2019年12月
執筆者:桜井 悌司 氏
日本ブラジル中央協会顧問

 

「日本文化の普及は誰が行うのか」

では、次に、日本文化の世界への普及・紹介は誰がやるべきであろうか? もちろん、日本国民の誰がやっていいし、日本文化に詳しい外国人の有識者がやってもいい。しかしながら、日本文化全般の組織的・系統的な普及となれば、当然ながら、予算、人材、組織力の問題が出て来よう。また日本文化の普及という重要な仕事ともなると組織的、計画的、効率的に行う必要がある。とすると、一番のプロモーターは、日本政府であろう。日本文化全体をどのように、どの地域に、どのような方法・手法で、どのくらいの予算で、どの領域の文化を普及・広報するのかという「日本文化の情報発信戦略」を策定する必要がある。日本政府による文化・言語普及関連機関と言えば、外務省、文部科学省・文化庁、国際交流基金である。これらの主要組織に加え、他の省庁も自分たちのカバー範囲の情報の発信を行うことができる。例えば、食文化の普及となると農林水産省が主役となるし、通商政策、製品、技術、サービスの分野となると経済産業省の出番である。大学間交流となれば、文部科学省が出て来るし、観光分野では、国土交通省の担当である。

また政府の独立行政法人の国際協力機構(JICA)も日本語普及に努めているし、日本貿易振興機構(JETRO)、国際観光振興機構(JNTO)等々、とりわけ海外に事務所を構えている政府機関の役割も重要である。

地方庁の役割も、原則地方情報の発信と言う制限はあるが、地方色豊かな文化情報の発信は重要である。

大学の役割も大切である。大学は、豊富な人材に恵まれている。日本文化に詳しい人材、外国語の堪能な人材がいる。外国の例のように、大学から大使館の文化担当官に転任するという道もあって良い。

文化団体、文化財団、経済団体、企業による活動も注目に値する。文化振興に関わる団体としては、日本財団、博報財団、稲盛財団、トヨタ財団、三菱財団、サントリー文化財団のような企業・団体が出資したものも多く、それぞれが独自に活動している。三井物産のように企業が単独でCSRの一環として文化活動を行っている例もある。その他NGO,NPOの活動も評価に値しよう。

個人による文化普及活動もますます重要度が高くなっている。今ほど個人による文化普及活動が容易になった時期はなかった。現在は、SNSの発達によって、誰でも世界に向けて自分の意見を発信できる。日本文化についても自由に発信できるのである。フェイスブック等を見てみても、日本語のみならず、英語、スペイン語、中国語等による投稿も増加している。問題は、個人の場合、調査や事実に基づかない情報やヘイト・メッセ^ジ等が簡単に発信され、拡散されるので、信ぴょう性に問題が生ずる場合があるので、要注意ではある。

「世界の主要国の文化予算の比較」

データは古いが、平成24年度・28年度に行われた文部科学省委託の「諸外国の文化政策に関する調査研究」によると、2015年の主要国の文化予算は、下記の表の通りである。予算額で見ると、フランス、韓国、英国、ドイツ、米国、中国、日本となっている。国家予算に占める割合では、韓国、フランス、ドイツ、中国、英国、日本、米国の順である。最後に2008年から2015年の過去7年間の伸びを見ると、韓国、中国、ドイツ、フランス、日本、米国、英国となっている。現在日韓関係は最悪ではあるが、韓国が文化普及。対外情報発信にいかに力を入れているかが理解できよう。国力に比して、日本の文化予算が非常に少ないことが理解できる。本来、日本人は、対外情報発信が得意ではないのに加え、予算、人員等少なければ、日本文化の普及は極めて難しいと言えよう。

 

「主要国の文化予算額、2015年」

国名 予算額(億円) 国家予算に

占める割合%

2008年~15年

過去7年間の伸び率%

フランス 4,640 0.87 2.3
英国 1,992 0.15 △1.9
ドイツ 1,788 0.44 2.5
米国 1,673 0.04 0.1
中国 1,219 0.26 9.0
韓国 2,653 0.99 10.2
日本 1,037 0.11 0.3

出所:平成 24 年度 文化庁委託事業  諸外国の文化政策に関する調査研究

(平成 28 年度一部改訂)

 

