執筆者:桜井 悌司(ブラジル中央協会 常務理事)
チリには、1980年代半ばから後半にかけて4年半駐在した。ピノチェット大統領時代であった。ブラジルには、2004年から2006年まで2年5か月、サンパウロに駐在した。駐在前には、ブラジルには10回ばかり出張や旅行をした経験があった。2つの国に駐在した経験から両国の国情や国民性につき比較したい。
私のサンテイアゴ駐在時代の日本国大使はK大使であった。K大使は、チリを大いに気に入っておられ、日本人駐在員の中では大変人望のある立派な大使であった。その後、チリから直接ブラジル大使になられた。ブラジルでは、チリやチリ人の良いところを評価する発言をされていたと聞いた。しかし、それが必ずしもブラジル人にとっては面白くなかったようであった。ブラジル人からみると、チリのような小国と大国ブラジルを比較するのは怪しからんということであったのかも知れない。チリを話題にすることは、日系コロニアの人々の間でも良い評判を生まなかった。チリに一度でも住んでみると、日本人のほとんどすべてが魅了される。気候は良いし、チリ人は美男美女が多く、優しく勤勉である。東京に戻ってから、「チリ・カマラOB会」というチリ駐在員経験者を対象に年に2回の会合を組織していたが、一言声をかけると、毎回、在日チリ大使、在伯日本大使経験者等40名から60名の参加者が簡単に集まり、チリを懐かしんだものだった。ブラジルも「ブラキチ」と言われるほどブラジル大好き人間が多いが、チリ大好き人間とはかなりニュアンスが異なる。チリ大好き人間は、熱狂的ではなく、静かにチリが好きなのである。
私もK大使の経験から、サンパウロでは,赴任当初、あまりチリのことを話さないようにしていたが、確か2005年頃、有力週刊誌のVEJA誌が「チリに学ぶ」という特集号を発行したことがあった。全く信じられないことで、あのブラジル人が小国チリを学べと言っている。一体何が起こっているのか大変驚いたものだった。あれから10年たつが、ブラジルがVEJA誌の提言通り、実践していれば、今頃は、こんな酷い状況に陥っていなかったのにと思ってしまう。
物事を冷静に見つめてみると、南米10か国中、国民性、国民の考え方、政府の運営の仕方という観点から判断し、ブラジルと最も対照的・対極的国を1つあげるとすれば、明らかにチリであろう。両国の大まかな比較表は下記の通りであるが、一つずつ見てみよう。
人口、面積ともにチリはブラジルの10分の1に満たず、小国と大国である。民族の構成は、チリはスペイン人を中心とする白人国であるのに対し、ブラジルは、欧州系と混血が圧倒的で、そのあとにアフリカ系が続く。この点ブラジルの方が多様性に富むと言えよう。両国ともに軍事政権を経験している。資源の品目は異なるが、両国ともに資源大国である。国民性を見ると、チリ人も陽気だが、ラテン系の中では明らかに陽気度が低い。ブラジル人は底抜けに陽気である。ブラジル人も良く働くがチリ人はもっと勤勉である。大国、小国とも関連するが、チリ人は、小国の立場をわきまえており、自分で良いと判断すれば、人の言うことをよく聞くが、ブラジル人は大国意識いっぱいで、まず他人の意見は聞かない。チリはピノチェット大統領時代から、市場経済主義を重視しており、競争を促進する政策を採っている。そのため政府は、常にスモール・ガバメントで効率的である。意思決定も迅速である。これに対し、ブラジルは、国内産業がフル装備であることから、どちらかというと国内産業保護的で、労働者党(PT)にみられるように、ビッグ・ガバメント志向で公務員数も多く、官僚的色彩が強い。国の通商政策を見ると、チリは諸外国とFTAやEPAを積極的に締結しTPPでも提唱4か国の1つである。すでに23の国・地域とFTAやEPAを締結している。これに対し、ブラジルは、メルコスル・ルールの制約もこれあり、FTAやEPAにそれほど熱心ではないように思える。ビジネス環境ランキングや贈収賄等の腐敗度ランキングをみると、チリは常に南米の中ではトップクラスの好成績であり、クリーンで贈収賄も少ない。それに反して、ブラジルは低位に甘んじている。ブラジル・コストで知られたビジネス環境の悪さやペトロブラス事件に見られるごとく腐敗度も高い。
結論的に言うと、ブラジル人のプライドが許さないかも知れないが、最も近くて、参考になることを多数実践している小国チリのやり方を学び、それを実践すれば、その将来は明るいものになること請け合いである。
両国の大まかな比較は下記の表のとおりである。
「出所」外務省及びジェトロ等のデータに基づき、桜井が加工。
項目 | ブ ラ ジ ル | チ リ |
人口 | 約2億人 | 1776万人 |
面積 | 851.2万平米(日本の22.5倍) | 75.6万平米(日本の約2倍) |
民族 | スペイン系、75%、その他欧州系、20%、先住民系、5% | 欧州系、45%、アフリカ系8%、東洋系、1.1%、混血、43% |
宗教 | カトリック、88% | カトリック、65%、プロテスタント、22%、無宗教、8% |
言語 | ポルトガル語 | スペイン語 |
軍事政権 | 1964年~1985年 | 1974年~1989年 |
資源 | 鉄鉱石、大豆、サトウキビ、肉類 | 銅、モリブデン、リチウム、水産物、果実類、林産物等 |
最近の経済成長 | 停滞気味、とりわけ2015年、16年はマイナス成長 | まず順調 |
1人当たりの名目GDP | 11,573ドル(2014年) | 14,477ドル(2014年) |
国民性 | ラテン系にしては陽気度低い、勤勉、小国の立場を良くわきまえている。人の言うことをよく聞く | 陽気、超開放的、大国の通例として人の言うことをほとんど聞かない |
政府の規模 | Big Government方式 | Small Government方式 |
通商政策 | 市場経済主義重視、FTA,EPAに積極的、23か国・地域と締結 | どちらかと言うと保護主義的、メルコスルの関係もあり、FTA,EPAに積極的ではない。 |
腐敗ランキング | 168か国中76位(Transparency International 2015)中南米で7位 | 168か国中23位
(左と同じ)ウルグアイに次ぎ中南米で2位 |
ビジネス環境ランキング | 189か国中116位
(世界銀行、2015)中南米で13位 |
189か国48位
(/左に同じ)メキシコに次いで中南米では2位 |
輸出相手国
ビッグ5 2014年 |
① 中国(18.0%)、②米国(1
2.0%)、③アルゼンチン(6.3%)④オランダ(5.8%)⑤日本(3.0%) |
①中国(24.6%)、②米国(12.1%)、③日本(10.0%)、④韓国(6.2%)、⑤ブラジル(5.4%) |