執筆者:桜井 悌司 氏
(日本ブラジル中央協会常務理事、元関西外国語大学教授)
1.最初の大学生活で困ったこと
ジェトロに41年間勤務した後に、大学の恩師から大学で教えてみないかという話があった。結果的に、2008年4月から2015年3月までの7年間、大阪府枚方市にある関西外国語大学の教授として教鞭をとることになった。この大学は、短大を含め12,000名の学生を持つ日本最大の外国語大学で、スペイン語学科だけでも、1,200名を数える。私の教える課目は、ラテンアメリカ全般とスペイン語ということでであった。1週間に8コマの授業で、最初は、スペイン語とラテンアメリカが半々であった。外部の組織から大学の先生になった人(以下、外部先生と呼ぶ)が、最初に困ることは、話す時間と話す素材である。外部先生は、総じて20分くらいの話やスピーチは慣れっこであるので問題ない。しかし、大学では1コマが90分である。テレビでよく拝見するハーバード大学の授業のように学生が積極的に発言し、質問することはまずない。ということは、最悪の場合、あるいは通常の場合、90分を一人でしゃべることになり、そのための素材を準備しなければならない。1週間に1コマの授業だと15回、2コマであると30回分の準備が必要である。したがって、最初の1~2年は、素材の収集と作成に追われる。私も例に漏れず、ラテンアメリカ全体の情報、国別の情報、経済、政治、貿易、産業、文化等のテーマ別情報収集・授業構成、パワーポイントの作成で大童であった。毎日起床すると最初に新聞のテレビ番組を見て、ラテンアメリカ関連の番組があると、抜かりなくダビングしたものであった。孫子の兵法にもある通り「敵を知り己を知らずんば、百戦危うからず」にしたがって、最初の授業では、ラテンアメリカについて何に関心があるのか、どういうイメージを持っているかにつきアンケートを行い、学生の受講動機や関心内容を調べた。それらを集計し、学生にフィードバックした。また最初の授業では、B5のラテンアメリカの小地図をA3の大きな用紙に書き写させて、ラテンアメリカの国々の所在を理解させた。こうして最初の2年は、90分の講義に対する慣れと素材の作成で終了する。思えば、最初の2年間に私の下手な授業を受けた学生には、授業料の一部を返却したいと真剣に思ったものであった。
2.目標の設定
大学生活7年のうち、後半の。3年は、大学生を取り巻く環境がわかってきたので、2つの目標を立てることにした
- 社会人として役立つ学生になってもらう
- 一般常識力を上げる
講義している中で、こちらが、当然わかっていると思って話していることでも学生がわかっていないことが多々あった。最近の学生は、ほとんど新聞を読まないこともあり、常識力が十分でない。例えば、経済用語、貿易・産業用語、国際関係用語等についての知識が不足がちである。そこで、10名くらいの学生の協力を得て、「社会人に向けての常識用語集」を作成し、約300語を収録し、希望者に配布することにした。
- 一般常識力を上げる
- 社会人になってから役立つような力をつけてもらう
例外は常に存在するが、一般的に、現在の学生の多くに見られる現象は、
*物事を考えない
*自分の関心事以外は調べない
*質問をしない
*チームで仕事することに慣れていない
*プレゼン能力が必ずしも高くない
等々である。
そこでラテンアメリカについての基礎的知識を習得するとともに、上記の5つの能力を高めることに主眼を置くことにした。
2.スペイン語学科の学生の関心をスペインからラテンアメリカに向ける
不思議なことに、私が所属する大学の学生に関心地域や希望留学先を聞いてみると、90%がスペイン、10%がラテンアメリカという感じであった。スペイン語学科を持つ他の大学に聞いてみると、半々か、60%、スペイン、40%ラテンアメリカだと言う。経済規模や将来の就職先等を考えると、せめて、50%-50%にまで、徐々に関心地域を変えさせることが重要と考えた。
3.居眠り学生を減らすには
