執筆者:井上 徹哉 氏
(ジェトロ大阪本部投資誘致課長)

私は、サンパウロ駐在時代(2012年~2016年)、息子を3年間、現地の幼稚園に通わせ、帰国後1年間は、日本の幼稚園に通わせました。サンパウロの幼稚園では、PTAメンバーとなり、学校、保護者、子供たちとの関わりが非常に多かったこともあり、ブラジル人の幼児教育の姿勢や考え方に深く触れることができ、また日本が学ぶべき点も多々あると感じました。

本稿においては、私が、日伯双方での経験を通じて感じた幼稚教育の違い、とりわけ、ブラジルの幼稚教育の強みや特徴について、息子が通った幼稚園「Escola Roberto Norio」での事例を中心にご紹介いたします。(同校は、ブラジルの中では比較的裕福な家庭の子弟が通う私立学校のため、一般の公立校などとは教育プログラムや教職員の体制などが大きく異なる点を予めご承知おき下さい)。

「個性」を重んじるブラジルの幼児教育

私の息子が通った幼稚園「Escola Roberto Norio」と聞いて、サンパウロに駐在された経験のある方の中には、「子供が通っていた」「名前を聞いたことがある」といった方も多くいらっしゃるのではないでしょうか?同校は、幼稚園と小学校が一体となった学校で、経営者兼園長は、日系ブラジル人で、教職員にも多くの日系人を抱え、日本語を話せる方も少なくありません。

同幼稚園では、「個性を尊重し、長所を伸ばし、困難にもチャレンジすることを大切にする」といったことを教育理念として掲げ、「子供の年齢にあった社会性、表現・意思疎通、運動能力、礼儀などを身に付けさせる」ことに力点を置くとしています。こうした幼稚園の理念や教育方針は、一見、日本と大きな差はないように見えますが、その捉え方や取り組み方には、日伯で大きな差があるように感じました。

私にとってとくに印象深かったのが、子供たちの個性を尊重することへのブラジルの幼稚園のコダワリです。私の息子が通った日本の幼稚園では、個性を尊重することを理念として掲げていたものの、ブラジルと比べると「型にはめる」という印象が強く、ブラジルとの大きな違いを感じました。

何故このような違いが生まれるのか?その要因の一つとして、ブラジルが、多様な人種・民族で構成されている国であり、また文化的背景や習慣などが異なる個人がお互いを尊重しながら社会生活を送る国であるからではないかと思っています。ブラジルでは、お互いの個性や考えの違いを理解し、尊重することに対して、先生のみならず保護者や子供たちも含めて、“当たり前”という感覚を持っており、そのための努力や協力は惜しまないという印象を強く持ちました。

私の息子が、言葉を理解できず、不慣れな幼稚園の環境に戸惑う中でも、幼稚園の先生や周囲の子供たちが、根気強く付き合い、キメ細かくサポートしてくれたことを今でも鮮明に覚えています。特に印象的だったのが、小学生を含む年長の子供たちが、年下の子供に対して、積極的に声掛けし、一緒に遊んだり、様々なサポートをするなど、子供たち自身が、お互いを理解・尊重し、助け合う感覚を備え、実際の行動に移していたことと、周囲の教職員たちも、そうした行動を促していた点です。

ブラジル人が、臆することなく自分の意見を述べ、個性を発揮するという印象を持つ方が多いと思いますが、その根底には、こうした幼稚教育が作用している部分もあるのではないかと感じています。経済のグローバル化が今後ますます進展する中、様々な環境に適応できる人材を育てていくという観点においては、早い段階から、多様な価値観を受容し、個性を尊重・発揮する人材育成に強みを有するブラジルの幼稚教育から日本が学ぶべき点もあるように感じました。

日本以上に日本的?なブラジルの日系幼稚園

ブラジルの幼稚園においてもう一つ印象的であったのが、「日本以上に日本的」なことでした。今回紹介している「Escola Roberto Norio」は、日本語の授業や、日本文化に関連するイベントの実施などを通じて、礼儀や規律を守ることの大切さなどを伝えています。イメージとしては、今日の日本で失われつつあるような「かつての礼儀や規律を重んじる日本の価値観」を大切にしているという印象を持ちました。

ブラジルの日系人社会においては、かつて移民してきた両親や祖父母世代が受けてきた厳しい躾や厳格な価値観などを引き継いでいる方も多く、両親、祖父母、先生などを敬い、礼儀や規律を重んじる、といった感覚が強いように感じています(もちろん、ブラジル人が日本人と同様の振る舞いをする訳ではありませんが)。

私は、サンパウロ駐在時代に、友人で企業家の日系ブラジル人から、「日本人に対して、かつてほどの特別な敬意や信頼感を持たなくなった」といった言葉を聞きました。その理由を問うと、「特別な礼儀正しさや規律正しさなどを感じないし、ビジネス面などにおいても、他国の企業や人材との大きな違いを感じない。かつてのように日本が特別にスゴイといった印象はなくなった」という回答でした。彼の中では、昔の日本人はもっと礼儀正しく、厳格だったという印象が強かったようです。また、ビジネス面でも、中国企業との付き合いが増えているようですが、中国企業の対応などが、自らが求めるレベルにどんどん成長し、日本企業に置き換わる存在にまで成長していることが、こうしたコメントの背景にあるようです。自分自身の中で、若干の衝撃を受けたものの、「たしかにそうだよな」と、妙に納得したことを覚えています。

ブラジルの幼稚園において、多くのブラジル人が敬意や信頼を寄せていた、かつての日本人の礼儀正しさや、規律正しい立ち居振る舞いなどを大切にする様子に触れ、また、ブラジル人の日本人に対する率直な考えや印象を聞き、子供の教育を含め、様々なことを考えさせられたことを今なお鮮明に覚えています。

 

私の息子がブラジルの幼稚園にお世話になった3年間を振り返ると、本当に貴重で有意義な経験をさせて頂くことができ、子供の成長において大きなプラスになったと感じています。また、私自身、親として、或いは、日本人として、様々な気付きや問題意識を持つキッカケを得るとともに、ブラジルの幼稚教育には、日本が見習うべき点も多々あることを実感した3年間となりました。

これから、幼稚園になる子弟がいらっしゃる駐在員の方あるいは駐在予定者の皆様におかれては、ブラジルでのお子さんの教育について「不安」よりも「期待」をもって頂けるのではないか、というメッセージを以って、本レポートの結びとさせて頂きます。