執筆者:桜井悌司氏
(日本ブラジル中央協会常務理事)

 

2014年8月に、当時教鞭をとっていた関西外国語大学の職員等7名と一緒に、スペインのサンテイアゴ・デ・コンポステラに巡礼に出かけた。サリアという小さな町から、120キロを5日間かけて歩いた。田舎道で、ひまわり畑、果樹園、牛や馬の中を毎日、25キロ程度を歩いた。非常に新鮮な経験であったが、その時、気がついたことがいくつかあった。欧州諸国では、当然ながら地元のスペイン人が圧倒的であるが、イタリア人、ドイツ人等も多いこと、アジア諸国の中では、韓国人が、ラテンアメリカ諸国では、ブラジル人の巡礼者が多いことであった。

 

「サンテイアゴ巡礼とは」

キリスト教徒にとって、聖地巡礼の3大地と言えば、エルサレム、ローマ、サンテイアゴ・デ・コンポステラということになっている。サンテイアゴとは、ラテン語で聖ヤコブのことで、英語ではジェームス、フランス語ではジャック、イタリア語ではジャコモである。ぺトロと共にキリストの最初の弟子の1人、スペインでの守護聖人である。巡礼は、11世紀後半から始まり、12世紀に年間50万人から100万人くらい訪れたという。その後、下火になったが、19世紀後半に聖ヤコブの遺骸が見つかり、徐々に盛んになってきた。

下記に掲載の最新の2018年の巡礼統計で、概要を見てみよう。巡礼は、徒歩、自転車、馬等が認められているが、徒歩の場合、100キロ、自転車や馬の場合、200キロを進行すれば、終点のサンテイアゴ・デ・コンポステラの巡礼事務所で「巡礼証明書」を受け取ることができる。事務所による証明書発行人数が下記のものである。巡礼の道は、フランスの道、(全体の57%)ポルトガルの道(21%)、北の道(6%)、銀の道等がある。最も人気のあるフランスの道は、フランスの国境のサン・ジャン・ピエ・ド・ポーからスペインに入り、ロンセスバリエスから、800キロの道のりを歩くことになる。ほとんどが宗教関連の動機であるが、私たちのようにキリスト教徒は関係なく巡礼する人も、26,834人(全体の8.2%)にも達している。

出発地として最も多いのが、私たちも出発地としたサリアで、全体の27%を占める。やはり、120キロという最も短く効率的に巡礼証明書がもらえるからであろう。時期は夏場が最も多く、8月がピークである。

下記の表は、2018年の統計であるが、前述の私の印象が、ある程度正しかったことがわかる。1位は、スペイン人で、以下イタリア、ドイツと続くが、ヨーロッパ諸国が、ベスト10の内、7か国を占めている。ヨーロッパ以外では、米国の4位、韓国の9位、ブラジルの10位の3カ国である。ちなみに日本は、25位で1,477人であった。

サンテイアゴ・デ・コンポステラ巡礼者の国別ランキング(2018年)

順 位 国  名 巡礼者数(人) シェア%
スペイン 144,141 44.0
イタリア 27,009 8.3
ドイツ 25,296 7.7
米国 18,582 5.7
ポルトガル 14,413 4.4
フランス 8,775 2.7
英国 7,624 2.3
アイルランド 7,548 2.3
韓国 5,665 1.7
10 ブラジル 5,601 1.7
15 メキシコ 3,578 1.1
16 アルゼンチン 2,907 0.9
21 コロンビア 2,070 0.6
25 日本 1,477 0.5
合計 327,378 100.0

出所:巡礼事務局統計

 

次に、偉大なるカトリック教大陸であるラテンアメリカからの巡礼者数を見てみよう。巡礼事務局は2004年以降、詳細な国別巡礼者の数字を発表しているが、ここでは、2005年、2010年、2015年。2018年の数字で、4大国のブラジル、メキシコ、アルゼンチン、コロンビアからの巡礼者数をみてみよう。理解できることは、ブラジル人が圧倒的に多いことである。また全体の順位でも8位から12位の間で推移していることがわかる。2位以下もメキシコ、アルゼンチン、コロンビアとラテンアメリカの人口大国が入っており、順位もそれほど変化が無い。

