岸和田仁(『ブラジル特報』編集人)
ブラジル最南部に位置するリオグランデ・ド・スール州には魅力的かつ個性的な町がいくつもあるが、住民人口の数では州で三番目の市がペロタスである(現人口は約 34万人)。同州の東側を南北に延びるラゴア・ドス・パトス(直訳:アヒルの湖)はブラジル最大のラグーン(汽水潟湖)であるが、その中ほどの湖岸に位置し、住民の平均寿命年数ではブラジルでトップクラスを誇るのがペロタス市である。
この町がブラジル経済史に登場するのは、18 世紀末から産業化するシャルケ(塩干牛肉)生産の中心地として、である。原料となる牛肉は、パンパ平原で広く行われている放牧場から供給され、肉の加工・処理(屠畜から塩漬け・日干しまで)の労働力は黒人奴隷に依存する手工業的畜産加工業であったが、最盛期の 1860 年代には、シャルケ処理加工場が 40 カ所もあったという。年間 10万頭以上の牛が処理されていたという一大ビジネスであった。シャルケ製品は、船便でリオやノルデスチへ販売されたが、その帰り便でノルデスチから持ち込まれたのが砂糖であった。
19 世紀末からドイツを中心とするヨーロッパ移民が多数ペロタス地方にも入植したことから、彼らが持ち込んだ温帯果物(特に桃)とノルデスチ産砂糖を組み合わせた、砂糖シロップ入り果物缶詰・ビン詰などの農産加工業が発達することになり、これがシャルケ加工業からの産業転換を促進したのであった。ペロタスは、農産加工によって近代化を果たし、経済的にも豊かな町となったのだ。
シャルケによる資本蓄積というブラジル経済史における一特異事例に関心を持って、社会学博士論文(『南部ブラジルの資本主義と奴隷制』初版1962 年)を書き上げたのが、後に大統領となる社会学者 F・H・カルドーゾであったが、このカルドーゾ元大統領を尊敬して政治家になったというのが、「次の次の大統領候補」と目されるエドゥアルド・レイチ現州知事である。弱冠 36 歳の若き州知事は、ペロタス市会議員、ペロタス市長を経て、2018 年の選挙で州知事に当選している。彼は、自らゲイであるとカミングアウトした、ブラジル史上初めての LGBT州知事でもある。
経済的にも性の多様度合いでも先進地といえるペロタスは、いわゆる“ブラジルらしさ”とはいささか違った、“もう一つのブラジル”を象徴する町である、と筆者は考えている。