執筆者:桜井 悌司 氏
(日本ブラジル中央協会常務理事)
Ⅲ ラテンアメリカとアジアの輸出振興・投資誘致機関の比較
Ⅲでは、ラテンアメリカの輸出振興・投資誘致機関とアジアのそれとの比較を試みる。
1 ATPF(アジア貿易振興フォーラム)について
アジア太平洋諸国には、ATPFという組織がある。これは、1987年にジェトロのイ
ニシアテイブで設立された。現在地域の23の国・地域の輸出振興機関(一部投資誘致を兼ねた機能を持つ組織もある)が加盟している。毎年、①CEOミーテイング、②ワーキング・レベル・ミーテイング、③共同で展示会等を行うジョイント・プログラム、④人材育成イニシアテイブ・プログラムがある。毎年、トップや幹部が集まり、貿易振興に関わる戦略、手法、経験等の議題につき意見交換をする場である。会員の国と機関は下記の通りであるが、ラテンアメリカと比べ情報収集が容易である。ほとんどすべてが輸出振興に特化しているが、ホームページ上、輸出振興と投資誘致の両方の機能を有するのは、AUSTRADE(オーストラリア)、GDTP(カンボジア)、CCPIT(中国)、TWTC(台湾)、ITPO(インド)、JETRO〈日本〉、KOTRA〈韓国〉、IPIM(マカオ)、MNCCI〈モンゴル〉、FNCCI〈ネパール〉、TDAP〈パキスタン〉、IE SINGAPORE(シンガポール)、VIETRADE〈ベトナム〉で23のうち13が該当する。以下、設立年、国内外事務所数、ステータスを記す。
表7 ATPF(アジア貿易振興フォーラム)のメンバーの概要
国 名 | 機 関 名 | 設立 | 機 能 | 内外施設数 | そ の 他 |
オーストラリア | AUSTRADE (Australian Trade and Investment Commission) | 1985 | 輸出振興+投資誘致 | 国内12
海外82 |
政府機関 |
バングラデシュ | EPB (Export Promotion Bureau) | 1977 | 輸出振興 | 国内6海外0 | 商業省管轄 |
ブルネイ | MOFAT (Ministry of Foreign Affairs and Trade) | 1984 | 輸出振興 | 国内1
海外39 |
政府機関 |
カンボジア | GDTP (General Directorate of Trade Promotion) | 2014 | 輸出振興+投資誘致 | 国内1
海外0 |
商務省の局 |
中国 | CCPIT (China Council for the Promotion of International Trade) | 1952 | 輸出振興+投資誘致 | 国内650
海外16 |
半官半民 |
台湾 | TWTC(Taipei World Trade Center) | 1970 | 輸出振興+投資誘致 | 国内4海外57 | 半官半民 |
香港 | HKTDC (Hong Kong Trade Development Council) | 1988 | 輸出振興 | 国内1
海外44 |
政府機関 |
インド | ITPO (India Trade Promotion Organization) | 1977 | 輸出振興+投資誘致 | 国内4
海外0 |
政府機関 |
インドネシア | DGNED (Directorate General of National Export Development) | 1971 | 輸出振興 | 国内5
海外55 |
貿易省傘下 |
日本 | JETRO (Japan External Trade Organization) | 1951 | 輸出振興+投資誘致 | 国内47
海外74 |
政府機関、経済産業省管轄 |
韓国 | KOTRA (Korea Trade-Investment Promotion Agency) | 1962 | 輸出振興+投資誘致 | 国内8
海外123 |
貿易産業エネルギー省管轄 |
ラオス | TPD (Trade Promotion Department) | NA | 輸出振興 | 国内1
海外0 |
商業省の局 |
マカオ | IPIM (Macao Trade and Investment Promotion institute) | 1994 | 輸出振興+投資誘致 | 国内2