「国際交流基金の紹介」

日本政府機関の中で、日本文化の普及・交流を担うのは、国際交流基金である。諸外国の有力な文化・言語普及機関と比較するのがベストであるが、データが無いので、国際交流基金のみを簡単に紹介する。基金は、国際文化交流を実施する日本で唯一の専門機関である。1972年に外務省所管の特殊法人として発足し、2003年に独立行政法人となった。現在、役職員数は、265名で、国内には、本部の他、2つの関係機関がある。1つは「日本語国際センター」であり、もう1つは「関西国際センター」である。海外の拠点は、24か所25拠点と世界にネットワークを張っている。ラテンアメリカでは、メキシコシテイとサンパウロに拠点を持っている。(スペインのマドリードにもある)日本文化の普及という重要なミッションを担っている割には、予算もマンパワーも少ないと言えよう。

 

「では、具体的にどのように日本文化の普及を行うのか?」

では、具体的にどうすれば、日本文化を世界に普及させることができるのであろうか?考えられ得ることを列挙してみよう。

 

政府・政府機関としてやるべきこと
  • 日本文化の具体的情報発信のための全体・国別戦略を策定すること。
    日本人は、歴史を見てみても偉大なる他文化吸収者であった。遣隋使、遣唐使の昔から、あるいはそれ以前から、明治時代の欧米文明・文化の吸収、第2次世界大戦後の復旧時での外国文化吸収等々である。文化のGIVE&TAKEでいくと圧倒的にTAKE  が多いという印象である。世界第2位の経済大国(今は世界第3位)になってからも、日本文化の情報発信に必ずしも熱心でなかった感がある。本来、世界第3位の経済大国であれば、それ相応の文化の情報発信をすべきであるが、必ずしも十分実行に移されな感がある。この辺りで、日本として全世界及び国別対象の文化普及戦略を策定してもらいたいものだ。当然ながら、戦略策定に当たっては、前述した世界水準を大きく下回る予算ではなく、第3位の経済大国にふさわしい予算措置が必要となる。現在、日本の場合、国家予算に占める文化予算は、0.11%であるが、せめてドイツ並みの0.44%程度には増額してもらいたいものだ。全体計画のみならず、大陸別・国別のきめ細かい文化普及戦略も必要である。
  • 日本語普及戦略を策定すること
    言語の普及が文化普及の重要な項目であることは前述したが、予算的にも人材的にも十分な措置が講じられていない。おそらく、日本語は日本でしか話されていない、あるいは、外国人にとって難しい言語であるとかの理由によって、初めから諦めていたような印象である。ブラジルは日系人が190万にと言われているが、3世以降は、徐々に日本語学習から離れていく。加えて日本語を教える人材も不足している。その背景には、日本語教師の経済的待遇が低く、なり手が減少していると言われている。2019年6月に、「日本語教育推進法」が国会で通過したが、どのように活用されるのかを注視したい。日本語を普及させるには、日本語を教える日本人教師や外国人教師が必須であるが、組織的、系統的に育成するプログラムが必要である。国際交流基金やJICAのイニシアテイブで解決されることが望まれる。

 

2019年10月に、国際交流基金は、「2018年度海外日本語教育機関調査」を発表した。全世界142カ国・地域(前回は2015年度で、137カ国・地域)を対象としたものであるが、ここでは中米と南米の動きを見てみよう。

項  目 中   米 南   米 世   界
教育機関数 2015

2018

102

168(64.7%増)

481

501(4.2%増)

16,179

18,604(15.0%増)

教師数   2015

2018

424

642(52.4%増)

1,719

1,838〈6.9%増〉

64,108

77,128〈20.3%増〉

学習者数  2015

2018

11,637

17,367(49.2%増)

38,152

42,226(10.7%増)

3,655,024

3,846,773(5.2%増)

 

この統計から、いくつかの興味ある点が理解できる。メキシコ(中米の中に入っている)は、自動車産業を中心とした日本企業の進出の結果、日本語ブームが起こったものと見られる。ブラジルを中心とする南米は、教育機関数、教師数の伸びが世界平均を下回っていることがわかる。南米の教育機関数501の内、ブラジルは380を数える。

 

  • 各国で「文化・情報発信懇話会」のようなものをつくる
    国別の文化や情報発信の戦略・戦術を策定する上で、最も手っ取り早いのは、在外日本大使館、総領事館、政府機関、日本人商工会議所等日本からの進出企業の代表、日系コロニアの代表等が定期・不定期に集まり、日本文化の普及や情報発信についてインフォーマルに集まり、意見・情報交換をする「文化・情報発信懇話会」のような場を設けるというアイデアである。過去に、ビジネス情報を中心として、意見交換の場として、大使館と商社、メーカー、金融機関等進出企業との間に「懇話会」のような機会が設定されていたが、それの文化普及・情報発信版をつくるのである。大使館からは、日本政府が考えていることや大使館の文化普及・情報発信方針を説明し、必要な情報を提供し、企業等の参加者からも意見・情報収集を行うというものである。ラテンアメリカ諸国を見た場合、政府機関の事務所が無いとか進出日本企業が少ないという問題はあるが、各国の実情に応じて組織すればいい。
  • 日本文化の各分野のエキスパートのリストアップを行う。
    前述のように、文化の範囲は広大なため、日本文化全体のエキスパートを発掘するのは難しいと思われる。それでも、
    *各分野の日本人有識者で外国人にうまく紹介できる人材をリストアップする。
    *海外の日本文化研究者や知日派の文化人をリストアップする。
    *日本全国でビジネス、文化の面で活躍している外国人や例えば、NHKの番組の「クールジャパン」の出演者等にも意見を聞く。
    *海外で活躍し、現地での知名度の高い日本人をリストアップする。

