執筆者: 関根 隆範 氏
(ブラジル講道館会長)
1924年、移民として渡伯した大河内辰夫氏は、1933年全伯柔剣道連盟を創設した際、柔道部の委員長に就任した。翌年、日本国文部省派遣の小谷澄之六段と佐藤忠吾五段が柔道使節としてブラジル訪問。その機に、ブラジルにおける講道館柔道の普及のため、講道館柔道出身の有段者達が大河内氏の回りに集まり、親睦会として活動を始めたのが後年の全伯講道館柔道有段者会(2016年よりブラジル講道館Instituto Kodokan do Brasilに改称)の母体となる。
- 1957年講道館有段者会創立: 当時参集した主な有段者は、深谷清節、谷宗兵衛、吉間大志、赤尾竜三、国井猛、パラナ州の石原貞伊などである。
- 戦後の再復活:
第二次世界大戦終了後、1960年代、学生柔道出身の有段者が多数来伯。この有段者達が土肥隆三会長(医学博士)を中心にして柳森優副会長(89才柔道九段)らと、戦後の有段者会を活発にさせた。柳森氏は柔道だけでなく、日本語センター理事長として日本語教育にも尽力、貢献した功績を認められ、日本政府より勲五等を叙勲される。戦後の有段者会は代表幹事岡野修平(中大卒)常任理事関根隆範(慶応卒)会計理事安達敬之助(拓大卒)小野寺郁夫(宮城県)、石井千秋(早大卒)を中心に、ブラジルに広く知育、徳育、体育を念頭に置く講道館柔道の理念を普及させ、ブラジルに根付かせるため数々の事業を計画し、実行した。 - 1982年講道館創立百周年記念式典開催:
全伯講道館柔道有段者会は、日本の講道館の創立百周年記念を祝して、日本、世界に先駆けた講道館百年祭をブラジルで挙行する。その際、嘉納行光館長、安部一郎九段、松本芳三八段を招待し、講道館柔道の今後の普及の機会とした。 - 1995年 日伯修好100周年記念柔道大会実行:
全伯講道館柔道有段者会はブラジル柔道連盟と協力して、全日本チーム男女14名の選手団を招待。リオ、サンパウロ、イパチンガの各市で国際親善柔道大会を挙行。改めて両国の友好親善を深める印とした。 - 南米講道館建設
2006年にはサンパウロ州政府、サンパウロ州柔道連盟、全伯講道館柔道有段者会が共同で、日本国外務省草の根資金の亭受が実現される。サンパウロ市内のイビラプエラ公園敷地内に、270畳の南米講道館道場を建設する。ここには、青少年柔道教育プログラムも併設され、設備が完成され、国内全国から選抜された優秀な人材を育成、指導者の訓練、複数の外国選手団との合同練習を可能とする設備に拡充させた。この道場は、現在、ブラジル国内の選手強化練習は勿論のこと、欧米、中南米、アフリカ諸国、更には、日本からも柔道強化練習に活用する高水準の稽古道場として運営され、国際的柔道家の交流の場としての役割も担うようになる。また、身体障害者オリンピック選手養成、形、護身術の研修、幼少年、女子の柔道指導に活用されている。 - 姿三四郎ポ語翻訳出版2006年
富田常次郎著「姿三四郎」ポルトガル版が翻訳者林慎太郎氏の協力で出版。この翻訳作業にも外務省、国際交流基金の援助が享受され、約10年に及ぶ関係者の努力を経て、柔道の歴史、技の解説、日本文化の歴史的背景の説明を細かく記述し、翻訳。柔道の理念と目的を伝達するポ語初の著書となる - マンガで教える幼少年少女の柔道の「礼儀、柔道の技、練習方法」出版。
2008年、柔道の究極の目的である人材教育の理念に基づき、第1号「明るく元気に親切に」、第2号「柔道は礼に始まって礼に終る」をマンガで小冊子にまとめる。そして全伯に配布、幼少年の教育に役立つべく、企業の支援を得て出版にこぎつけ、無料配布される。 - 講道館段位昇段委員会設立