海外4 |
政府機関 |
マレーシア | MATRADE (Malaysia External Trade Development Oorporation) | 1993 | 輸出振興 | 国内5
海外36 |
貿易産業省管轄 |
モンゴル | MNCCI (Mongolian National Chamber of Commerce and Industry) | 1960 | 輸出振興+投資誘致 | 国内20
海外2 |
NGO
|
ミヤンマー | MYANTRADE (Myanmar Trade Promotion Organization) | 2013 | 輸出振興 | 国内12
海外0 |
商務省管轄 |
ネパール | FNCCI (Federation of Nepalese Chamber of Commerce and Industry) | 1965 | 輸出振興+投資誘致 | 国内1
海外0 |
民間機関 |
パキスタン | TDAP(Trade Development Authority of Pakistan) | 2006 | 輸出振興+投資誘致 | 国内17
海外0 |
商務省管轄 |
フィリピン | CITEM (Center for International Trade Expositions and Missions) | 1983 | 輸出振興 | 国内1
海外0 |
貿易省管轄 |
シンガポール | IE Singapore (International Enterprise Singapore) | 1983 | 輸出振興+投資誘致 | 国内1
海外36 |
貿易産業省管轄 |
スリランカ | SLEDB (Sri Lanka Export Development Board) | 1979 | 輸出振興 | 国内7
海外0 |
開発戦略貿易商管轄 |
タイ | DITP (Department of International Promotion) | 1952 | 輸出振興 | 国内6
海外61 |
商務省の局 |
ベトナム | VIETRADE (Vietnam Trade Promotion Agency) | 2000 | 輸出振興+投資誘致 | 国内3
海外1 |
産業貿易省管轄 |
出所:ATPFのホームページに基づき、筆者作成 (www.atpf.org)
2 ラテンアメリカとアジア・太平洋地域の貿易振興機関の比較
前述のODDYSAYは、2010年に米州開発銀行(IDB、スペイン語ではBID)から発行されたラテンアメリカにおける輸出振興事情につき詳細に解説したものである。発行後8年が経過しているので、その間、組織の名称や機能の変更、吸収合併等があった。データも古くなっている。しかしながら、ラテンアメリカの輸出振興の動向、輸出振興機関の活動、推移を知る上で貴重な資料である。また世界中の輸出振興機関を取り上げているので比較する上でも興味深い資料となっている。それをみるといくつかの興味ある点が浮き彫りになる。ただ、比較の時点が2008~2009年なので注意を要する。
- 設立年を見るとアジアの国々の輸出振興機関のほうが相当古いことがわかる。
- 年間の予算規模については、どういうベースで算出されているのかが明確ではない。例えば、事業費だけの計上か、人件費の取り扱い等々の問題がある。ここでは、ODDYSAYの数字をそのまま比較してみよう。アジアでは、ジェトロは、390百万ドル、オーストラリアのAUSTRADEが、348百万ド、韓国のKOTRAが、188百万ドル、IE SINGAPOREが、80百万ドル、タイのDEPTが25百万ドルとなっている。一方のラテンアメリカを見ると、ブラジルのAPEXが120百万ドル、メキシコのPROMEXICOが97百万ドル、コロンビアのPROEXPORT (PROCOLOMBIAの前身)が55百万ドル、チリのPROCHILEが、33百万ドル、 ペルーのPROMPERUが29百万ドルとなっている。その他の国の輸出振興機関の予算は微々たるものである。
- 従業員数
