沼田行雄(協会理事)

パラチーは、リオ州南部、州都から国道101 号線を南西に約240 キロ、グランデ島湾に面した人口約4 万人の美しい港町。街の歴史的中心部と周辺の大西洋岸森林地帯の4 つのエリアが、「パラチーとグランデ島」
として、2019 年7 月にユネスコの世界文化・自然複合遺産に登録されている。
パラチ―は、トゥピ語でボラ科の魚の川を意味し、最初は砂糖産業の基地としてポルトガル人が入植し、1667 年に独立した行政区として認められる。17 世紀末のミナス州での金鉱発見を契機に、ポルトガル本国への金の独占的な輸出港に指定されたことから、新たな黄金郷として一躍注目され、大規模な集団移動と人口集中が進む。植民地政府は、パラチ―に金地金の精錬所を設け、背後に広がるボカイナ海岸山脈を横断する既存の輸送ルートを、ミナス金鉱山への唯一のCaminho do ouro( 黄金の道) として整備した。鉱山労働者としてアフリカから大量の黒人奴隷が流入し、郊外には奴隷市場が開設され、鉱山での必要物資の調達・販売等の商業活動も活発化した。18 世紀後半には、金・ダイヤモンドの時代が終わるが、その後もしばらくはコーヒーの積出港として、独立を挟んで19 世紀後半まで、街は繁栄を享受した。
そんなパラチーには、1722 年完成のリタ教会やロザリオ教会を始めとするバロック様式の教会群、貴族達の邸宅、海賊対策で築かれた砦などなど、ポルトガル植民地と帝政時代の様子を今に伝える多くの歴史的遺構が完全な形で残されている。かつて、この地を訪れた作家ルーベン・ブラーガが、これ程までに海と大地が親密に交わるところを知らないと表現したように、パラチ―の海岸線は、Costa verde(緑の海岸)と呼ばれ、海岸近くに迫る断崖と滝のある山岳風景を背にして、湾内の小島群を含め約6 0ヶ所の美しいビーチが広がる。また、歴史地区市街地は、満潮になると海水が街の石畳を覆い、自然が街路を清掃してくれる独特な構造となっており、自動車規制もあって、観光客たちはゆっくりと
歩いて巡ることができる。
私達家族は、リオ在勤の1988 年10 月に始めてこの町を訪れた。旧市街のポウザーダに泊まり、白を基調とした落ち着いた街並みを散策したこと、ウルブー(黒ハゲタカ)が群れをなしていた活気ある港から地元の
観光船に乗り、水辺のリタ教会と旧市街地の落ち着いた風景と背後に広がる山々の緑に感動しつつ、湾内の島々を抜けて辿り着いた静かなビーチで遊んだことを、今でも鮮明に思い出す。機会があれば、次回は、かつての黄金の道を歩いて、先人たちの足跡を辿ってみたいと思う。