ブラジル特報2017年11月号
『遥かなるブラジル-昭和移民日記抄』(與島みつのり著、畑中雅子編)
コチア青年移民として1957 年ブラジルに移住した著者は農業現場で奮闘するが農薬中毒で身体を壊してしまい、川魚漁師に転進した後、宝石ビジネスの世界で地歩を固めつつあったが、1991 年病没する。享年54 歳。著者が残した膨大な日記から、1978年~1990 年の部分を抄録した本書は、あの時代のブラジル生活者による優れた記録であり、自己流川柳も付された日記文学としても秀悦。あの時代を知る者は共感なしには読み進めない。
国書刊行会 2017 年5 月
277 頁 1,500 円+税
『数学文化』第28 号
日本数学協会が発行する会報的雑誌(年2 回発行)最新号に、岡野千明・斉藤良美「ブラジル珠算界のあゆみ」という貴重な論稿が掲載されている。これによれば、サンパウロ珠算学校の開校は1958 年、ブラジル珠算連盟発足は1959 年で、初代理事長を務めた加藤福太郎先生(1934-1988)がブラジル珠算教育の開拓者である。400 名程度であった検定試験受験者は2016 年には600 名を超えたが、指導者の高齢化が問題となっている由だ。
日本評論社 2017 年8 月
92 頁 1,400 円+税
『ラテンアメリカはどこへ行く』(後藤政子/ 山崎圭一編著)
21世紀におけるラテンアメリカの課題についての論稿集であるが、ブラジルについては、グローバル・バリューチェーンと社会的統合(小池洋一)、ブラジルの住宅政策(山崎圭一)、ラテンアメリカの経済動向との比較と
「中所得国の罠」(田中祐二)、の3 論文が収められている。格差の拡大、スラム街の暴力的膨張、開発による環境破壊、多民族共生など現代世界の共通課題を批判的視点から再考し、その原因と処方箋を探る手掛かりとなろう。
ミネルヴァ書房 2017年5月
344頁 4,500 円+税
『FIZ UMA VIAGEM ある旅をした』(ジョイス・モレーノ)
2014 年が生誕百周年であったドリヴァル・カイミはバイーア音楽界の巨人であったが、幼少期からカイミを聞き馴染んでいたジョイスが「歌い始めた子供のころの自分に思いを馳せて、旅をした」。カイミの名曲やジョイスの新作を合わせて13 曲収めた、このアルバムを聞くとなんとも気分はバイーアだ。ジョイスの心の旅に付き合って、「コパカバーナの土曜日」、「サウダージ・デ・イタポアゥン」といったメロディーに耳を傾けては如何?
ランブリング・レコーズ
2017年7月 2,500 円+税
『SUL / BRANCO スル/ ブランコ 』(ルアナ・カルヴァーリョ)
ルアナはサンバの女王ベッチ・カルヴァーリョの娘だが、親の七光りなぞから全くフリーな音楽活動を展開中だ。このアルバムに収録された最初の曲はマンゲイラ讃歌であり、最後にはサンバ界の女性長老作家ドナ・イヴォニ・ララ(96歳!)が登場する。今や中堅ミュージシャンとなったペドロ・ルイスも作曲でコラボ参加しており、まさに“伝統的サンバ”と“ポストサンバ”が共存するスーパーアルバムに仕上がっている。
P-VINE RECORDS 2017 年9 月
2,500 円+税
ブラジル特報2017年9月号
『ブラジルの人と社会』(田村梨花・三田千代子他共著)
本書は上智大学で30 年以上に亘って講じられてきた「ブラジル社会論」の集成だ。6 名の共著者のうち女性が5 名というジェンダー視点に立つ斬新なブラジル論となっている。章立ては、序章 ブラジル社会概観、第1 章 社会形成の歴史、第2 章 社会制度、第3 章 社会的公正への挑戦、第4 章 グローバル化と人の移動、となっており、ブラジル社会構成の歴史や格差社会を是正する試行錯誤の経緯がわかりやすく記述されている。
上智大学出版 2017年5 月
250 頁 2,100 円+税
『ニーマイヤー 104 歳の最終講義』(アルベルト・リヴァ編、阿部雅世訳)
100 歳を超えても、現役の建築家として活躍していたニーマイヤーにイタリアの有名編集者がインタビューした。
本書はその集成と長めの編集ノートで構成されているが、建築家としての業績や彼の考え方(彼は終生旧ソ連型社会主義の信奉者)のエッセンスが書き留められている。訳文は読みやすいが、基本的なチェックが出来ていないが故の、地名・人名表記のケアレスミスの多発(セニョーラがセンオラとは!!)は無残というしかない。
