会報『ブラジル特報』 2010年7月号掲載

                     小林 雅彦(在サンパウロ総領事館 首席領事)


昨年8月にここサンパウロに2回目の赴任をして10ヶ月になります。サンパウロ生活の楽しみの一つは、市内に多数ある種類やレベルが異なるレストランで食べ歩きができることです。この点は、前回の赴任時(1991〜96年)も今回も基本的には同じですが、前回の赴任時に比べると、今回は市民の食に対する意識の高まりを肌で感じています。フォーリャ・デ・サンパウロ紙やオ・エスタード・デ・サンパウロ紙、ヴェージャ誌といったブラジルを代表する新聞や雑誌が、食文化に関する特集やレストランの評価を定期的に行っており、これらが市民の食行動に大きな影響を与えています。ジャーナリストや食の評論家も多数おり、食に関するイベントも数多く開かれるなど、今やサンパウロは世界の中でもかなりの水準を行く食文化を持つ都市になったことを感じます。

 そのような中にあって日本食のブラジル社会への浸透は著しく、日本食と聞けば多くの市民が親近感をもっており、日本食文化は、外交に携わるものにとって心強い追い風です。我々としてはこれを利用しない手はありません。2008年の世界金融経済危機後、いまひとつ元気がないように思える日本に再び勇気や元気をもたらすきっかけとなるものとして、いわゆるジャパンクールと呼ばれるポップカルチャーやファッション、日本食が注目を集めています。これらのものは日本に新たな富をもたらす可能性のあるものとして、積極的にビジネスにつなげていくべきものだと思います。

 ここでは、最近当地で行われた日本食関連の施策をご紹介しながら、サンパウロにおける日本食が、日系社会や駐在員社会の枠を飛び越えて今や完全に広くブラジル社会に普及していること、および日本政府の施策も食文化としての日本食文化の普及に留まらず、ブラジル人社会へのより積極的な日本食材等の売り込みに向かっている現状を簡単にご報告したいと思います。

日本食品売り込み事業

                       「JAPAN FOODS」

2月中旬から3月中旬にかけて、ジェトロ(日本貿易振興機構)主催の事業である「JAPAN FOODS」がサンパウロ市内で行われました。その目的は、今後所得拡大で日本食への需要増大が見込まれる新興市場における日本の農産品の輸出拡大です。

 事業の内容は、市内の高級ショッピングセンターであるイグアテミ・ショッピングセンター内のスーパーマーケット「パン・デ・アスーカル」における日本食品のアンテナショップの開設と、食品の提供元である日本の企業関係者からなる「対ブラジル食品輸出ミッション」の派遣からなっています。2月19日には、市内の高級和食料理店「木下」でオープニングレセプションが開かれ、業界関係者、ジャーナリストなどが出席し盛会でした。

 ジェトロの資料によれば「ブラジル市場における日本食材は、酒類、調味料、レトルトカレー、菓子類、ガム類、ベーカリー製品、麺類(即席麺含む)など直ぐに消費できるものが中心で、料理食材などは少ない。一般にブラジル人は調理方法がわからないため、こうしたものは購入しない傾向にある。」ということです。そのため今回の事業では、レストラン木下の村上強史シェフが、会場において実演を交えて食材の使い方を解説し、実際の料理を参加者に供したことが好評でした。

 今回出展した商品は、日本でも知る人ぞ知るというような地方の名産品(ゆず胡椒や桜ジャム等々)も含まれており、裏を返せば、全国の製造者の方々が、ブラジルという市場の潜在性にある程度の理解を示し参加されたわけで、こういう地方の元気がこれからも大いに発揮されれば日本全体の活力のレベルアップにつながるものと考えます。今回の事業のあと、当国のクオリティー・ペーパーであるオ・エスタード・デ・サンパウロ紙や主要週刊誌であるヴェージャ誌食文化面担当編集長クラスと個別に懇談する機会があり、この事業についての意見を求めたところ、次のようなコメントがありましたのでご紹介しておきます。

〇これら食材等は、日本食愛好家にとって興味深い品々である。ブラジル人は、「流行」に敏感な国民であり、また、十分な購買力を有する富裕層のマーケットはきわめて堅調で、それに加え、最近のブラジル経済の好調にともなう中間層の拡大が顕著で、これらの一見かなり専門的な食材でも上手くイメージを売り込むことが出来れば、将来ブラジルにおける日本食市場の拡大は可能である。これら購買層は、リベルダージ地区で日本食材を購入することが生活パターンとしても定着してきており、彼らが通う日本食材専門のスーパー「M」あたりの品揃えを見れば、かなりの種類とレベルのものが置かれている現状があり、今回のレベルの食材等でも十分販路は拓ける。何よりこれらの店の繁盛振りを見ればサンパウロの日本食市場の潜在力の大きさがわかる。

