執筆者:桜井 悌司(ブラジル中央協会 常務理事)

 

ブラキチ・アンチーゴとブラスキ・ノーヴォというと何が何だかわからないと言われそうである。それもそのはずで、これは、2005年2月のブラジル日本商工会議所の業種別部会長シンポジウムの際に、私が提唱した言葉である。

不思議なことにラテン系に駐在すると総じて、駐在国が好きになる傾向がある。欧州のフランス、イタリア、スペイン、ポルトガルに駐在した経験のある日本人は、ほとんどが好きになって帰国する。ラテンアメリカでも一部の例外を除き、ほぼ同様である。メキシコに駐在した人は、メキシコが大好きになる。チリ駐在経験者はほとんどすべてが良い思い出を持って帰る。アルゼンチンも同様で、アルゼンチン大好き人間を「アル中」というらしい。ブラジルにいたっては、「ブラキチ」と呼ばれるほどで、大好きを通り越しているのである。駐在地は自分で決めるのではなく、人事部のような部署が決めることになるのだが、ブラジルに駐在する人を分類すると、4タイプにくらいに大別できる。第1のタイプは、ブラジル一筋の駐在員である。ブラジル生活10数年、場合によっては、20数年の人も珍しくない。第2のタイプは、同じ中南米から平行移動してくる駐在員、第3のタイプは、米国や欧州の経験者である。第4のタイプは日本からの直行組である。スペイン語圏の中南米の場合、言葉が共通のため、メキシコ、コロンビア、ペルー、チリ、アルゼンチンと横移動のケースが多く、1か国に長期間駐在することは、それほど多くない。しかし、ブラジルの場合、唯一ポルトガル語圏であるためか、長期間の駐在が多いようである。日本人がいかにブラジル大好きかを知る上で参考になるのは、中南米主要国における在留邦人数のデータである。

国名 在留邦人数 日系人数
ブラジル 54,377名(長期滞在者と永住者の合計、2014年10月時点) 約190万人
メキシコ 9、437名(2015年10月時点) 約2万人
アルゼンチン 11,675名(2014年時点) 約3.5万人
ペルー 3,585名(2014年10月時点) 約10万人
チリ 1,622名(2015年時点) 約3,000人

出所:外務省ホームページ

これをみると、人口比率で見た場合、ブラジルとアルゼンチンが突出して高いことが理解できる。ブラジルで定年退職し、そのまま居就いてしまう日本人駐在員が多い。永住権を持って日本に帰国した人も、2年に1度ブラジルに戻らなければビザが失効するというので、せっせせっせと里帰りする人も多い。

 

東京でのブラジル・フェステイバルの写真

東京でのブラジル・フェステイバルの写真

日本企業のブラジル進出の歴史をたどってみると。興味深いことがわかる。1950年代から1960年代末から70年代前半にかけて、「ブラジルの奇跡」と呼ばれる経済成長の時期があった。日本企業によるブラジル進出大ブームが起こり、日本企業も500社以上進出した。その後、80年代のブラジル経済の不調、90年代の日本経済の低迷の結果、200社程度が撤退した。その際、撤退を指揮した日本人駐在員が帰国し、日本式年功序列にしたがって、企業内で重要なポストに就くことになった。彼らは、ブラジルで痛い目に会っているので、ブラジルビジネスの推進にそれほど熱心ではない。むしろ足を引っ張りがちだ。後輩が優良案件を提出しても反対に回ることが多かったという話を何度も聞いた。たぶんブラジルで苦い経験のある人は、「ブラキチ」ではない人もかなりいるかもしれない。それでもブラジルに一度でも駐在した人は、ブラジルが好きになるケースが多い。私の主張は、ブラジルを好きになるのは全く構わないが、古いタイプの「ブラキチ」は望ましくないということである。なぜなら、ブラジルを知らない東京本社の関係者や一般の人々にとってみれば、「ブラキチ」の言うことなら真面目に取らないで話半分に聞いておこうと言うことになるからである。そこで、新しいタイプのブラジル好きになろうというのが、「ブラスキ・ノーヴォ」である。ブラジルの良いところ、悪いところを客観的に評価し、冷静に対応するというタイプである。ブラジルを好きになる必要はないが、ブラジルを嫌いにならないことが重要である。こういう姿勢であれば、ブラジルに関連するプロジェクトや話について、第三人者に対し、ブラジルのことを上手に理解してもらえるのではないかと考える次第である。

執筆者:桜井悌司