執筆者:神戸 保 氏
(ブラジル日本交流協会会長)
「ブラジルはここのところずっと悲しいことや腹の立つニュースが多いけれど、カズオ(仮名)はそんなブラジルに来て素晴らしい贈り物をもらいました。それは二人目の母親、つまり私です。来てくれて本当にありがとう。」
これは、一年間の研修を終えて日本に帰国する直前の研修生たちの報告会を聞きに来てくれたブラジル人女性のコメントです。彼女は研修生の職場の上司の奥さんで、家族ぐるみで面倒をみてくださったそうです。
さて、私は1986年にこの交流協会でブラジル研修をさせていただいたOBの一人で、昨年3月に二宮正人会長(現名誉会長)から長い歴史のある重―いバトンを受け取った者です。ブラジルと日本にいるOB・OGの仲間たちとブラジル研修留学研修プログラムをボランティアで運営している、いわゆる「物好きなブラキチ」のひとりです。
私たちの会は日本では「ブラニチ」の愛称で、ブラジル日系社会の皆さまからは「交流協会」、そして非日系の引受先や協力者の方々からは「ANBI」と呼ばれています。会の趣旨、歴史、制度の特徴、運営形態、OB・OGの活躍、そして研修制度の未来については本リレーエッセイの連載74で村上裕美子さんが素晴らしい文章を綴っていますので、私のこの駄文を読まれる前に、ぜひ予備知識としてそちらを読んでください。
私は86年に研修生としてブラジルに来た後、88年に交流協会の事務員として再渡伯、それ以来ほぼずっとサンパウロで研修プログラムと関わってきました。民主化が成し遂げられたあと、クルザードプランでインフレ退治を試みたサルネイ大統領時代からですので、足掛け32年になります。ブラジルも日本もいろいろな時代を経て、今と当時では隔世の感があります。
その間も研修プログラムは脈々と若者をブラジルに送り続けてきました。当会の前身(社)日本ブラジル交流協会が2006年に活動を停止したあと、OB・OGが中心となってブラジル日本交流協会として継続しています。社団法人当時とは比較にならない少人数ではありますが。引き継いだ当時は、「生のブラジルを体験できるこの研修制度の灯を絶対に消さない!」とがむしゃらにやっていましたが、あれから12年、社会の移り変わりとともに、そして数の減少とともに「今もブラジルは日本の若者にとって、成長のための肥沃な土地なのか」、「いつまで若者を送り続けるのか」、「続けた先に何を目指すのか」と自問することが増えてきました。
この少々ジレンマの背景には、「Brasil é RUIM, mas é BOOOM!(ブラジルって国は欠点だらけだけど、そりゃあいい国なんだよ!)」と豪語していたブラジル人が、最近はお国自慢をほとんどしなくなった状況があります。政治、経済、社会の様相と展望が暗いので、ピアーダで笑い飛ばせる人が減ったように感じます。コンプライアンス的には問題あるけど、大らかで茶目っ気たっぷりの、私が大好きだったブラジル、ブラジル人に出会う場面がとても少なくなりました。もちろん、時代なのかもしれないし、時が経てばまた変わることなのでしょうし、いろいろな見方もあるでしょうけれど。
一方で、日本もずいぶん変わりました。私はブラジルが長いので見当外れかもしれませんが敢えて言いますと、とくに少子高齢化社会で「若い時に1年間外国で道草してくる」ようなモラトリアム的な余裕を持てる余地が減ったのかなと感じます。当会のような「100万円払って、最近あまりいいニュースを聞かない国へ、1年も道草して、苦労しに行く」制度に応募するなど、かなりの物好きかもしれません。
こんな霧の中で答えを探すような迷いをサーっと吹き払ってくれたのが冒頭のお母さんの一言でした。
ブラジルに暮らされた方はご存知のように、ブラジル人はとても家族を大切にします。家族という単位が人生のとても大切なスペースを占めていて、当会の研修生のほとんどが「家族の大切さやありがたさを学んだ」、「日本に帰ったらもっと両親と話しをしたい」と言って帰ります。
前述の帰国報告会には関係者以外にもいろいろな協力者や理解者の方々が参加されますが、あの日は最近浮かない気分だった人たちがブラジルの良さを思い出した日でした。みなさん、とても元気が出てきて、シュハスコも大変盛り上がったのが印象的でした。「Brasil é BOOOM!」が帰ってきたような。
研修生の報告にも、ブラジル人の褒め上手、生活が大変な中で際立つ逞しさや想像力、ユーモアという言葉が多く登場します。これから生きていく上で大切なことを教えてもらいました、というコメントもよく耳にします。
ブラジルは発見から518年、独立からまもなく200年の若い国。人間に例えれば思春期くらいでしょうか。そう考えれば、粗削りさがあって当たり前ですね。体格に恵まれて、まじめに勉強するタイプではないけれど、多人種多文化というとても個性的な、将来有望な若者のようです。
日本は長い人生で酸いも甘いも知り、多くの英知をもつ壮年の人のようです。しかし、老いてなお悩みもあり、ブラジルのような失敗もするけどストレートでパワフルな若者から教えられることもあるように思えます。今の時代もこれからも、日本の若者がブラジルで修業する価値はあるなと思えてきます。
交流協会の研修プログラムでブラジルを体験することの良さは、会社など組織の肩書を持たない若者時代にブラジルとガチンコで関われることだと考えています。純粋な好奇心から、利害関係とは無縁に一つの国や国民と付き合える経験は、若者の中でその国をとても特別な存在にします。
こんな気持ちをブラジルに対して持っているOB・OGが当協会には1000人近くいます。研修から何十年も経っているのに未だにブラジルとのビジネスを模索している人がいたり。若い時に同じプログラムでブラジル体験をした人間が、様々な分野にうようよいるわけです。この人間たちのネットワークづくりが、今からすべき仕事だと考えています。同じような目的、関心、問題意識をもった仲間が見つけあえるネットワークから、ワクワクするような面白いプロジェクトが生まれたらいいと夢想します。一人ではできないことや、仕事とは別にできることや、家庭と平行してできることや、一人では思いつかないような面白いことがこのネットワークから実現していったらとてもハッピーだと思います。この制度を創り、育て、支えてきてくださった方々や、一貫して支援して下さる日系社会にも、このような形でご恩返しができたら喜んでいただけると思います。
冒頭の話に戻りますが、私たちはサンパウロで研修生の月例報告会を開いています。ここ数年この会にいろいろな大人の方々が参加してくださるようになりました。協会スタッフのアミーゴとか、研修生が知り合った方とか、そういう人たちが来て研修生の報告を聞いて、アドバイスしてくれたり、経験談を共有してくださったりするのです。だんだん人数も増えてきました。とても良いことだと感じています。大人が子供を育てる場、それが家庭や会社以外にできる。若者が年長者から教えてもらうことがあるのはもちろんですが、大人が逆に教えられたり、フレッシュな気持ちになってエネルギーをもらうような場面もよくあります。
拙文で書かせていただいたことはあくまで私見ですが、たくさんのブラキチOB・OGがそれぞれの思いで関わり、運営しているのがブラジル日本交流協会です。研修プログラムに参加されたい方、私たちと一緒になにかされたい方、大歓迎ですのでご連絡いただければ幸いです。
連絡先:神戸 保 brasil@anbi2009.org
村上裕美子:apan@anbi2009.org(日本事務局)