平凡社 2017 年5 月
94 頁 1,400 円+税
『ペルーの和食』(柳田利夫著)
セビッチェやロモ・サルタードなどに代表されるペルー料理は、今や、欧米でもブラジルでもブームになっているが、その隠れ演出者として機能していた和食の進化形がニッケイ・フュージョン料理である。有名シェフによる高級ニッケイ・フュージョン料理と日本への出稼ぎ経験者による大衆ニッケイ料理がそれぞれ「やわらかな多文化主義」を具現化していることを本書は明らかにしている。ブラジルに関心を有する読者にも本書はお薦めである。
慶應大学出版会 2017年3 月
112 頁 700 円+税
ブラジル特報2017年7月号
『オルフェウ・ダ・コンセイサォン』(ヴィニシウス・ヂ・モライス著、福嶋伸洋訳)
ブラジル的価値の再発見とギリシャ神話を“ヴィニシウス流に混淆”して構想した戯曲が1954 年に発表した本劇
作品だ。1956 年9 月リオ市立劇場での初演は、ブラジル演劇史を画し、マルセル・カミュ監督の『黒いオルフェ』
(1959 年)は原作を“捻じ曲げた”との批判を招いた。もはや古典となった、このヴィニシウス流人種デモクラシー
戯曲の全文を詩的にステキな日本語で読めるとは、なんとも時代の流れを感じざるを得ない。
松籟社 2016 年9 月 172 頁
1,600 円+税
『日系文化を編み直す』(細川周平編著)
国際日本文化研究センターにおける共同研究の成果が収録されているが、ブラジル関係では、戦前ブラジル移民の記憶と歴史、戦前ブラジルの日本語連載小説、短命に終わったデカセギ文学、ブラジルから日本へ短歌を送ることについて、ブラジル日系社会における少年スポーツの役割、日系人とマンガに関する考察、沖縄系ブラジル人というハイブリッドな主体の呪術宗教的創造、デカセギ代理店と邦字新聞社、などの事例研究が収まっている。
ミネルヴァ書房 2017 年3 月
422 頁 8,000 円+税
『日系ブラジル人芸術と〈食人〉の思想』(都留ドゥヴォー恵美里著)
モデルニズモの文脈において日系芸術を把握し直す論集だ。具象画家としては半田知雄とジョルジ・モリ、抽象画
家としてはマナブ・マベとトミエ・オオタケを取り上げ、第2 章では、日系芸術運動の歴史的・文化的背景をフォローし、第3 章では、20 世紀ブラジル芸術の政治的背景と日系人画家との関係を分析し、第4 章では、モデルニズモの“闘争宣言”というべきアンドラーデ『食人宣言』の日系芸術へのインパクトを考察している。
三元社 2017 年3 月 242 頁
4,200 円+税
『レヴィ=ストロース論集成』(川田順造著)
構造人類学の泰斗について愛弟子が長年にわたって論じた文章を集成したもの。ブラジルに関しては、二十二年の
のちに(レヴィ=ストロースにきく)、『悲しき熱帯』のいま、写真集『ブラジルへの郷愁』をめぐって、なぜ熱帯は今も悲しいのか、などの論稿が収められている。恩師を語っている文章が、『悲しき熱帯』を全訳した川田教授のブラジル論にもなっていて、その読みの深さには感心させられる。
青土社 2017 年4 月
288 頁2,600 円+税
『悪いけど、日本人じゃないの』(著)
構造人類学の泰斗について愛弟子が長年にわたって論じた文章を集成したもの。ブラジルに関しては、二十二年の
のちに(レヴィ=ストロースにきく)、『悲しき熱帯』のいま、写真集『ブラジルへの郷愁』をめぐって、なぜ熱帯は今も悲しいのか、などの論稿が収められている。恩師を語っている文章が、『悲しき熱帯』を全訳した川田教授のブラジル論にもなっていて、その読みの深さには感心させられる。
青土社 2017 年4 月
288 頁2,600 円+税
ブラジル特報2017年5月号
「勝ち組」異聞
ブラジル移民は 2018 年に 110 周年を 迎える。改めて日系移民史が注目され ているが、終戦直後の日系社会を揺る がした「勝ち負け」抗争の実態・背景 を再検証する試みは続けられてきた。 「勝ち組」を狂信者と断罪した「負け組」 新聞を引き継いだニッケイ新聞の編集 長が高齢化した関係者を取材し、史料 を読み直し、「勝ち組」は狂信者ではな かったことを明らかにした本書は熟読 されるべき労作だ。詳細は、本誌「文 化評論」欄を参照。
無明舎出版 2017 年 3 月 276 頁
1,800 円+税
『比較教育学研究』 (日本比較教育学会編)