アジアの輸出振興機関の従業員数は、ジェトロが、1、680人、AUSTRADEが1,023人、KOTRAが、1,000人、タイの、DEPTが500人、IE SINGAPOREが350人となっている。一方、ラテンアメリカを見ると、PROMEXICOが、401人、PROCHILEが、384人、 PROMPERUが313人、 PROEXPORTが281人、APEXが214人となっている。コスタリカは人口、500万人弱の国であるが、PROCOMERは、149人と十分なスタッフをそろえている。アルゼンチンは南米の大国であるにも拘らず、95人にとどまっている。タイには投資誘致機関として、有名なBOI (BOARD OF INVESTMENT)が存在するが、1966年設立で、2010年の年次報告を見ると493人の従業員がいる。タイがいかに外資誘致を重視しているかが理解できる。
- 海外事務所数
アジアの輸出振興機関の海外事務所保有ランキングは、AUSTRADEの117カ所で、KOTRA、94カ所、ジェトロ、73カ所、タイのDEPT、61カ所、IE SINGAPORE、35カ所となっている。ラテンアメリカのランキングは、PROCHILE、50カ所、PROMEXICO、34カ所、 PROEXPORT、15カ所、PROCOMER、14カ所、APEX、5カ所である。アジアと比較しラテンアメリカの輸出振興機関の海外進出は遅れていると言えよう。とは言え、前述ように最新のデータを見ると、海外事務所数も大幅に伸びていることがわかる。
表8 ラテンアメリカとアジア・太平洋地域の貿易振興機関の比較
国名 | 組織名 | 設立年 | 年間予算 | 従業員数 | 国内事務所数 | 海外事務所数 |
ラテンアメリカ | ||||||
アルゼンチン | EXPORTAR | 1993 | 4.5 | 95 | 1 | 0 |
ボリビア | CEPROBOL | 1998 | 0.2 | 22 | 1 | 0 |
ブラジル | APEX | 2003 | 120.0 | 214 | 1 | 5 |
チリ | PROCHILE | 1974 | 33.0 | 384 | 15 | 50 |
コロンビア | PROEXPORT | 1992 | 55.0 | 281 | 8 | 15 |
コスタリカ | PROCOMER | 1996 | 11.8 | 149 | 6 | 14 |
エクアドル | CORPEI | 1997 | 6.8 | 91 | 3 | 3 |
エルサルバドル | EXPORTA | 2004 | 2.0 | 50 | 1 | 1 |
グアテマラ | DPE/ME | 2000 | 0.4 | 7 | 1 | 3 |
ホンジュラス | FIDE | 1984 | 0.9 | 28 | 2 | 1 |
メキシコ | PROMEXICO | 2007 | 97.0 | 401 | 32 | 34 |
パナマ | DNPE/VICOMEX | 1998 | 1.8 | 52 | 10 | 0 |
パラグアイ | REDIEX | 2004 | 1.4 | 60 | 1 | 0 |
ペルー | PROMPERU | 2007 | 29.0 | 313 | 6 | 0 |
ウルグアイ | URUGUAY XX1 | 1996 | 0.6 | 22 | 1 | 0 |
アジア・太平洋 | ||||||
オーストラリア | AUSRADE | 1985 | 347.5 | 1,029 | 18 | 117 |
日本 | JETRO | 1958 | 390.0 | 1,680 | 38 | 73 |
韓国 | KOTRA | 1962 | 188.0 | 1,000 | 1 | 94 |
フィリピン | BETP | 1987 | 1.2 | 91 | 1 | 0 |
シンガポール | IES | 2002(1983) | 80.0 | 350 | 1 | 35 |
タイ | DEPT | 1977(1952) | 25.0 | 500 | 6 | 61 |
出所:ODISSAY
注・表の見方
- 設立年は、今の体制で設立された年で、多くの機関は、前身がかなり前にさかのぼる。例えば、ODISSAYでは、ジェトロの設立年は2003年になっているが、ジェトロは1951年に大阪で民間団体として設立され、1958年に、政府関係特殊法人となり、2003年に独立行政法人となった。
