片岩 浩
(NSK Brasil Ltda. 代表取締役副社長)
1965年創業
NSK Brasil Ltda. は、1970 年に設立され、生産拠点であるスザノ工場の操業開始は2 年後の1972 年だが、前身のNSK doBrasil Rolamentos Ltda. は1965 年からベアリングの輸入販売を開始している。
当時の社長の今里広記よりNSK(日本精工)として初めての海外工場進出の命を受け、立上げに必死に取り組んだ。その中心となった伝説の営業マン須藤氏(現在91 歳)より伺った草創期の様子を交え弊社の歴史をご紹介する。
草創期の営業活動
須藤氏は、販売拡大には、大手顧客で品質基準の厳しい自動車部品メーカーのBOSCH とブラジル大手家電メーカーARNO に参入すべきと考えた。現地生産をしている欧州系の競合他社が強く、門前払いの日々が続いたが、日本からの輸入品の品質の良さが理解されBOSCH に他社品よりも大幅に優れているとのお墨付きを得た。輸入品は割高だったので、ごく少量の採用ではあったが、市場へのインパクトは絶大だった。
一方ARNO は、他社の牙城だったが、そのサービスに満足していなかったこともあり、NSK の輸入品の購入を開始し、ブラジル工場進出を強くサポートしてくれた。
欧州系競合他社は、ブラジルへの進出が早く、1915 年に販売開始、1963 年に現地生産を開始し、既に全土にディーラーを持っていた。NSK が現地生産していくには、ディーラー網を拡充し販売を伸ばすことが不可欠だった。全国の主要都市を隈なく調査した結果、他社の価格やサービスに多くのディーラーは不満をもっていることが分かった。そこで、NSK は、規模に関わらず同価格にし、数年かけてディーラーを80 社設置した。
生産工場立上げ
営業(当時は4 名)の獅子奮迅の働きの裏側で工場設立の準備が行われた。まず工場をどこにするかが最初の問題だった。その頃、中小都市の工場誘致が盛んでサンパウロの東方約50㎞のスザノ市も熱心だった。また、スザノ市長は、日系の宮平氏で何かと相談しやすかった。そして今里社長が現地視察の際「ここに決めなさい」と即断され、80,000 平方メートルの敷地がスザノ市より無償提供された。その土地は元々沼地で、整地に苦労したが、日系の建設業者の骨身を惜しまぬ働きぶりで何とか予定通りに完成した。
工場設備の輸入は、関税が法外に高いが、すべて最新鋭の新規設備であることを説明し、ブラジルの産業の発展にも貢献することが認められCDI(工業開発委員会)との交渉の結果、すべて無税で輸入することが出来た。他社がまだ手作業で組立ていた時代、最新の自動組み立て設備が並んだNSK 工場を見学したお客様は皆スザノ工場品にほれ込んでしまった。これが、当時の社長を喜ばせた須藤氏の名言「工場は最高の営業マン」を生んだ。
大波の中で
ブラジルの様々な事業環境の大波の中でもまれながら現在に至っている。中でもインフレとの闘いは熾烈を極めた。ブラジルでは、営業の最大の仕事は値上げだった。インフレに合わせ毎日値上げ交渉を行い、それが約20 年続く。値上げしてもお金が残らない当時の様子を須藤氏は「下りエスカレーターを逆に上っているような心境」と語っている。特に1984 年頃から94 年のハイパーインフレとその間4 回のデノミ、預金凍結という最終手段まで登場し、経理マンは運転資金の工面と貨幣価値下落対策で銀行との金利交渉が毎朝の業務だった。
このインフレ下の決算は、証憑に基づく整理記帳、負債価値修正など膨大な仕事量となり、開発途上国としては早い時期にコンピューター化が進んだ。
次に待ち構えていたのは、輸入の自由化とレアル高によるスザノ工場危機だった。工場立上げ時に40% 台だったベアリング輸入関税は、民営化・自由化政策により95 年には 17% 近くまで下がっていた。
またインフレは、94 年の信じられない程の 2000% 近くから98年は3% 台 へと劇的に収束し、国内産業はレアル高による国際競争力の低下に苦しみ、安いアジアの製品が街にあふれたが、スザノ工場は一層のコストダウンに取り組み、今も海外勢と戦い続けている。
そしてここ数年はコロナとの闘いもある。
ブラジルは、移民の国であり、人々は寛容性に富んでいる。そのため、先輩駐在員たちは思う存分腕を振るって活躍できた。帰任された方々は一様に「ブラジルは良かった」という。
数々の経済危機を乗り越えてきたブラジルに倣い、NSK も今後続くであろう幾多の困難をたくましく乗り越えていきたい。
おわりに
今回、本シリーズへの寄稿のお話しを頂いた時、昨年赴任したばかりの自分にまとめられるか非常に迷ったが、自社の歴史を振り返る良い機会と思い切ってお引き受けしてよかったと思っている。寄稿にあたり須藤先輩、古口先輩にはたいへんご協力頂き、この場を借りて感謝申し上げたい。