ラテンアメリカの投資誘致関係者に対するアドバイス
執筆者:桜井 悌司 氏(日本ブラジル中央協会常務理事)
ジェトロ勤務時代、貿易振興に長年従事したが、それに劣らず投資誘致にも取り組んだ。投資誘致も双方向なので、日本企業の海外投資もあるし、外国企業の対日投資の誘致の仕事もある。いずれの発展途上国も自国の経済発展を図ることに熱心である。私の意見では、発展途上国が経済成長を遂げるための最も効果的な方法は外資の誘致を促進することである。日本は外資無しで経済成長を成し遂げた数少ない国の1つだと思うが、他の発展途上国が外資の協力なしで成長することは、今や極めて困難だと言えよう。
1980年台の日本経済華やかな時代には、欧米諸国から多数の日本企業誘致ミッションが訪日した。とりわけ、米国の各州からのミッションは目を見張るものがあり、州知事をリーダーにして、毎年訪日した州も数多くあった。その後の結果をみてみると、毎年熱心に訪日した州への日本企業の投資案件が多いことが判明されている。日本企業は、どこの州が熱心に誘致活動を展開しているのかをしっかり見ているのである。
私の関心のある地域は、ラテンアメリカである。ラテンアメリカ諸国の投資誘致活動は、中国やアジアの諸国に比して、それほど熱心ではない。それでも過去3年間で、ジェトロが主催・後援したラテンアメリカ諸国からの要人来訪時等の投資誘致セミナーは下記の表のように増加傾向にある。またここ10年のタームで見ると日本の経済団体、金融機関、コンサルテイング会社、法律事務所、会計事務所によるセミナーも増えている。在京の大使館が直接主催する場合もある。本国から投資関係の要人が来日して、話す場合もあるし、ジェトロ職員や日本企業等の日本人がスピーチする場合もある。しかしながら、欧米諸国やアジア諸国と比較すると、ラテンアメリカ諸国の要人によるセミナーでのプレゼンテーションは、残念ながら、改善すべき点も多い。そこで本稿ではどうすればラテンアメリカ諸国のプレゼンテーションが向上するのかについて、過去の経験に基づき、ラテンアメリカの投資誘致関係者にアドバイスしてみたい。
表) ラテンアメリカ諸国からの要人来訪時等の経済・投資誘致セミナー開催リスト
ジェトロ主催等(2015年~2017年)
国名 | 2015年 | 2016年 | 2017年 | 合計 |
メキシコ | 2回 | 0 | 0 | 2回 |
ブラジル | 0 | 3回 | 1回 | 4回 |
アルゼンチン | 0 | 2回 | 2回 | 4回 |
コロンビア | 0 | 0 | 4回 | 4回 |
チリ | 1回 | 1回 | 2回 | 4回 |
キューバ | 2回 | 1回 | 0 | 3回 |
ペルー | 1回 | 0 | 0 | 1回 |
パラグアイ | 0 | 1回 | 0 | 1回 |
パナマ | 0 | 1回 | 0 | 1回 |
メキシコ・キューバ | 0 | 0 | 4回 | 4回 |
太平洋同盟 | 0 | 1回 | 2回 | 3回 |
ラテンアメリカ全体 | 0 | 2回 | 1回 | 3回 |
合計 | 6回 | 12回 | 16回 | 34回 |
出所:ジェトロ
アドバイス1 時間を守り、時間の配分を考えること
ブラジルでもアルゼンチンでもそうだが、時間通りに進まないことが多い。開始時間が遅れたり、終了時間が延びたり、事前に計画された時間通りに進行しない。ある講師は、時間が極端に短くなったり、別の講師は持ち時間を延々と超過したりする。また事前の断りもなくプログラムが変更されることもある。ラテンアメリカの人は、即興性に優れているために、変更も自由自在であるが、日本人は変更を嫌う国民であることを理解すべきであろう。日本人ほどには用意周到でなくてもいいが、自分の話す時間くらいは守ってもらいたいものである。リハーサルも時によっては必要と理解すべきである。
アドバイス2 常に他国との比較で、わかりやすく説明すること
ラテンアメリカは、ブラジルとメキシコという大国があり、コロンビアやアルゼンチンのような中規模国があり、後は人口2000万に満たない小規模国が多い。それゆえに、アジアのようなお互いに切磋琢磨し競争する環境にはない。ということは競争が無い、または少ないと言えよう。またブラジルのような大国であれば、座っていても外資がやってくると思っている政府機関関係者も多い。訴えるべきポイントを明確にし、優先業種の順位をつけ、メリハリのある説明が必要である。セミナー参加者の重大な関心は、どの業種を特に誘致したいと考えているか?その背景・理由は? そのためのインセンテイブは? 他国や他州と比較して何がアピール点か?等々である。
アドバイス3 通訳を大切にすること