2011年、講道館の認定を経てブラジル講道館段位昇段委員会を創設する。目的は、より深い日本の伝統文化、講道館柔道の伝達、浸透を、ブラジル柔道連盟の理解の下に、当国の柔道文化発展に則した実現を図る事を目指す。それを指導する指導者、教育者を、厳選、推薦、昇段に繋げる事。そしてその人材を広く全国的に配置できる体制作り、目標に始動させる。2011年12年の両年で既に25名(内5段以上21名)の昇段を実現した。 - ブラジルに於ける学校柔道の普及と地方の強化
サンパウロ、リオ州以外の地方都市に、有段者会幹部による市役所、州政府と連携した学校柔道導入、貧民窟地域柔道の支援、推進を始める。この事業には日本の講道館や武道館、柔道有力者と、日伯私企業の援助、協力があって実現している。今後更により拡大、拡充させる為には、日本国政府(外務省、文化省)の再支援開始が期待される。 - 2015年5月には、ブラジル柔道連盟と共同で、南半球では初めての講道館柔道形講習会を開催。この講習会は日本国講道館が国際交流基金の支援を得て、実行する事となり、上村春樹講道館館長はじめとした世界最高峰の形指導者権威の10名が来伯、指導に当った。全国から選抜された柔道指導者は、サンパウロ南米講道館に集結し、全ての形及び柔道の歴史、中等教育における指導と実態等について学んだ。その後、参加者は、地方に戻り柔道の新しい指導の広がりを教授、競技と同時に形の研究を各地に広がらせることに役立つ。
- 同年8月、安倍晋三総理大臣が日伯修好120周年に来伯され、「日伯スポーツの絆」(Sport for Tomorrow)プログラムの一環として柔道を主要メッセージに織り込む。そのサンパウロでのワークショップでは、柔道の海外での普及の意義を強調され、ブラジル柔道界に100着の柔道着を寄贈された。ブラジル柔道連盟、ブラジル講道館は、総理のご意向を伝達するため、中前総領事や、総領事館の協力で、ブラジル社会への交流の深化を推進することとなる。
- 翌2016年3月には、梅田大使のご努力で日本の大手保険会社三井住友海上火災保険会社柄澤社長より、同社ブラジル進出50周年記念式典の際、柔道着120着の寄贈が決定された。後日サンパウロ州アウキミン知事列席のもと、柔道大会の式典で贈呈式が行われた。またブラジリア、パラナ、リオ州においても贈呈が報道された。
- 2016年8月、リオ オリンピックを前に岡野名誉会長を中心としてMax Tronbiniの著書「Grande Vitoria」の日本語訳が出版され、日本の講道館始め、中体連、高体連を通じ配布されることが実行された。日本で生まれた柔道が、ブラジル人により、「柔道に学ぶ」と題して人生哲学まで柔道が青少年に良い影響を与えうるという嘉納師範の教えを語るものとして、日本にも贈られた。宮川印刷出版社の協力で短期間で実現できたことに感謝。
柔道は世界に普及し、試合の形式や、大会の運営方式などは、日本人以外の外国人達がその形を進化、展開を推し進める時代に入っている。
日本の長い歴史の中で育まれてきた文化の匠の技、柔道は、ブラジル大地で異なった土壌で丁寧に練られ、捏ねられた。今、世界の中でも最も日本の柔道精神に近い基盤が築かれ、醸成化されているとも思われる。21世紀に入り、世界の全ての国民、民族に愛される柔道として、人間の健全なるスポーツとして、次世代の教育、国を担う人材作りに、その役割は今まで以上に大きくなってきている。
ブラジルの若い柔道指導者達が、柔道の奥義を究め、日本の文化をより広く、深く浸透させ、彼等の手によってその種を世界に伝播させ、耕し続けてゆく事をブラジル講道館は期待する。