比較教育学の研究対象におけるブラジ ルといえば、これまでは教育哲学者パ ウロ・フレイレに一極集中状態であっ たが、最新の学会誌に掲載された論稿 は田村徳子「ブラジルにおける校長直 接選挙」だ。これは、ブラジルの公立 小中学校における、教職員・生徒・保 護者による校長直接選挙という制度の 背景・実態をパラナ州の事例を通じて 分析したもの。30 年以上も行われてき た民主的選挙が校長という行政的専門 性を確保できているか、を問う。
東信社 2017 年 2 月 232 頁
1,800 円+税
『貧困と連帯の人類学』(奥田若菜著)
著者あとがきによれば、「本書は、特定 地域における一方的贈与のあり方と、 貧困層の連帯の民族誌を提示したにす ぎない」が、首都ブラジリアの貧困地 区の路上市場というフィールドに入り 込んだ若き人類学徒が実際に“売り子” として実体験した記録であり、いわゆ る連帯経済についての人類学的アプ ローチである。格差社会ブラジリアと いう事例からノルデスチ問題=ブラジ ルの縮図、をあぶり出した著者の手腕 は見事である。
春風社 2017 年 2 月 353 頁
3,700 円+税
『砂糖の社会史』 (M・アロンソン他著、花田知恵訳)
原書のタイトルは「砂糖は世界を変え た」。ニューギニア原産のサトウキビが 16 世紀以降、黒人奴隷制と共にブラジ ル、カリブ諸島、米国南部に拡がり、 世界を変えていった経緯・背景を一般 読者向けに語った歴史書だ。黒人たち は単なる犠牲者としてではなく、行為 者として見るべきであり、彼らこそ真 の世界市民だ、との著者の視点には異 論があるかもしれないが、「砂糖がなけ れば、ブラジルもなかった」という歴 史もはっきりと記述している。
原書房 2017 年 3 月 202 頁
2,500 円+税
『星野智幸コレクション IV フロウ』 (星野智幸著)
大卒後の二年間新聞記者として働いて からメキシコに留学した星野智幸が、 専業作家に転じたのは、1997 年に愛知 県で起きた日系ブラジル人少年リンチ 殺人事件をモデルとした作品「目覚め よと人魚は歌う」(2000 年)が三島由 紀夫賞を受賞したからだ。この作品集 第 4 巻には、孤独な晩年を送った日系 移民一世を描いた「砂の惑星」や、映 像作家岡村淳のビデオ作品にインパク トを受けた「ノン・インポルタ」など の中編・短編作品が収録されている。
人文書院 2016 年 12 月 360 頁
2,400 円+税
ブラジル特報2017年3月号
『猥褻な D 夫人』 (イルダ・イルスト著、四方田犬彦訳)
精神を病むことになるコーヒー農園主 の一人娘として生まれ、富・知性・美 貌の三拍子が揃っていたイルダ (1930 ~ 2004) はサンパウロ大学法学部を卒 業するが法曹界にはいかず、奔放な男 性遍歴を経て、カトリック的価値体系 に抗った詩や小説を発表していく。何 とも難解にしてエロティックな異端文 学は高踏的であるが、“毒のある魅力” もたっぷり。その魅力にハマった訳者 による「イルダ・イルスト覚書」は熟 読に値する。
現代思潮新社 2017 年 2 月 202 頁
2,000 円 +税
『コロンブスの不平等交換』 (山本紀夫著)
農学と人類学の二つの博士号を持つ著 者が長年にわたる現地調査に基づく知 見を平易な文体で語る歴史啓蒙書だ。 ヨーロッパによるアメリカ大陸「発見」 がもたらした交換の功罪を、トウモロ コシ、ジャガイモ、サトウキビ&奴隷制、 疫病といった具体例に沿って明らかに している。栽培や貯蔵について先住民 が開発したノウハウを文理両面の視点 から静かに再評価する著者の姿勢は感 動的ですらある。ブラジル関係者にも 必読書だ。
角川選書 2017 年 1 月 246 頁
1,700 円+税
『ブラジル民主主義の挑戦』 (佐藤祐子著)
カルドーゾ政権が始めた「社会自由主 義」的社会政策が PT( 労働者党 ) のルー ラ政権によってさらに“深耕”され、 並行して、市民参加型の政治制度が試 行・確立されてきた。こうした国家レ ベル・地方レベルの参加型制度の事例 研究を通じて、現代ブラジル民主主義 をポジティブに分析した若き政治学徒 は、メガ汚職の発覚と大規模抗議行動 の広汎化という新しい現実を前に、こ の参加型制度の監査機能が限定的だっ た、と考えることとなる。