外国人講師によるセミナーの成功の3つの要素と言えば、①来場者がしっかり確保されていること、②講師の話す内容が充実していること、③通訳の質が良いことである。どれ一つ欠けても成功は覚束ない。ラテンアメリカからの講師は、総じて、通訳の重要性について十分な認識を持ち合わせていないことが多い。その理由は、スペイン語―英語、ポルトガル語―英語の通訳に慣れているため、日本語による通訳も同様だと考えているからである。多くのセミナーで一方的に早口で、通訳のことを一切配慮しないで話すスピーカーを多数見てきた。英語通訳の数とスペイン語・ポルトガル語の通訳の数も質も全く異なる。通訳は、経済関係や投資誘致関係のみならずクライアントの要請に応じ、あらゆるテーマを取り扱わなければならない。そのため事前の準備に相当の時間を費やすことになる。したがって、講師は、あらかじめ資料を渡し、可能であれば、スピーチのドラフトをそのまま渡すくらいの配慮が必要である。講演前には、通訳との十分な打ち合わせやすり合わせも行わなければならない。また常に最初が大切で、通訳が最初に躓けば、最後まで響くことになる。講師は、最初の出だしは特に、通訳との打ち合わせが大切である。
アドバイス4 配布資料は事前に用意すること
ジェトロが主催するセミナーは一部の例外を除いて、通常、しっかりした配布資料を準備している。なぜなら、現役のサラリーマンは、業務時間内に参加するので、帰社後、上司や同僚に対する何らかの報告が必要となるケースが多いからだ。その場合、手持ち資料があれば、説明が容易だし、資料の供覧も可能となる。終了後、かなりたってからホームページにアップされることが多いが、かなりの参加者は見ないで終わることになる。パワーポイントのスライドもあまりに細かい字の羅列は避けるべきである。
アドバイス5 プレゼンに当たっては、聴講者に配慮をすること
投資誘致セミナーを見ると、その地域についてある程度の情報を持っている聴講者とそうでない聴講者がいる。できれば、事前に、出席者の大まかな内容を主催者から手に入れておくべきである。それによって、話の内容を修正するのである。投資プロジェクトの説明で、いつもフラストレーションを感じるのは、いろいろな都市名、地域名、投資プロジェクト名、インフラ・プロジェクト名を次から次に早口で、時にはアルファベットの略称で紹介するスピーカーである。聴講者の大部分がそのような都市や地域がどこにあるのかわからないにも関わらず一方的に話す講師に何度かあった。せめて、最初に大きな地図を示すか、地図を配布資料の中に入れておくような配慮が欲しい。
アドバイス6 投資誘致関係機関の職員は、セールスマンシップを持つこと
ラテンアメリカの投資誘致機関にとってクライアントは、あくまで外国企業である。したがって、クライアントである外国企業をいかに説得し、投資してもらうかがポイントである。そのためには、セールスマンスピリットが大切である。セミナーの終了後は、名刺交換したい日本企業も多い。終了後は、すぐに退出するのではなく、名刺交換し、クライアントのリストを増加させるべきである。ラテンアメリカでは、日本ほどには、名刺交換しないが、日本では、ビジネス慣行なので、名刺は多めに用意し、切らさないようにすることが望まれる。また、良質のセミナーの参加者を募ることが望まれるので、過去に外資誘致機関等を訪問した日本企業の関係者には、直接に連絡し、日本でのセミナーに参加してもらうように働きかけをすることをお勧めする。
アドバイス7 出発前に、それぞれの都市にある日本商工会議所にコンタクトすること
投資誘致機関の要人が日本で誘致セミナーをする場合、あらかじめ首都や主要都市にある日本商工会議所にコンタクトし、協力を仰ぐことをお勧めする。その理由は、日本で行われるセミナーに本社や関連会社の管理者を出席するように説得してもらうこと、および、もし可能であれば、現地の商工会議所の会員企業対象に日本で実施するセミナーと同一のものを実施することである。そこで日本企業のアドバイスを求め、東京や大阪でのセミナーに備えるようであればベストであろう。外国投資には新規のグリーンフィールド投資もあるが、既進出企業による拡張や追加投資もある。その意味で現地の日本商工会議所とのコンタクトは重要である。
アドバイス8 投資誘致セミナーは毎年継続的に実施すること
継続して日本に投資誘致ミッションを派遣すれば、成果が上がることは最初に説明した。私の身近な例も紹介する。チリのサンテイアゴ駐在時代の1986年9月にチリ投資委員会事務局長のペドロ・カベソン氏を日本に招待し、東京と大阪で投資誘致セミナーを開催した。その翌年の1987年には、チリ政府が自発的に投資委員会の新事務局長のフェルナンド・アルベアール氏を派遣し、在京チリ大使館でセミナーを行った。さらに1988年に、日本プラント協会の招へい事業で、アルベアール氏を再度日本に招待し、投資誘致セミナーを開催した。その結果、日本企業の対チリ投資が徐々に増加しだしたのである。日本企業の投資を期待するラテンアメリカには、忍耐強く、継続的に、投資誘致の責任者を日本に派遣し、日本企業を説得するように努めてもらいたいものだ。
以上、やや日本的な木目細かいアドバイスも含まれるが、実行に移せば、中長期的に投資誘致に成功することになろう。
「追記」 本原稿は、ラテンアメリカの投資誘致関係者用に執筆したものです。そのため、ジェトロ・サンパウロ、ジェトロ・ブエノスアイレスのご厚意によりスペイン語版とポルトガル語販を作成しつつあります。