執筆者:桜井 悌司 氏(日本ブラジル中央協会常務理事)
今年の4月に、「チリワインは何故日本市場で成功したか」というレポートを執筆した。
(https://latin-america.jp/archives/34953 )
チリワインは、輸出量で、2015年に初めて、日本市場でフランスを抜き、堂々1位となり、その後も差を広げている。そのレポートの中では、一般的に言われている4つの理由(①安くて美味しい、②関税が低い、③ブドウの病気が無い、④環境に適応したマーケテイングを行った〉を紹介した後に、それだけでは、難しい日本市場を攻略することは難しいとし、さらに次の7つの要因を挙げた。①日本のワイン消費量の急激な伸び、②チリワインの生産量と輸出量の飛躍的な伸び、③多数の外資系ワイナリーの進出、④海外市場開拓に熱心なチリのワイナリーと日本の有力輸入代理店との結びつき、⑤パイオニア的な役割を果たした個人の活動、⑥ジェトロの貢献、⑦プロチレ(チリ貿易発展局)の地道な活動と偉大なる貢献である。これらの要因を、ブラジルワインに当てはめてみると、何が問題なのかが自ずとヒントが出て来る。
最初に、ブラジルワインの世界の生産上の位置づけをみよう。世界ワイン協会の2017年統計によると、ブラジルは、堂々世界第14位の生産国にランクされている。(表1参照のこと)ここ数年でワインの生産量を急激に増加したと考えられる。南半球のワイン大国、オーストラリア、アルゼンチン、南ア、チリはベスト10に入っている。ニュージーランド・ワインも有名だが、16位で、ブラジルの方が上回っている。一方、輸出のランキングで見ると、ニュージーランドを含めた5大ワイン生産国は、すべてベスト15に入っている。(表2参照のこと)ブラジルは、ベスト25にも入っていない。しかしワイン輸出の新興国であるので、まだ熱心に海外に売り込む体制に無いのであろう。その分、今後、期待が持てると言えよう。
表1 世界のワイン生産量ランキング 2017年
順位 | 国名 | 生産量、hl | 順位 | 国名 | 生産量hl |
1位 | イタリア | 39.3 | 12位 | ロシア | 5.6 |
2位 | フランス | 36.7 | 13位 | ルーマニア | 5.3 |
3位 | スペイン | 33.5 | 14位 | ブラジル | 3.4 |
4位 | 米国 | 23.3 | 15位 | ハンガリー | 2.9 |
5位 | オーストラリア | 13.9 | 16位 | ニュージ―ランド | 2.9 |
6位 | アルゼンチン | 11.8 | 17位 | ギリシャ | 2.5 |
7位 | 中国 | 11,4 | 18位 | セルビア | 2.3 |
8位 | 南ア | 10.8 | 19位 | オーストリア | 2.4 |
9位 | チリ | 9.5 | 20位 | モルドバ | 1.8 |
10位 | ドイツ | 8.1 | 21位 | ブルガリア | 1.2 |
11位 | ポルトガル | 6.6 | 22位 | ジョージア | 1.1 |
世界計 | 246.7 |
出所:世界ワイン協会(OIV)
表2 世界のワイン輸出国ベスト15 2017 単位:10億ドル,9位以降百万ドル ( )内シェア%
順位 | 国名 | 金額 | 順位 | 国名 | 金額 |
1位 | フランス | 10.3
(29.1) |
9位 | ポルトガル | 879.3
(2.5) |
2位 | イタリア | 6.8
(19.1) |
10位 | アルゼンチン | 806.9
(2.3) |
3位 | スペイン | 3.3
(9.2) |
11位 | 英国 | 721.7
(2.0) |
4位 | 豪州 | 2.1
(5.8) |
12位 | 南ア | 716.9
(2.0) |
5位 | チリ | 2.0
(5.7) |
13位 | 香港 | 567.2
(1.6) |
6位 | 米国 | 1. 5
(4.2) |
14位 | シンガポール | 476.7
(1.3) |
7位 | ニュージーランド | 1.2
(3.4) |
15位 | 中国 | 436.1
(1.2) |
8位 | ドイツ | 1.1
(3.2) |
出所:世界ワイン協会(OIV)
次に、ブラジルのワインとスプマンテの2018年上半期の輸出状況をみてみよう。IBRAVIN〈ブラジルワイン院〉と APEX-BRASILの発表によると、2018年上半期のワインとスプマンテの輸出量と輸出額は下記の表3の通りである。いずれも、前年同期比で大きく伸びていることが理解できる。とりわけスプマンテの輸出量の伸びは注目に値する。現在42の企業が29カ国に輸出している。まだまだ輸出量・額は少ないが、潜在能力は十分あると考えられる。国別でみると、表4の通りであるが、注目すべきは、ワイン大国の米国やチリにも輸出していることである。日本はワインの輸出先で第5位となっている。
