会報『ブラジル特報』 2013年5月号掲載
<日系企業シリーズ24回>
                        都築 慎一(デロイトトーシュトーマツ監査法人 日本人部ダイレクター)


監査法人の世界や歴史的な推移は業界以外の人にはあまりなじみがないかもしれないので、国際的に業務を展開する監査法人について最初に簡単にご説明したい。
 弊社デロイトトーシュトーマツは国際的な会計事務所のひとつであるが、世界の多くの国に事務所を持つ一種の多国籍企業である。デロイトトーシュトーマツという名称はいってみれば屋号のようなもので各事務所は、独立しており、組織はパートナーシップにより成り立っている。ただし、グループとして高度な水準のサービスを維持するため、各事務所は共通したルール、経営組織等に基づき運営されている。同業他社も同じような組織運営となっている。

 さて、我々の会社の紹介となると、100年に渡る歴史があるブラジル事務所を紹介しなければいけないことになるわけだが、今回の原稿は日本人読者を対象にしていることから、日本との関係ということで、デロイトトーシュトーマツのメンバーファームである監査法人トーマツのブラジルでの事業展開という視点から説明することをご容赦願いたい。

 トーマツのブラジルへの進出は、1970年代の前半の日本企業の第一次進出ブームを見て行われ、当時現地でトーシュロスのブラジル事務所であったロベルトドレイフス会計事務所との合弁で75年にトーマツアオキドレイフス事務所を設立した。


トーマツのスタッフ(右端が筆者)

 トーマツから山崎彰三公認会計士(現在 日本公認会計士協会会長)が派遣され、英語も現在とは比較にならないほど通じない環境の中で、苦労しながら、現地の進出企業のお世話をさせていただいた。当時はブラジルの税制なども細かい内容はすべてポルトガル語しかなく、資料もほとんどなかったことや、現地でのカルチャーショックもあり、苦労されたと聞いている。

 トーマツはその時点ではトーシュロスインターナショナルのメンバーファームではなく、トーマツ独自での事務所開設であった。その後トーマツはトーシュロスのメンバーファームとなり、海外に日本人会計士を派遣することで国際的な会計事務所としてのノウハウを習得していくことになる。国際的な大手監査法人が合併を行っていくなかで、90年からトーマツのブラジルでのサービス提供はトーシュロスから現在のデロイトトーシュトーマツブラジル事務所を通じて行われている。国際的な監査法人のサービスを使うメリットは、いうまでもなくその情報ネットワークにある。世界中の会計労務、税制などの正確な情報を短時間のうちにクライアントに提供していくことで、より高度なアテンドが可能となった。日本の企業も、最近は情報の入手がそれほど困難ではなくなってきているため、進出前にマーケットや採算が取れるかなどのフィジビリテイースタデイーを、以前と比べるとよりしっかりされるようになった。

 ところで、ブラジルの会計の歴史を思い起こすにつけ、避けて通れないのはインフレ会計であろう。ブラジルは、1970年代から90年代に、インフレによる購買力の低下を補うために、インフレに自動的にスライドさせて、貨幣価値や価格を修正していくインデックス経済を導入した。現在でもその名残は家賃契約などに残っている。最後は1ヶ月のインフレ率が40%を超えるようなハイパーインフレになったのであるが、貨幣価値の目減りおよび時価をどのように財務諸表に表していくか、会計税務に従事する専門家たちがいくども思考し、かなり完璧な確立した制度を作り上げたことは特筆すべきことがらと考える。

 この価値修正会計は95年に廃止されたが、経済構造、社会的慣習から、1桁台とはいえ、インフレは先進国から見ると比較的高い指数で推移して現在も続いている。インフレに苦しめられた時代を知っている者としては、インフレが悪化して貨幣価値の下落を、経済活動のなかでどのように考えるかというインフレ会計議論が再熱するような環境にならないことを望むものである。

 最後に、ブラジルの日本企業にサービスを提供する者として、日本からの移民の方々が築きあげた日系人の信用力が、日本から投資をしてくる企業に対し、計り知れない恩恵を与えていることをあらためて明記することで日系の方々に対し、この場を借りて深く感謝申し上げたい。デロイトブラジル事務所でも、日系人や日系社会に対する敬意からと思うが、ブラジル人が日本人に対し親近感を持って接してくれることを筆者は日々感じている。

 日本人にとってポルトガル語というなじみの薄い言語のため、法律、制度について熟知し、日本、ブラジル両国の文化や習慣の違いを理解する日系の方々が、今後も日本とブラジルの架け橋となって大いに活躍されることを期待したい。