところが欧米外資は。長期戦略に基づいて、大規模な投資を計画通りに進めているのだ。

具体的には2010年あたりから、欧米外資のグローバル展開の中で、ブラジル拠点が収益の柱に成長してきている例が増えてきた。ブラジル拠点の売上が本社より大きい例として、フィアットとワールプール(米国の白物家電メーカー)がある。ブラジル拠点が2位の外資には、ネスレ、ユニリーバ等がある。いずれも長期戦略に基づいてブラジルで事業を展開しているが、彼らは短期的にもリスク管理を怠っていない。インフレ、金利や為替の動きには十分にヘッジ対応している。

なぜ欧米外資はブラジルに本気なのか。スペインの通信会社・テレフォニカの決意が如実に示している。1998年、通信の民営化を機にブラジルへ進出する彼らと会った際「欧州は市場がこれ以上伸びない、その上、競争が激しく投資しても儲からない。グループの21世紀の生き残りをかけてこれからも成長が期待できるブラジルに収益の柱を構築することに決めた。」と語っていた。同社のこの時のブラジル投資額は75億米ドルに上っていた。

こうした欧米外資の戦略とはどういうものか。基本的には、人を中心とした、経営の徹底した現地化だ。彼らは、社長や役員をはじめとする枢要ポストにブラジル人エクゼクティブを配置し、フル活用している。社内のコミュニケーションも、当然、すべてポルトガル語で行われている。ブラジルの日系進出企業では、最近、英語を社内公用語にしているケースが多いが、日本人・ブラジル人双方が英語のネイティブスピーカーレベルでない限り、簡単な報告程度ならともかく、実質的な議論にならないだろう。ブラジルフィアットは、2万人の社員のうちイタリア人はたったの18名で、役員10名中イタリア人は2名だけだ。いかに現地化が本物か判るだろう。またブラジルユニリーバでは、マーケティング担当役員は既婚で子持ちのブラジル人女性だ。大学で経営学を専攻し、ブラジル人の感性が判っている。

では、こうした欧米外資の足もとの動きはどうか。第一に、ブラジル企業をターゲットにしたM&Aが活発化している。株安とレアル安で買収コストがかなり安くなっているためだ。非公式な情報だが、先行しているのは米英勢だという。彼らは、今が買い時、仕込み時の千載一遇のチャンスと捉えている。第二に、株安だろうとレアル安だろうと、投資を長期プランに沿って着実に進めている動きだ。典型的なのは、ブラジルフィアットのペルナンブッコ新工場落成。この不況下に70億レアルを投下、サプライヤーも16社連れてきた。トリノ本社のマルキオーネCEO曰く、「こうした不況時にこそ投資するべく体力を蓄えてきた」、「ブラジルには良い自動車を買いたい消費者はまだたくさんいる」、「景気が回復してから新工場を建設しても遅い」。第三に、堅調なプレミアム市場にフォーカスした戦略だ。独自動車3社のプレミアム市場向け新車販売が、今年は昨年比33%増だという。AUDIはこの9月にA3の国産工場を完成、BMW国産化をスタート済み。ベンツもCクラス国産化用の工場を建設中だ。ブラジルには、この不況下でも高級品を購入できる消費者が非常に多い。また、これとは逆に、不況下で価格に敏感になっている中低所得層向けに拡販しているスーパーマーケットがある。スペイン系の「DIA」だ。単なる安売り屋ではなく、スペイン本国でビッグデータを活用してマーケティングを行っている。地産地消が基本戦略でブラジル市場に根を張り、今年は昨年比2ケタ増の売り上げを達成しているという。

このように、欧米外資はこんな時期でも、概してよく健闘している。一方、日本勢は短期的な視野しか持たず、コストダウン狙いのアジア投資が一般的で、ブラジルに対する姿勢が欧米と全く違うように思える。

 

( 5 ) 結び

ブラジルでは、高付加価値品、新しいもの、生活に欠かせないもの、がどんどん売れる。例えば、エレベーター製造のシンドラー社(親会社スイス)をみると、最近、新しいエレベーターを売るための新築ビルが増えない為、既存エレベーターの保守点検修理サービスを拡充したところ、売上が大幅に伸びたという。サンパウロ市だけでも20階以上の高層ビルは90年代はじめに1000棟を超えニューヨークのマンハッタンを抜いてその後も増えているから、いい着眼点だ。このように、掘り起こせば需要はどこにでもあるのだ。また、ブラジルの自動車保有台数は5,000万台に上るが、このところの新車販売低調の反面、中古車の部品交換需要が増えている。このため補修用部品の販売が堅調推移し、設備投資を行う部品メーカーもあるようだ。このように、ブラジルでも工夫して分析すれば、ビジネスチャンスは無限にある。

日本の本社には、ブラジルといえば悪いニュースばかりが入りやすい。本日述べたように、こんな不況下でも、ブラジルではいろいろなビジネスが動いている。一般にブラジルの企業家は超悲観的になっているが、日系進出企業はそうしたブラジル勢に倣うのではなく、欧米外資の動きを検証、分析して本社に報告すべきだ。そのようにして、本社の顔をブラジルに向けさせることが、目下、日系進出企業のブラジルCEOに課せられた大切な役目だろう。

大いに奮発して頑張って頂きたい。

以上で本日の私の話を終わらせていただきます。

 

( すずき たかのり  ビジネス・アドバイザー 現・新東工業顧問、元ブラジル東京銀行会長、元デロイト・トウシュ・トーマツ最高顧問、元サンパウロ州工業連盟Fiesp外資支援委員、元三井住友ブラジル保険経営諮問委員、著書“2020年のブラジル経済”・日経出版社刊ほか )

 

以上