鈴木裕之 ( 協会常務理事 )
ゴイアニアはブラジル中西部の高原に位置するゴイアス州の州都で、人口 150 万人を擁する都市である。内陸部開発に乗り出したヴァルガス政権時代の 1933年に創建され、政治・経済・文化の中心地として発展した。同じゴイアス州の中の連邦直轄区であり、ブラジルの首都でもあるブラジリアがリオからの遷都を決めたのが 1956 年のクビシェッキ政権時代のことであるから、ゴイアニアはその 20 年以上も前から内陸高原部の開発のために計画的に作られた都市の 1つだったのである。首都ブラジリアから南西に 210km, バスで3時間程のところに位置しており、1988 年まではトカンチンス州もゴイアス州の一部であった。
18 世紀前半にブラジルでゴールドラッシュが起き、1720 年代にはゴイアス州でも金鉱が発見された。ゴイアニア市のメイン通りはアニャングエラ通りであるが、この名前は金鉱の最初の発見者に由来するとも言われており、サンパウロ・カンピーナス間を繋ぐ高速道路の名前にもなっている。市街地は数個のロータリーを核とする地区からなっており、同心円状の広い街路と並木が美しい近代都市へと変貌してきた。
日系人の数も少なくはなく、私は学生時代、まだ軍政だった 1981 年から旧南米銀行のゴイアニア支店で銀行研修をさせていただいた。とにかく 1 年中暑く、「ゴイアニアには 3 種類の気候がある。quente( 暑い ),mais quente( 更
に 暑 い ), そ し てquentissimo( 最高に暑い ) の 3 つだ」、というジョークもあながち笑えないほどであった。15:00 の閉店後、集金を終えた担当者が得意先の農園から野菜や果物をもらって行内に戻り、そこで皆で分け合ったりしていた。私も少額の小切手の合計額を計算し、それが合うまで何度も手書きの金額の数字と格闘していた。
週末は行員仲間の親戚の農園に中距離バスで出かけ、乗馬したり家畜の面倒を看たり、夜が明けると搾乳したミルク缶を馬車で隣町まで売りに行く手伝いもした。牛馬の品評会や畜産品展示会などもよく開催されており、初めて経験するブラジルの地方都市やその近隣の豊かなセラードの規模に目を見張った。とにかく日本では味わえないような人懐っこさ、親戚家族の助け合い、広大な自然や土地や人情に育ててもらったその恩返しとして、現在はブラジルに留学や研修に行く日本の若者達が、同様の体験を味わえるよう支援活動をしている。