 

ラテンアメリカ主要国の国別巡礼者数と全体のランキング

国 名 2005年 2010年 2015年 2018年
ブラジル 1,163 ⑫ 2,124 ⑧ 3,538 ⑪ 5,601 ⑩
メキシコ  473  ⑰ 1,444 ⑯ 1,768 ⑰ 3,578 ⑮
アルゼンチン  278  ㉒ 1,125 ⑳ 1,530 ⑲ 2,907 ⑯
コロンビア  148  ㉗   748 ㉔   823 ㉗ 2,070 ㉑
巡礼者総数 93,924 272,135 262,516 327,378

出所:巡礼事務局統計

 

「何故ブラジル人の巡礼者が多いのか}

では、何故ブラジル人巡礼者の数が多いのであろうか?巡礼中の何人かのブラジル人に聞いてみると、ほとんどの人が、ブラジル人の小説家の「パウロ・コエリョ」の「星の巡礼を」読み触発されたという回答が返ってきた。道中、アフリカ系の中年の太り気味のブラジル人女性2名に声をかけた。途中で足が痛くなったということで、医者からもらった薬を差し上げると喜んでいた。彼女たちも「星の巡礼」の影響であった。もちろん、それだけではなく、人口2億人を超え、ほとんどがカトリック教・プロテスタント教徒であること、ブラジルからスペインやポルトガルに行く方がニューヨークより近いという地理的有利性も考えられるのは当然だ。

ところで、パウロ・コエリョは、1947年、ブラジルのリオで生まれで、おそらく、日本でもっとも有名で、たくさん読まれているブラジルの小説家である。作品には、処女作の「星の巡礼」、「アルケミスト」、「ピエドラ川のほとりで私は泣いた」、「第5の山」、「ベロニカは死ぬことにした」等が日本語に訳されている。私も3~4冊読んでみたが、面白い。2007年には「アンデルセン賞」を受賞している。

「星の巡礼」は、1987年に発表された小説で、原題は「O Diario de um Mago」(魔法使いの日記)である。彼は、世界中を回っているが、この小説も、サンテイアゴ・デ・コンポステラの巡礼の道を歩いた体験から執筆している。この作品は、発表当時、必ずしも評判を呼んだわけではないが、徐々に評価され、各国語に翻訳されるようになった。この原稿の執筆を機会にもう一度読んでみると、ブラジル人が何故サンテイアゴ巡礼にあこがれるかが理解できた感じがした。

ストーリーを紹介すると、1492年に8人の騎士によって創設された「RAM教団」に属する私、パウロは、魔法使い(Mago)になる最終試験に落第し、「聖なる剣」を受けることができなくなり、サンテイアゴ・デ・コンポステラ巡礼で、それを探し求めるというものだ。イタリア人のガイドのぺトラスに連れられ、フランス領のサン・ジャン・ピエ・ド・ポーから800キロの道のりを巡礼する。その間、種子の実習、スピードの実習、冷酷さを知る実習、水の実習、青い天空の実習、生きたまま葬られる実習、RAMの呼吸法、影の実習、音を聞く実習等各種の実習を重ねたり、滝からの脱出や犬の襲撃等の各種試練を体験し、最後に、悟りを開き、「聖なる剣」の入手に成功するという話である。途中の通過地であるプエンテ・デ・レイナ、ログローニョ、ドミンゴ・デ・カルサーダ、アストルガ、エル・セブレロ峠などの紹介があり、巡礼をするブラジル人にとっては、格好のガイドブックともなる。

ブラジル人巡礼者を見つけるのは比較的簡単である。ブラジル国旗を巻いて巡礼したり、ブラジルカラ―の黄色や緑のTシャツを着ているからである。信心深く、善良で、真面目で、我慢強いブラジル人巡礼者、、星の巡礼の主人公のように夢とチャレンジを求めるブラジル人巡礼者を見ることは楽しい経験であった。それはあたかも、ブラジル国旗に掲げられた「秩序と進歩」(Ordem e Progresso)を体現するツアーのようでもあった。