3年目からは、少し余裕が出てきた。このあたりで、気になるのは居眠り学生が相当数に達することである。サラリーマンのようにエレガントに居眠りをする学生はほぼ皆無で、堂々と机に頭をつける眠り方である。眠る学生は特に他の学生に迷惑をかけるものではないという理由で、ほとんど気にしない先生もいるが、私は、居眠り学生が多いと学生の全体のモラルが低下すると考え、少なくするにはどうすればいいかを考えた。まず1回の授業につき学生はいくら払っているかを計算してみた。仮に年間授業料が100万円とすると私の計算では、1回の講義が3,000円くらいになる。1日に3講義があるとすると昼寝学生は、1万円を失うことになる。そこで学生には、通常授業料は両親が支払っており、子女である学生が真面目に勉強してくれることが前提である。したがって、居眠り学生は、親に対し多大なる迷惑をかけ、自分でも大きな損失を被っていることを訴えた。また昼寝学生は、通常、後ろの方に座る傾向があることがわかった。後ろの席だと遠慮なく眠れるからである。ラテンアメリカ関連の授業の受講生は、20名から120名の間である。次のステップで居眠り学生撲滅対策を講じた。
- 学生の座席を固定する 受講者の人数にもよるが、私はすべての授業で、3~6名のグループを作り、座席を固定した。座席は、すべて抽選で、友人同士、知りあい同士が同じグループに入らないようにした。男女の偏りがある場合は、バランスが取れるようにしたが、男子学生3割、女子学生7割の比率であったので、偏りが生ずることは仕方がなかった。常に座席表をつくり、こちらからグループ名と学生の名前を把握できるようにした。
- 質問させるようにする 前述のように学生はほとんど質問をしないので、こちらから質問させるようなメカニズム作りを行った。具体的には、授業前に最低3つの質問を準備しておくようにと伝えた。他の学生が同じ質問をする可能性を考慮して、3つにしたものである。そして、質問をする学生には、名前を言ってもらい、インセンテイブを与えるようにした。また質問が出ない場合は、私から各グループや各学生を直接指名し質問をさせるようにした。居眠りをしている学生に対しては、名前を呼び、近くに座っている学生に起こしてもらうことにした。
- 当日の講義メモを提出させる 学生の出席管理を行う場合、出席点検器具を使用したり、名前を呼んだりする方法があるが、私は、当日の講義について考えたこと、学んだこと、感想をメモとして提出してもらい、それを出席記録とする方法をとった。教科書を使用せず、授業前に当日の資料を配布するという形式をとっていたが、学生の中には要領よく、その資料をそのまま写す者が続出したので、自分の考えを記入していない場合は評価しないこと、メモ用紙の75%~80%が埋まっていなければ、減点することにした。この方法によって、居眠り学生は、大いに減少した。
- グループで調査をさせる ラテンアメリカの一般情報を自分たちで調査してもらうために、ブラジル、メキシコ、アルゼンチン等、20数か国を選び、記入項目をブランクにした表をこちらで作成し、人口、面積、政治制度、経済指標(GDP総額、一人当たり)、主要産業、貿易、日本との経済関係、有名人、観光地等々を調査し、ブランクを埋めていくというものである。最初の5分で調査授業の主旨を説明し、その後、受講生は、グループ毎に、図書館やコンピュータルームに行き、調査し、授業終了5分前に教室に戻ってもらうという方法である。事前に、外務省やジェトロ、JICAなどのホームページの使い方を教える。最初は、グループのチームワークが悪く、予定の半分くらいしか調査ができないグループがほとんどであるが、3回目くらいになるとほとんどのグループが、90%から100%まで埋めてくる。グループ毎の調査達成率をクラスで発表し、お互いに競争させることも行った。この方法によって、チームワークの必要性と、調査をする手法を学んでもらった。
(次号に続く)
連載48:私のラテンアメリカ教授法②