すでにリストアップを行っている所もあると思われるが、リストアップを行うと、全体戦略の中でどの分野のエキスパートが不足しているかがわかってくる。それに応じて、各種文化検定試験なども考えられよう。

  • 各地で知名度の高い日本人を活用すること
    テレビ朝日系で2018年に放映された「陸海空 地球を征服するなんて」という興味深い番組があった。その中で、世界のいろいろな国で有名な日本人を上げてもらいベスト10を探し出すという番組である。アンケート対象者の人選、数、やり方等で種々の問題はあるというものの大変興味深いことが指摘できる。スペイン、メキシコ、アルゼンチン、ブラジルの4カ国で有名な日本人ランキング・ベスト10を見ることができる。具体的な名前によるランキングを4カ国全体でみると、鳥山明(ドラゴンボールの作者)が4カ国、本田佳祐、3カ国、宮崎駿、3カ国、黒澤明、2カ国、三船敏郎、2カ国、となっている。また国ごとに知名度の高い日本人名が異なることも興味のある点である。現地に住み活躍している日本人も結構多い。彼らを活用できれば、大いに効果的な文化普及ができよう。詳細は、https://latin-america.jp/archives/34273 を参照のこと。 
  • 外国人に日本文化を語らせるようなメカニズムをつくる
    イタリア人は、外国人にイタリアやイタリア文化を語らせる達人である。もちろん、自分たちも相応にイタリア文化の普及に努力はするが、基本的にイタリアに憧れてやってくる外国人に語らせるのが得意である。日本もイタリア人のノウハウを習得し、外国人に如何に日本を語らせるかを真剣に学ぶべきである。パブリックリレーションズ(PR)の基本は、自分が語るのではなく、第三人者に語ってもらうことにある。
    外国からテレビ局のクルーが訪日する場合、日本側が全額出して招待する形式もあるが、外国テレビ局が独自にやって来る場合も多い。。訪日取材する場合には、滞在費など一部を負担して、取材協力をする方法は、結構成果を上げることができる。取材先のアポイントを取ったり、取材に当たってのアドバイスなども行う。ただし、支援するからと言って相手側にオブリゲーションを与えないようにすることが大切である。
  • インバウンド観光客の増加を図ること
    Visit Japanキャンペーン等で、訪日外国人の観光客が着実に増加してきた。このところ、日韓関係の悪化によって、韓国人観光客の訪日が激減しているが、趨勢として、外国人観光客は増加するものと思われる。日本を訪問する外国人にとっては、日本の自然、寺社仏閣等文化遺産の見学、茶道華道等日本の伝統的な文化鑑賞、歌舞伎、文楽、能、音楽等の文化・スポーツ活動、日本人の生活様式、食文化の理解等々、やってみたいこと、経験したいことがいっぱいである。 総じて、訪日する外国人の増加は、日本文化の理解に繋がる。外国人が日本でやりたいことも徐々に変化している。現在では、体験型のプログラムが歓迎されているようだ。
  • 日本文化普及大使を任命すること日本の都道府県がよく採用している制度である。主として、各都道府県出身者で、それなりの名士や何らかの貢献を行った主として日本人に「〇X大使」、「〇X観光大使」というタイトルを贈呈して、各都道府県のPRや情報発信に協力してもらうという方法である。この制度の長所は、ほとんど経費がかからない点である。この制度を活用して、日本文化に詳しい日本人や外国人にこの称号を与えて、日本文化の普及に協力してもらうとそれなりの効果がある。
  • 大使館、総領事館、政府機関は常に文化普及・情報発信に積極的であること
    現在でも、一生懸命にやっているが、さらに一層積極的に活動してもらいたい。

 

企業としてやるべきこと

 

