ブラジル中央協会 理事 川上直久 氏

私は生来くじ運には恵まれてはいない。例えば協会主催の年末フェスタのくじであるが、一度も当たったことがない。お蔭で、参加賞(?)の深谷ネギ「ネギ王」のファンになることができたのだが。
そんな私でも生涯で一度だけ大当たりしたことがある。1995年のことである。私は3度目のブラジル駐在で、伊藤忠サンパウロ店に単身赴任していた。その年は日本・ブラジル修好100周年の年で、日伯両国で様々な催しが行われた。日本からは清子内親王がご来伯され、サンパウロやブラジリアでの記念行事に参加された。伯側の行事費用を捻出するため、当時在伯日本商工会議所顧問で、元南米銀行頭取や商工会議所会頭を勤められた橘 富士夫氏が自動車メーカー6社(トヨタ、三菱、日産、ホンダ、VW、FORD)を訪問された。各社より車を1台づつ寄贈して頂き、それらの車を賞品としてリファ(Rifa=くじ券)を売り出し行事費用に充てることを考えられたのだ。
当時私の上司である筒井茂樹氏が商工会議所の渉外委員長を担当されていたこともあり、私がくじ券を何十枚か引き受け伊藤忠サンパウロ店内での販売を行った。売れ残った4枚ほどのくじ券を自分で購入した。たまたま抽選発表当日は出張しており、サンパウロに戻ったところ、机上に秘書が”Meus Parabéns !”と書いたメモが乗っているではないか。何のことやら?と思い、秘書に訊くとなんと自分が購入したくじのうちの1枚が「トヨタ・カムリ」が当たったとのことで、びっくり仰天。同時に全身から血の気が引いた。
かねてより家人から「宝くじに当たってはならない」と言われていた。幸運の後には良くないことがやってくると、と。当時トヨタ・カムリは日本製自動車としては最高値で、ブラジルでは8万ドルもするのである。これは如何したものかと、日本に居る家人に電話したところ、案の定「即刻手放すように」とのお達し。たしかに、既に自家用車(マツダのMR3)を所有していたので、車は必要ではなかった。

数日後に南米銀行本店で伝田頭取(当時)からトヨタ・カムリの鍵を受け取った私はそのまま社有車として使ってもらうべく、会社に5.5 万ドルで売却した。そのお金で、伊藤忠サンパウロ店の全従業員に当時の最新型ソニー・ウオ―クマンをプレゼントし、日本商工会議所にはファックス連動のワープロをプレゼントし、さらには「憩いの園」への寄付等を行った。こんな高額商品が当たったのも高額寄付をしたのも、後にも先にもこのときだけである。