「普通は○○だよね」という考え方が、なかなか通用しないのがブラジルです・・・・・
2020年11月
執筆者:三井住友銀行 グローバルアドバイザリー部部長 加藤 巌
「ブラジルの“普通”って何?シリーズ 第2弾 ~ まさか!という言葉を何度も呟いてしまうことについて」
「あそこに駐車しているオレンジ色の車を従兄弟と共同購入しました!クールでしょ?!」
このコロナ禍になってしまう前のことですが、なじみのスポーツクラブで担当トレーナーを務めてくれている V 君から突然満面の笑みで声をかけられました。
「それは良かったね。確か従兄弟の J は工場勤務もしていたし、共同購入ならキミの資金負担も軽かっただろうしね」と返し、それは極めて普通の会話をしたつもりでした。でもその後に判明したのは、この自動車購入者の2 人ともに運転免許証を持っていなかったという驚きの事実でした。
V:「実は今、免許を取ることを考えているのだけど、免許取得費用が高いので迷っているんだよね」
私:「ん???待て、待て。キミは以前バイクに乗っていただろ?その二輪免許は失効しちゃったの?」
V:「もちろんバイクの免許はあるよ。今の話は自動車免許のことだよ」
私:「自動車・・・・?」
なんとなく会話がズレている感じがします。
V:「従兄弟か私のどちらが四輪免許を取りに行くか従兄弟と相談をしているのです。従兄弟は工場勤務をしていることで金銭的に余裕があるから、彼に任せたいのだけどね」
私:「??えっ、まさか 2 人とも四輪免許を保有していないの?その状況で車を買ったの?」
V:「四輪免許なんて、持っているはずがないでしょ。笑」
ダメでしょ、絶対にダメ・・・。
会話が噛み合わないわけだ。
私:「もし私がキミの家族・親族なら、絶対に運転しちゃダメだ、とキミを羽交い絞めにして外出を止めさせるよ」
V:「笑。何を言っているのさ。じゃあ毎週どのように、このスポーツクラブに通うのさ?」
私:「数ヵ月前に自宅の修繕費用の捻出目的でバイクを売却した、悲しい・・・・と言っていたけど、またバイクを買って、それで通いなさいよ。バイクの免許は持っているのだから」
V:「これから始まる夏は雨が多いからバイクだと濡れちゃうし困るよ・・」
なんということでしょうか。会話が噛み合わないはずです。私の中に残っていた日本人的な感覚が、見事に木っ端微塵にされた瞬間でした。このトレーナー君の感覚・思考がすべてのブラジル人に当てはまらないということは、多くのブラジル人を知っている私が一番理解しているはずでしたが、それでも自動車を運転している人は免許証を保有している、といういわゆる、勝手な日本人的「普通」の感覚、思い込みが通用しなかった瞬間でした。
内閣府によると年間検挙数の略 0.4%とわずかですが、日本にも無免許運転者はいるようです。しかしあくまで想像の世界ですが、ブラジル人の多数を占める V と同等の所得階層の大半は「免許を有していないのは取得代金が高いから。だから無免許でも仕方がない。だから私は悪くない」といった考え方があるのかもしません。調べてみると法律上、日本でもブラジルでも自動車購入時には運転免許証の確認義務はありません。所有者と使用者が違うケースや法人所有するケース等の場合、免許証の確認ができないこともその背景にあるのだと思います。ブラジルの場合は(日本でいうマイナンバーカードに近い)身分証明書や納税者番号の提示が義務となっているだけで自動車が買えます。
当地でのビジネス運営時の「普通」についても同じことが言えます。
全く予想外の場所に、想像すらできないような落とし穴が、しかも時と場合によってはかなりのダメージになるくらいの巨大な穴が皆さんを待ち構えているのです。たとえば、ブラジル人なら自国のことはわかるはずだから彼に任せておけば大丈夫だろうという「国籍過信」からくる失敗。我が社は他の地域でも成功したから、その手法であればうまくいくはずという、アメリカや中国等の地域で有効だった手法・戦略をそのままブラジルに当てはめようとしてしまう「地域過信」からの失敗。長くその地に住んで、その業界に長くいる人に任せるのだから大丈夫という「業界経験年数過信」からの失敗。
大別すると、こういった 3 種の「過信」がもとになり、日本人が有している「普通」とのギャップが発生してしまいがちなのがブラジル・ビジネスだと思います。営業体制・地域戦略や技術革新等も大切ですが、ブラジル的普通=「ブラジリアン・ノーマル」を理解した管理・運営・戦略が必要なのです。
余談ですが免許不携帯ではなく、免許不所持の場合、ブラジルではどうなるのでしょうか。
不携帯であれば日本同様に免許点数の減点や罰金が科せられますが、その対象となる運転免許証を所持しない場合は、納税者番号 CPF や身分証明書 RG に課せられる重い罰則が想像できます。因みにこのトレーナー君は翌日から従兄弟と 2 人で心を入れ替えて免許取得に行き、最終的に免許を取得したので安心しました。