  • 社員の文化理解度を高めるようにすること
    かなり以前から、企業の社会的責任(CSR)とかメセナ活動という言葉をよく聞く。
    企業の役割は、企業活動を通じて適正な利益を得ることは当然だが、文化活動にも力を入れている企業は、消費者やクライアントの観点から見て、余裕のある立派な企業という印象を強くする。そのイメージによってさらに優秀な社員も雇用することが可能となる。
  • 海外駐在員は、ビジネスだけでなく文化の普及にも考慮すること
    企業からの派遣員は、当然ながら企業の代表者であるが、同時に日本(日本人)の代表であるという自覚も持って欲しいものだ。
  • 海外ではできるだけ友人を作り、日本につき大いに語ること
    現地では、現地の友人をできるだけ多く作り、友情を育み、日本のことにつき大いに語ってもらいたい。ただ、このことは言うは易しである。どうすれば有意義な駐在生活を送れるかを常に考えることが必要である。
  • 企業の社会的責任(CSR)やメセナ精神を理解し、文化普及に対し、応分の負担をすること。

 

大学としてやるべきこと

 

  • 海外からの留学生が日本文化につき理解できるような環境をつくること
    すでに実施済みの大学もあると思われるが、初めて日本に来た外国人留学生が、日本の大学生活にスムーズに入って行けるような系統的なオリエンテーションをすることが望まれる。大学当局は、留学生のために、近くの文化遺産や自然遺産のバスツアーを組織したりして、より一層、日本人学生と外国留学生の交流の場を設定するように努力をすべきである。できるだけ長い時間を共にすると相互理解が生まれて来る。
  • 日本からの留学生に対しては、留学前に一通りの日本文化を教える機会をつくること
    日本からの留学生も系統だって、日本の政治、経済、社会、歴史、習慣、生活、文化等について学習した学生は少ないものと思われる。大学当局としても大学から大使を送り出すつもりで、基本的な知識を留学前に教授する機会を作ることが望ましい。事前の準備として、一通り、日本文化につき学んでおくと、留学先で必ず役に立つし、外国の友人からも敬意を表されるものである。
  • 大学の先生も積極的に日本文化発信に努めること
    日本の大学でグローバル人材について大いに話題になっているが、一番大切な点は、大学の先生が率先して、グローバル人材とは何かを考え、実践することが必要である。外国からの留学生には気楽に話しかけ、意見交換することが必要である。
個人としてやれること

 

  • 園児・児童・学生に、日本文化に触れさせることができる環境をつくること
    英国やフランス等欧州諸国では、小学生や中学生が先生に引率されて、博物館や美術館で実地学習している風景がよく見られる。おそらく日本の場合より、頻繁に行われているような印象がある。子供には、何でも実際に見て、考える習慣をつけさせるようにすべきである。両親は、子供たちを博物館、美術館、名所旧跡等に案内すべきである。男性は、組織での仕事に疲労困憊しているのかも知れないが、将来の世代を考え、実行に移すことが望まれる。
  • 男性も文化的教養に目覚めること
    昨今、博物館や美術館に行くと高年齢の方々が多数見学している。男女の比率をみるとおそらく70~80%が女性、残りが男性と言った感じである。女性の知的好奇心の方が男性を大きく上回っている。男性にも、文化的素養に目覚めてもらいたいものだ。20代~40代の男女の知的好奇心の更なる発揮に期待したい。
  • 外国語の習得に努力すること
    小さいころから外国語の習得をと言えば、必ず、日本語が先という人が出て来る。語学は早く始めれば始めるほど容易に習得できるので、できるだけ早い時期に外国語の学習を始めたほうが良い。私は、外国語(とくに英語)とダンスを学ぶことが国際人になる近道と学生に教えてきた。
  • 外国人に説明できる能力をつけること
    外国人にうまく理解してもらえるように説明したり、紹介したりするのは、容易ではない。言葉の問題もあるし、相手国と日本の生活習慣、歴史的背景、社会、国民性等が異なるので、うまく説明するには、慣れと訓練が必要である。通訳案内業の資格を持っている人は、訓練を積んでいるので問題はないが、そうでない人は、徐々に訓練を積んでいけば解決できよう。昔の職場で、外国人の有力者を案内する業務を数年経験したが、外国人が日本について質問するうちの60~80%は同じような質問であったことを思い出す。
  • SNSを活用して、友人たちに日本の文化・生活・慣習を紹介すること。
    フェイスブック、ブログ、ツイッタ―等大流行である。日本人もこれらの手段を活用して、積極的に情報発信を行っているし、外国語を駆使している人も増加している。これらSNSの問題点は、気楽に情報発信することもあり、必ずしも正確な情報を発信するわけではないこと、また情報が一方的になる可能性が強いことが挙げられる。それらの点に留意して行えば、強力なメディアになり得ると言えよう。