○アンテナショップで食材を実際数点購入したが、日本食のレベルが高く、知日家の多いサンパウロにおける日本食材の輸出振興という観点からは、日本の地方の名産品なども含まれており、当地愛好家の関心は高かった。他方、日本のよいものを売り込みたいとの思いと「現地の嗜好」との折り合いを見極めるのが難しい点で、その意味からも、市内高級スーパーにおけるアンテナショップ方式は、当地購買層の反応を分析して、次につなげていくステップとして有効なやり方だといえる。

今回の事業では、アンテナショップの他に、上記の企業ミッションが派遣されましたが、同ミッションは、2月20日から22日までサンパウロに滞在し、当地日本食品販売事情の視察とブラジル側輸入企業との商談会に参加された由です。

またジェトロでは、この事業に先立ち、ブラジル側関係者を日本に招致し、アンテナショップの商品選定や輸出企業との商談会をアレンジしており、日本ブラジル両サイドから日本食品輸出を支援しています。

Japan Foods オープニング・レセプション(レストラン木下)



精進料理専門家

 当地で大きな反響を呼ぶ

3月中旬には、ブラジル日本文化福祉協会の招き(国際交流基金助成事業)により、精進料理専門家であり、京都造形芸術大学で教鞭をとる棚橋俊夫さんが当地を訪問されました。

同氏は当地で精進料理の講演会を実施されたわけですが、上記のオ・エスタード紙は、食文化面でこれを大きく取り上げて当地関係者の間で大きな反響を呼びました。上記のオ・エスタード紙関係者は、「日本の精進料理は当地ではほとんど知られておらず、ベジタリアン料理は存在するがあくまでサラダ等中心の味気ないものに過ぎない。精進料理は、ベジタリアンとは全く別もので、長い伝統に支えられたすばらしい芸術である。

 今回の棚橋専門家の来訪は、新しい日本料理の一面を中・上流階級に伝え、日本食に関する理解をさらに深めたものと考えている。精進料理は、同じ野菜であっても、使い方一つで料理にあれほどの深みを与える料理法として驚きをもって受け止めた。

 さらに、ブラジル人は精神文化が大好きで「禅」という言葉が添えられているだけで、その料理の虜になる人が現れる。」と述べています。これは示唆に富む指摘で、例えば、精進料理を一種のソフトウェアとして売り込んでいけば、必ずや日本起源の食材の販売増進にもつながるものと考えます。

私見ですが、例えばゴマ豆腐などは、当地日本食店の「純和食系」から「新日本料理系」にいたるまで広く受け入れられ、普及させることが出来るように思いますがいかがでしょうか。

Japan Foods アンテナショップ

今後の当地における

日本食品普及についての雑感

○冒頭にも書きましたが、当地における日本食文化は日系社会や駐在員社会の枠を超えて、いまや、完全にブラジル人社会全体に広がっています。そのような状況の下、ますますブラジル社会相手のビジネスとしての日本食というコンセプトが主流となっています。したがって、既に始まっているように、今後の日本食品販売戦略も引き続きブラジル社会の嗜好を十分考えた形で進んでいくでしょう。

○ブラジル経済の好調で日本食購買層の中心である中間層が急速に拡大
 ルーラ政権の社会政策である家族支援計画(ボルサ・ファミリア)を通じ、低所得層への所得配分が進み、その結果中間層が急速に拡大しています。6月3日付のフォーリャ紙は、調査機関の調査によれば、中間層の拡大を受けて、スーパー等における売れ筋商品にも大きな変化がおきていると報じています。低所得層の人々の所得が上がり、これまで買うことはなかったより付加価値の高い、アイスクリーム、つまみもの、ヨーグルト、豆乳などの消費が伸びているようです。

 日本食ビジネスのターゲットが主にこれら中間層にあることを考えれば、今後日本食市場も拡大が見込まれます。われわれ当地の関係者としては、このような追い風を十分生かしきれるよう、精進料理のような新しい日本食の売り込みを始め、日本食品販売促進につながるような日本食文化の普及をテーマに、当地日本食専門家、マスコミ関係者とも連携して行きたいと考えています。具体的には、当地日本食関係者による講演会の実施や日本からの専門家の招聘等を考えています。幸い、当地主要報道機関は、日本食文化には極めて好意的で、様々な行事の実施に当たり協力を惜しまないとの姿です。

                        (写真提供:JETRO サンパウロ・センター)