- 年間予算と従業員数は、2007~2009年の数字。年間予算の単位は100万ドル。
- 組織名は、2010年以前の貿易振興機関名であり、現在では名称変更の組織もある。
- 国内事務所数は、本レポートが発行された2010年より数年前のものと推定される。
3 ラテンアメリカの輸出振興・投資誘致機関とアジアのそれとの比較についての個人的見解
2012年3月22日から24日まで、JICA/RENAI主催の「投資誘致人材育成ワークショップ」がブラジルのミナスジェライス州のベロ・オリゾンテで開催された。ブラジル全州の投資誘致機関の代表者70名が参加した。筆者は、基調講演で、4回にわたり6時間の講演を行った。その過程で考えたのは、アジアとラテンアメリカの投資誘致機関の相違点であった。もちろん、アジアとラテンアメリカでは、大いに異なる点も多い。歴史的背景、地理的・自然的条件、人口の多さ、人口密度、人種構成、経済・社会構造、政治的条件等々である。それらの条件を考慮に入れた上で、いくつかの視点を提示したい。
まず第1のポイントは、国家間、州間の競争の激しさの違いである。ラテンアメリカは広大な面積を持つ割には、人口も少ない。食料、鉱物資源等も豊富で、飢えで死ぬこともない。ブラジル、メキシコ、コロンビア、アルゼンチンなどの“人口大国”、ペルー、ベネズエラ、チリ等の“人口中国”、その他は、“人口小国”である。お互いに独立した存在なので、激しい競争意識もない。その点、アジアは、中国やインドのような人口大国、日本、韓国、シンガポールのような先進国があり、残りの国も、特に資源に恵まれていることもなく、お互いに競争しないと生きていけない環境にある。そこで輸出にしても、投資誘致にしても他国に打ち勝つ必要がある。例えば、中国のような大国でも投資誘致に積極的であり、省間、都市間の競争意識は極めて高い。ASEANの国々では、うかうかしていると外資は他国に取られてしまうことになる。これに対して、ラテンアメリカでは様相が異なる。 メキシコやブラジルは、競争相手がいない。他の中規模の国や小規模の国でも外資誘致の重要性や輸出振興の必要性を主張はするものの、今一、切実性が無いことになる。
第2の点は、第1の競争の無さと関連するが、ラテンアメリカの政府の輸出振興政策や投資誘致政策も一貫性が無く、PROCHILEやPROEXPORTなどの例外を除き、継続して政策を実施する国が極めて少ない。予算も少ないし、人材も十分ではない。トップの意向により頻繁に組織が変わったり、機能が変わったりする。その点、アジアの諸国の政府は、輸出振興・投資誘致の重要性を十分に認識しており、継続的、組織的に予算や人材を配置している。
第3の点は、発想の違いがある。国によって異なるが、アジア諸国の場合、総じて、輸出振興や投資誘致を図るには、それ相応の努力をする必要があり、努力をすればするほど、成果が上がると考えているという印象を受ける。他方ラテンアメリカ諸国はやや異なるようである。ブラジルやアルゼンチンは、自国のポテンシャリテイに自信を持っているせいか、外資は、机に座っているだけで、来るものだと考えているようだ。確かに座っていても来る場合もあるが、もっと継続的かつ組織的に努力をすれば、さらに一層外資がやって来るし、国の発展や雇用の創出に役立つと真剣に考えない感がある。輸出振興に至っては、自国の産品の魅力につき海外に知らせる必要があるが、その担い手である輸出振興機関の活動に限界があれば、輸出の伸びは望めない。その点、アジアの諸国の場合は、自国の産品の売り込みに熱心である。日本の展示会・見本市を覗けば、すぐに理解できよう。
筆者は、チリのサンテイアゴ駐在時代、イタリアのミラノ駐在時代、ブラジルのサンパウロ駐在時代に、それぞれ、「外資を誘致するにはどうすればよいかについて」それぞれの政府に提言してきた。サンパウロ駐在時代の2004年4月に、「ブラジルに外資を導入するには」という15ページのレポートを作成し、ポルトガル語、スペイン語に訳して、ブラジルの投資誘致関係者やマスコミに送付した。そのレポートを読み返してみると、驚くことに今でもほとんどの内容がまだまだ有効である。入手ご希望の方は、桜井までご連絡をいただきたい。(teisakurai@gmail.com)
以上