EUとのFTAが締結された結果、2019年からワインの関税が0%となる。チリからのワインの関税も同様である。これらのことは、ブラジルのワイン輸出に不利に働くことになる。メルコスルとのFTAの交渉を早急に開始して欲しいものだ。
表3 ブラジルワインとスプマンテの2018年上半期の輸出量・額
種類 | 輸出量リットル | 伸び率% | 輸出額ドルFOB | 伸び率% |
ワイン | 1,450,301 | 37.84 | 3,013,070 | 33.60 |
スプマンテ | 142,836 | 61.21 | 631,671 | 29.23 |
合計 | 1,593,137 | 39.28 | 3,644,741 | 32.87 |
出所:MDIC(開発商工省)
ブラジルワインとスプマンテの国別輸出ランキング(2018年上半期)
ワイン+スプマンテ合計 | ワイン | スプマンテ | |
1位 | パラグアイ | パラグアイ | チリ |
2位 | 米国 | 米国 | シンガポール |
3位 | チリ | コロンビア | ポーランド |
4位 | 英国 | 英国 | 米国 |
5位 | シンガポール | 日本 | 中国 |
出所:MDIC(開発商工省)
以下、私の独断と偏見で、ブラジルワインが日本市場に受け入れられるにはどうすればいいかを7つの提言をしたい。なお本稿の意見は、全く個人の意見である。
作戦1 ブラジル人自体が、ブラジルワインの良さを認識し、自信を持って人に勧めるようにすること
ブラジルでレストランに行くと、ブラジル人はまずブラジルのワインを注文しないで、チリやアルゼンチン等のワインをオーダーする。それはすなわち、ブラジル人が自国のワインを信頼していないことを意味する。チリワインの調査で分かったことは、ブラジルはチリから膨大な量のボトルワインを輸入していることである。2018年の統計によれば、ブラジルはチリから50,557,837キロリットル、価格にして、145,273,695ドルを輸入している。同じ時期の日本のチリワインの輸入は、56,733,542キロリットル、159,588,985ドルであったが、日本とほぼ変わり
ないくらいの輸入である。ブラジル人が、ブラジルワインを信頼するようになるのが第一の課題であり、絶対的に必要な条件である。そのためには、ブラジル国内で、ブラジルワインの消費キャンペーンなどを組織し、消費者に対する教育を行うことが望まれる。ブラジル人が信頼しないワインを外国人に飲んでもらおうと考えるのはやや不自然である。
作戦2 ブラジルにも良質のワインが生産されていることを日本人消費者に知らせること
チリワインも、私が駐在していた80年代には、バルクワインが主流で、何とかしてボトルワインの輸出を図りたいと苦慮していた。今から30数年前の話である。それが、官民挙げての努力の結果、世界や日本市場に確固とした地位を築いたのである。日本市場におけるブラジルワインの存在は、30年前のチリワインの存在とよく似ている。
ブラジルのワインもブラジル駐在経験者であれば、ある程度知識を持っていようが、日本の一般大衆からみると、「ブラジルでワインを生産しているの?」ということになる。ブラジルにも大きなワイナリーが存在し、おいしいワインを生産している。ブラジル南部には、ワインメーカーのアウローラ社、サルトン社、ミオロ社、シヌエロ社等である。また北部のサンフランシスコ・バレーでもワインができる。スプマンテもおいしい。
しかし、日本人や中国人、アジア人は、ブラジル産ワインについての知識や認識がほとんど無いと言っても言い過ぎではない。ブラジルと言えば、リオのビーチやアマゾンを思い浮かべる。熱帯地区のイメージである。ワインと熱帯のイメージはうまく結びつかない。また前述のようにブラジルが世界第14位のワイン生産国であることも知らない。ブラジルは暑い地域だけではなくブドウの栽培に適した気候や環境に恵まれた地域がたくさんあることをもっとアピールすべきである。また暑い気候の中で、冷たいスプマンテを飲むイメージも定着させたい。このような例だけでもわかるように、ブラジルワインの普及はゼロからの出発と考えたほうが良い。ある特定国に新規商品の売り込みを図ろうとする場合、相当なエネルギーを必要とする。ワインの場合、ブラジルワインが既存の輸出国のワインとどこが違うのか、味、品質、価格、原産地表示等々を1から紹介することになる。相当の忍耐力が要求される。
作戦3 売り込み先のターゲットを絞る
ブラジルはワインの売り込みにかけては、後発グループとなるので、すでに進出しているワイン輸出大国の動向を調査し、輸出対象国の選定、調査、どのような消費者を対象とするのか、それによってワインの価格帯等を詳細に調査する必要がある。またブラジルワインの特徴やアイデンティティは何かも追及することが要求される。ブラジルのワイナリーはおそらくチリのようにフレキシブルではないので、安価なワインの輸出は難しいかもしれない。そこで、中高級ワインで攻めるのが適当と言えよう。しかし、中高級ワインは激戦区である。ブラジル人輸出業者は往々にして、日本市場がダメでも欧米市場があると考えがちだが、日本市場を攻略すれば、後ろに広大なアジア市場が控えていると考えたほうが良い。
