執筆者:桜井悌司(ブラジル中央協会 常務理事)
2004年7月8日にマナウスのアマゾナス州工業連盟(FIEAM)の会員対象に、講演を行ったことがあった。
マナウスの有力者である山岸照明さんのアレンジによるものであった。直前に、「ブラジルに外国資本を誘致するには」というレポートを執筆し、ポルトガル語に翻訳したばかりであった。一通り、具体的にどうすれば、ブラジルに外国投資を導入することができるかにつき、外国の例をあげて詳細に紹介した。質疑応答に入ったところ、同連盟の副会長であるRaimar da Silva Aguiar氏から意見が出された。シゥヴァ氏は、マナウスでは誰もが知っている企業家で、コカコーラ・ボトラーズの業務を一手にやっていた。「話は興味深いが、桜井さん、あなたはブラジルの実情がわかっていない」とのコメントであった。
サンパウロ赴任後、9ヶ月くらいしかたっていないので、ブラジルを知らないのは当然である。しかし、私はこう反論した。「シゥヴァさん、ブラジルは知れば知るほどわからなくなる国です。また知りすぎると何も言えなくなり、物事に諦めるようになります。ブラジルを知らない段階だからこそ、勇気をもって世界の外資誘致の動向を皆様に知らせることが大切なのです。少しでも外国の良い点を取り入れれば、もっともっと外資が来ることになります。」シゥヴァ副会長は、苦笑いしながら納得してくれたようであった。
もうひとつのエピソードを紹介しよう。
2003年11月26日~28日まで「ブラジル全国貿易会議」という会議がリオ・デ・ジャネイロで開催された。ブラジル貿易協会主催の会議で、ブラジル全国から輸出業者・貿易業者が集まる会議である。サンパウロ赴任直後で、1か月も立っていなかったが、貿易振興と言えば、ジェトロの出番だとばかり思いきって参加することにした。3日間の長丁場の全国会議であった。当時、ポルトガル語も不十分であったが、ブラジルの輸出に関わる現状、種々の問題点等がそれぞれの分野の専門家による話があり、まるで年に1回のお祭りのように熱気にあふれていた。リオという場所がそうさせていたのかも知れない。講演あり、パーテイあり、展示会ありと盛りだくさんであった。ブラジル人がまずやることは、参加者の中から知り合いを探すことである。この点は日本人と良く似ている。私は、セミナーでは、できるだけ集中して講師のスピーチを聞きたいので、可能な限り前列に座ることを常としていた。前の方に座ろうとすると、会議の女性事務局員が制止する。前列は予約席だと言う。私は、頭にきて「貿易というのは国内取引ではなく、外国との取引ですよね。ということは、外国人が主人公であるはずです。主人公が前列に座れないのはおかしいではないですか」とやや大きめの声で抗議した。事務局員は抵抗したが、周りにいたサンパウロ出身のビジネスマンたちが「そうだそうだ」と賛同してくれた。結局前の方の席に座ることができたのだが、ブラジル人は外国が関係しようがしまいが、常にブラジル人が主人公でありたいと思っていることがよくわかった。以前駐在したチリでは、このようなことは決して起こらないのにと思ったものであった。おそらく私がブラジルに駐在してかなりの時間が立っていたとすれば、ブラジルというのはそんなもんだと諦め、後方の席に座っていたかもしれない。これは、小さな出来事である。
もっと大きいテーマを取り上げよう。ブラジルでよく話題になるのは「ブラジル・コスト」である。ビジネスする上でブラジル的な数々の障害のことである。例えば、複雑かつ高い税金、高金利、物流インフラの不備、為替リスク、通関など行政手続き・官僚制度、ビジネスをする上での透明性の無さ、硬直的な労働制度、ビザ、治安問題等々、障害物のデパートである。これらの問題についても、ブラジルを知りすぎる外国人ビジネスマンは、いくら言っても無駄だと諦めがちになる。ブラジルを知りすぎると不思議に諦め癖がつくのである。何も変えたくないブラジリアの高級官僚にとっては、狙い通りの筋書きである。今、ブラジルは空前絶後の政治的経済的混乱に陥っている。今こそ、「ブラジル・コスト問題」を劇的に解決する絶好の時かもしれないとふと思う。ブラジル人は、なかなか人の意見を聞かない。特に政治や経済が絶好調の時は、まず絶対と言っていいほど、人の話を聞かない。サッカーでも攻撃に回れば手をつけられないが、守勢に回ると俄然弱くなる習性がある。ブラジルに進出している外国企業や外国商業会議所が一致団結して、「ブラジル・コスト問題」の解決を訴えるのだ。この機会を逃せば、当分の間、「ブラジル・コスト問題」を解決できないと思う。こういうことを主張すると、「あなたは、ブラジルのことを何もわかっていない」と言われそうであるが。