風響社 2016 年 10 月 64 頁
800 円+税
『大地を受け継ぐ』(A・ライト、W・ ウォルフォード著、山本正三訳)
2003 年刊行の原著のタイトルは新約 聖書マタイ伝から採られているが、サ ブタイトルは「土地なし農民運動と新 しいブラジルをめざす苦闘」。MST( 土 地なし農民運動 ) を熱烈に支援する歴 史学者(カリフォルニア大学名誉教授) が、ブラジルにおける大土地所有制と 農地改革、農民運動の歴史を、リオグ ランデ・ド・スール州、ペルナンブー コ州、アマゾン地方での事例研究を通 じて批判的に叙述している。
二宮書店 2016 年 4 月 416 頁
4,800 円+税
『赤いレトロな焙煎機』(玉川裕子著)
現在コーヒー教室を主宰する著者は歌 人でもある。コーヒー鑑定士資格を取 得すべくブラジル・サンパウロに渡っ た著者はコーヒー教室を通じてブラジ ル社会と交流し、ノルデスチやパンタ ナールなどにも足を運ぶ。コーヒーを 介在してブラジルを体感し、その感動 を短歌や紀行文に記録していく。「この 歌文集は、あきらかに、反私性の方向 を目指している」との跋文を寄せたの は歌人(文化功労者)の岡井隆だ。
春風社 2016 年 4 月 166 頁
1,500 円+税
ブラジル特報2017年1月号
『世界の豆料理』 (執筆者:長谷川律佳、池田愛美ほか)
フェイジョアーダやアカラジェのうまそうな写真を眺めては涎を垂らしそうになる人にお薦めの、豆料理図鑑だ。中東、アフリカ、米大陸、ヨーロッパ、アジアの郷土食あふれる120 のレシピに要領よい解説と写真が並載されており、アーブグーシュト(イラン)、カスレ(南フランス)、コズィード(ポルトガル)、ファバーダ(スペイン)、フェイジョアーダ(ブラジル)の共時的類似性を再発見しながら、豆料理の豊饒さを確認することになる。
誠文堂新光社
2016年10月 240 頁 2,800 円+税
『大統領の冒険』 (C・ミラード著、カズヨ・F 訳)
探検家としても有名な、米国第26 代大統領セオドア・ルーズベルト(1858-1919)が、再選に敗れ、1914 年アマゾン奥地での「謎の川」調査行に出かけて死に損なったことは、比較的知られている。本書はノンフィクション作家による、このアマゾン探検物語の再構成で、読み出すと引き込まれる面白さだ。ただ残念なことに、翻訳はイマイチ、
地名・人名の基本的なチェックすら出来ておらず、読者は誤記の連鎖に苦笑いしながら読むハメに。
エイアンドエフ
2016年4月 478 頁 2,600 円+税
『六十八歳の青春裸像』 (奥瀬純一著)
鉱山王が、なぜ七人の女房に逃げられたのか、というサブタイトルのドキュメンタリー作品だが、ブラジル北部・東北部のパラー州、ゴイアス州、バイーア州などで20 数年にわたる宝石採掘業で財をなした主人公のお話だ。七人目の女房エリカとの出会いを中心に小説タッチで書かれているが、主人公の中里貢一には実在のモデルがいる由。荒唐無稽なお話やラブストーリーが展開されていくが、大衆小説の如き読後感が残る。
メディアパル
2016 年8 月 270 頁 1,300 円+税
『海のリテラシー』 (田中きく代、阿河雄二郎、金澤周作、編著)
複数の歴史学者による大西洋海域史論集であるが、「北大西洋海域の文化共同体」の多様性を明らかにすべく、奴隷貿易、貿易商人、黒人船長、漂流譚などの事例研究を論述している。第4 章、海運業界紙の市況展望、では19 世紀前半の中欧オーストリア帝国の貿易を明らかにしているが、主要貿易相手国第5 位がブラジル(主要品目:コーヒー、
砂糖)で、8 位の米国よりも貿易額が大きい。ちなみに1 位はイギリス、2
位トルコ。
創元社
2016 年8月 316 頁 3,400 円+税
『ブラジル日系移民の教育史』 (根川幸男著)
100 年以上にわたってブラジル各地で行われてきた日本語教育の実相を歴史社会学の視点から解明した超労作である。教育史をマクロで捉えてから、いくつもの事例を詳細に検討していく。初期の日系教育機関であった大正小学校、聖州義塾の実態を明らかにし、代表的教育者、小林美登利、岸本昴一、両角貫一の生涯を掘り起し、子供(生徒)
たちの視点から日系教育を見直している。出色のノンフィクション作品としても読める学術書だ。
みすず書房
2016年10 月 632 頁 13,000 円+税