作戦4 官民挙げての販売促進活動を組織的、継続的に行う展示会への参加、ワインミッションの派遣 ビジネス・マッチングの開催、日本人のワイン関係ジャーナリスト・有名人の招へい、ブラジルワイン紹介の書籍の発行、映像プログラムの作成、ブラジルグルメとワインの紹介
チリワインが日本市場で成功したのは、チリ政府の輸出振興機関であるプロチレの貢献が大きい。プロチレがチリワイン協会やワイナリーと協力して、組織的、計画的、継続的に日本市場にアプローチをかけたことを忘れるべきではない。その努力が、対中国市場への攻略にも役立ったに違いない。中国はチリワインの最大の輸出国である。ブラジルは食材が豊富なので、ワインはそれら食材の1つ、それもそれほど重要ではない品目に入るだろう。それゆえに、前述のように、ブラジルにも美味しいワインが存在するというイメージ作戦から開始し、きめ細かいマーケテイングが必要なのである。また見本市に参加した後には、しっかりとフォローアップを行い、次回の展示会に繋げるという努力が必要である。
ブラジルは、日本最大の国際食品・飲料見本市にもブラジルの輸出振興機関であるAPEX-BRASILが出展し、ワイナリーも参加している。2001年以降、19回の開催のうち、18回の参加で、支援対象企業は、434社に上っている。ブラジルは、独自のパビリオンに加え、ジェトロのODAプログラムにも、2001年、2002年、2005年、2006年の4か年で、合計28社が出展している。主要な出展物は、コーヒー、ビール、カシャサ、ワイン、グアラナー、オレンジジュース、アサイー、チーズ、チーズパン、冷凍農産品、ビスケット、冷凍肉、胡椒、ボンボン、キャンデー、蜂蜜、プロポリス等である。APEXや在日ブラジル大使館は、日本市場攻略の積極的に活動しているが、今までの経験を一度総括・分析し、今後の活動展開の検討を行うことが必要である。
まず最初にやるべきことは、在京ブラジル大使館が、日本のブラジルワインのすべての輸入代理店を集め、どうすれば、ブラジルワインやブラジルの飲料の対日売り込みを図るかにつき、定期的に意見交換を行い、議論結果を本省やAPEX-BRASILにも連絡し、極力実行に移すことである。そして、上記にあげたような手法を駆使して、プロモーション活動を図るようにすべきである。
作戦5 日本のワインの有力輸入代理店や主要ワイナリーをブラジルに招聘し、ブラジルのぶどうの栽培環境やワインの生産環境を視察してもらうこと
ワイン・ジャーナリストや評論家にブラジルのワイン産業を視察してもらうのは有意義なことであるが、それよりもっと重要なことは、実際にワインを輸入する代理店やワイナリーの関係者をブラジルに招聘し、実際に見てもらうことである。何故ならラテンアメリカ、とりわけブラジルは実際に現場を見ないとわからない国であるからだ。日本の洋酒輸入組合や日本輸入ワイン協会と協力し、メンバー企業をWines of BrazilやAPEX-BRASILが招待するという方法である。招待の条件は、お互いに話し合って合意すれば良い。
作戦6 優秀な外資系ワイナリーを誘致する
チリワインの成功の秘訣の1つは、フランス、スペイン、イタリア等の外資系の有料ワイナリーがチリに投資していることがあげられる。外資は、高度な醸造技術をもたらすだけではなく、世界市場でのマーケテイングにも長けている。ブラジルでワイナリーを始めたのは、イタリア系やドイツ系等の移民であるが、ブラジル政府としては、新しい技術を持った外資のワイナリーの誘致ももっと積極的になるべきであろう。
作戦7 日本のブラジルレストランでは、ブラジルワインを積極的に提供する
ここ数年、代表的なブラジルの料理であるシュラスコをメインとするシュラスカリアが東京を中心に急激に増加している。2000年初めには、イタリア料理がブームになり、イタリアワインの輸入が伸びた時期が思い出される。 このような動きはブラジルワインにとっては追い風となる。シュラスカリアでは、ブラジルワインを提供するレストランもあるが、そうではないところもある。レストランが自分たちの裁量でどこの国のワインを採用するかを決定するのは当然であるが、やはり、ブラジルレストランであるからには、カイピリーニャに加えて、ブラジルワインをワインリストに加えてもらいたい。在京のブラジル大使館等が率先して、その説得に当たることが望まれる。レストランのハウスワインは、是非ともブラジルワインにしてもらいたいものだ。もちろん、輸入業者は、競争力のある条件をレストラン側に提示することが必要である。 少し前に、銀座8丁目にあるCAFÉ PAULISTAに出かけた。「銀ブラ」という言葉を広めさせた1911年創業のカフェである。ここのメニューに、サルトン社のクラシック・シャルドネ2015のグラスとキッシュの組み合わせメニューを1,100円で提供していた。このアイデアは素晴らしいもので、他のレストランも同様な方法で新しいメニューを提供してもらいたいところである。