財務諸表ではみえない巨額損「見える化」のすすめ

執筆者:山下日彬氏(ヤコン・インターナショナル社)

 

キリン・ビールが撤退したが、過去の、多くのブラジル買収事業の失敗の分析では、M&A相手の調査不足、想定できないブラジルの特別事態などが原因にあがり、失敗は、毎回くりかえされている。

近年は、本社側の、コンプライアンス株主訴訟などへの対応で、役員会の決定が、慎重になるという時代の傾向もあるが、ブラジル側も、脱税対策の税務連帯電子化、汚職対策の不正連帯責任などで、懲罰的罰則が想像以上に進んでおり、なんでもアミーゴ関係で解決できた、むかしの「良き」ブラジルではなくなっている。

M&Aに、毛頭、水をさす意図はないが、これからの進出企業の経営者は、法律と経理知識をプロ並みに持って、それなりの経営者責任を負う覚悟が必要な時代に変わったと思う。さらに、外国資本に対しては、どうしても、罰則が厳格に適用されると思われるので、M&Aでは、従来以上に、順法経営の精神で、税金を、すべて規則通りに納税しても、採算がとれる業種を選ぶ必要があるだろう。

ブラジル・コストと呼ばれる経営リスクがあるが、財務諸表ではみえない、想定外の巨額損失が発生することがある。払えなければ継続不能の事態に陥るし、本社の重役会が追加投融資を拒絶したときは撤退となるだろう。M&Aには、通常、経理会社、監査法人が、財務諸表を作成しているだろうが、財務諸表は、いかに正確に作成しても、所詮、国が決めた、税務会計処理の範疇を出ない。進出前の、現地側から上げる情報で、最悪事態が、数字で見えるようにして、本社と現地の共通認識にしておけば、かなりのケースの破綻撤退が防げるのではないだろうか。今までは、例えば、労働裁判訴訟費用などは、裁判官などの裁量によるところが多く、予想困難とされてきたが、コンピュータ技術も進んだことで、事態の見える化は可能と思う。判決文のデータは膨大だが、所詮、起業家の雇用思想と、相手弁護士、職業シンジケート、裁判官などの、人との思考対決であるから、今の技術なら、過去数年の判決内容を入力して、パターン化が可能と思う。

 

ブラジルで注意すべき特殊事情

1)不動産価格が、簿価や市価の半分以下でも売却できないことが起きる。

(例)資金ショートし、不動産の売却で対処しようとしたが、簿価では換金できず、赤字が急増した。

<対策>不動産登記書類を入手して、譲渡契約の専門家により納税情報、所有者情報など、十分に事前チェックをして推定入金額を試算する。

 

登記所の書記も試算してくれるが、実際に売買契約を開始しないと、事前には、わからないことが多い。提出項目を決定は、登記所の書記の裁量によるところが多く、特に地方の登記所には注意である。滞納税、未払いプロテスト、労裁訴訟中、遺産相続、場所によっては軍の許可が必要などで、売買契約のできないことがある。

 

所有者が企業名の時は、不動産売買契約予定日に有効な、20種ちかくの無債務証明書の提出を義務付けられることがある。契約時、登記所で、未納金など問題が指摘されるごとに、逐次対応することになる。例えば、すでに納税したものでもFGTSなどは市中銀行で納税しても、CAIXA ECONOMICAの本人口座に入金していないこともある。調査払戻し手続きを通常に行うと、何か月もかかることがあるので、登記所推薦の専門乙仲などに、費用を払って、即時清算処置をしてもらうことになる。清算額と手数料は通常、不動産の売り値から引かれるが、過去の高インフレの価値修正と、罰金や利子が計上され、これが思わぬ高額になることがある。また偶発トラブルで、署名日までに、無債務証明書が期限切れとなったら、すべて取りなおしである。

 

2)労裁負担金:給料の数倍とか常識的に考えていたら、払えぬほど巨額になることが起きる。

(例)新体制の経営者が、旧社員を、大幅に解雇したら、不当解雇の労裁で敗訴になり、巨額な退職金を課せられた。

<対策>

従業員を一覧表にして、勤続年数、登録職と実務、時間外労働時間、性格、過去の訴訟記録、給料の正規登録率、健康状態、家族構成などと、通常計算値と、最悪事態の解雇費用予想額を、裁判官や、相手弁護士の思考も推測して作成する。判決データベースをパターン分析する。

 

労裁訴訟件数世界一、労働者に有利な労働法で、弁護士数OAB登録が100万人を超えるブラジルでは、訴訟され敗訴になる可能性が極めて大と認識しておくべきである。それも、裁判官の主観に影響され、最近は、先進国例にならって、モラル・ハラスメント訴訟

も増え始めているから要注意だ。

 

M&A後の経営者は、旧社員の活用方針、給料登録方針、などを変更するときは、この表により、前後の必要資金や外国人1/3法などをにらみながら、判断すればよいわけである。対立解雇になった場合、労使間の直接和解合意は、再訴訟されるおそれがある。和解合意を希望なら、労働裁判開始後に、何回目かの法定で、相手弁護士も裁判官も立ち合いのもとに、裁判所内で合意協定(acordo)し、支払い条件まで決めるのが最良である。ただし、裁判日即決であるので、事前に本社重役会の白紙委任状が必要となる。

また、旧社員を解雇時、新体制でも、買収前の分の、差額請求が当然行われ、過去の高インフレの価値修正、高率の罰金、世界一の高利などで、解雇費用がおどろくほど高額になることがある。M&A後の経営者は、まずは、労働訴訟件数を最小にするように留意するべきである。欧米系の企業で、3年以上の長期雇用契約を、行わない方針にしている例を、聞いたことがあるが、労裁訴訟発生を、原因から防止する手段としては、一考に値いする。