執筆者:山本 綾子 氏
『ブラジル・カルチャー図鑑』編著者

  • 大学院を受験するまで

 

2008年3月、ブラジルでの生活が始まりました。いつかブラジルの大学院で学ぶことができたら、という思いは抱いていましたが、ポルトガル語もブラジル社会についてもほぼ知識ゼロの私は、まずは語学学校に通い始めました。そして、少しずつ、ブラジル社会や文化について調べたことを、現地の日本語の雑誌やネットなどの媒体で発信する活動を始めました。そのうち、コンサルタント会社や旅行会社からお誘いいただき手伝いを始めました。そうした活動の積み重ねから、原稿依頼や日本企業からの調査依頼を受けることも増え、2012年末にはブラジル政府の協力を得て、ブラジル文化を幅広くまとめた『ブラジル・カルチャー図鑑』を日本で出版する機会を得ました。この本の執筆・編集にあたっては、数えきれない程のブラジル人に取材し、膨大なメールや電話でのやり取り、調整作業を行いました。思えば、この本の執筆がブラジル文化をさらに深堀したいと考える原点になったのかもしれません。

 

とはいっても、大学レベルのポルトガル語力が身についたわけでもなく、一般外国人の特別枠や英語受験などの対応が稀なブラジルの大学に入学することは、交換留学生でもない自分にとっては高いハードルでした。もとより、それまで住んだサンパウロやベレンでは、治安の悪い地域を朝夕構わず通学することになる点も気になっていました。

 

そんな折、2014年に首都ブラジリアに転居。たった50数年前に作り上げられた巨大な人工都市は車の移動がスムーズで、治安や住環境も比較的よく、街の中心に国立大学であるブラジリア連邦大学(以下、UnB)がありました。ブラジル生活も7年目を迎え、諦めかけていた夢をふと思い出し、ネットでの調査やブラジルで修士を取得した友人への聞き込みを始めました。ブラジルの大学院で学ぶには、主に次の3つの方法があることが分かりました。

 

1) Stricto Sensu:修士号(Mestrado)取得コース、博士課程(Doutorado)へ進む道。

2) Lato Sensu:Especializaçãoと呼ばれ、日本にはない枠組み。専門資格取得にはなるが、

ブラジルでは修士号取得とはみなされない。MBAもこれに含まれる。

3) Aluno Especial:特別生徒。正規の生徒でなく日本の聴講生に近い。単位は取得可。

 

正規学生とされるコースは1) Stricto Sensuか2) Lato Sensuですが、母国語が異なる外国人にはまずLato Sensuが勧められます。ところが、私が専攻を考えていたUnBの観光学部ではあいにくLato Sensuはなく、その代り3) Aluno Especialのコースがありました。

 

聴講生に近い特別生徒といっても、必要書類を揃えた上で応募し、審査と面接があります。必要書類は外国人の場合は異なり、募集要項には細かく明記されていないため、たまたま知り合いであったUnBの先生に尋ね、直接、正確に(←これがポイント!)確認しました。学部・専攻によって異なるケースもあるようですが、私の場合は一時帰国の際に次の書類を準備する必要がありました。

 

  • 日本で卒業した大学の卒業証明書と成績証明書(ともに英文)
  • 1) の書類を日本の外務省窓口で証明してもらう(公印確認、無料)。

参考:https://www.mofa.go.jp/mofaj/toko/todoke/shomei/index.html

  • 2) の書類を在日本ブラジル総領事館で認証してもらう(Autenticação、有料)。

参考:http://cgtoquio.itamaraty.gov.br/ja/_rrrrrrrrrr.xml

 

さらに、加点される可能性を期待して、1) の証明書2種類に加え、日本の大学で取得していた学芸員資格の証明書も発行してもらい、全ての手続きをブラジリア転居直前の一時帰国の際に行いました。この一連の作業が大変な手間で、全書類が整ったのはブラジルへ戻るギリギリ前日。一つでも不足していると受験資格を失うことになるので、これら書類一式は機内に持ち込み、パスポートと一緒に肌身離さずブラジルに戻りました。

 

ブラジリアに転居直後は年2回しかない応募時期にあたったため、ホテル住まいの時から大学へ通ってAluno Especialに申し込み、書類審査(履歴書、志望動機など)と面接を行いました。ちなみに、日本から持ってきた必要書類一式をコピーして提出する場合、必ずCartório(公証役場)へオリジナル書類を持って行き、それが偽コピーではないということを証明するCópia autenticadaを作成取得する必要があります。ブラジルはなんでも融通がきく国のようで、公式書類に対しては本当に厳しいと実感しました。

 

  • Aluno Especial(以下、聴講生)時代

結果は合格、めでたく大学院生の仲間に入れてもらうことになりました。語学力は稚拙なものですが、これまでのブラジル文化や旅行に関する数々の執筆記事や取材経験、「外国人だからできる」と訴えた研究テーマが評価されたようでした。授業がはじまると、内容は文化人類学から哲学、ジェンダー学と幅広く、ブラジル人学生の論理展開は理解不能。授業中はほぼ沈黙という劣等生ぶりで、そもそもクラスの中で外国人は自分一人でアウェイ感たっぷりでした。ただ、聴講生になることで、毎週クラスに参加して学科の先生の専門を知ったり、クラスメイトの研究内容について聞くことができました。他の聴講生の大多数が大学院受験を目指していることを知り、日々プレッシャーも受けました。劣等生ではありましたが、コース最後のSeminárioとよばれる各自の研究を発表するゼミでは、それまでの取材経験や調査技術をいかしたプレゼンや発表内容を評価してもらえました。

 

初めての大学院生活はそんなスタートを切り、半年間の講義2コマ(1コマ約4時間)を終え、無事に計8単位を取得することができました。そして、仲良くなった先生やクラスメイトの勧めに勢いで乗ってしまい、無謀にも正規枠であるStricto Sensu受験を決断しました。(・・・続く)

 

ブラジリア連邦大学観光学部の校舎。地元木材を使ったコテージ風建築で有名。

課題文献。文化人類学から社会学、哲学まで幅広い。