執筆者:田所 清克 氏
京都外国語大学名誉教授

この記事は執筆者、田所先生の許可を頂きましたので「伯学コラム」に転載致します。

 

語形成に観るブラジルのポルトガル語 Língua portuguesa do Brasil com respeito à formação de palavras

 目下、トウピ語を巡って概説しています。本日は、そのテーマから離れて、ブラジルのポルトガル語になつた、つまり国語化した外来語を語形成の観点から一瞥しようと思います。そもそも、ブラジルの旧宗主国であつたポルトガル語の言語そのものが、(俗)ラテン語起源であることは周知の通りです。フランス語、スペイン語、ガリシヤ語、レチツク語等と同様に、ネオラテン語(=ロマンス語)[língua neolatina]と言われる所以です。換言すれば、俗ラテン語が地域によって方言化、特性化して、国語化したとも言えるでしよう。

ポルトガル語は他のネオラテン語と較べて、archaicな側面があり、その意味でラテン語に近いとみなされています。余談ながら、そうしたポルトガル語を学べば、ラテン語はむろん、ロマンス語を学ぶ上でも好都合なのです。かつてラテン化したポルトガルは歴史上、ゲルマン系およびアラブ系の侵入、支配されたこともあって、それらの民族の言語も国語化しています。例えば、冠詞alで始まるアラビア語の語彙は、かなりポルトガル語に入っています。ポルトガル最南部の地Algarve などはその典型です。

そのポルトガル語、それも大航海時代の古ポルトガル語[português arcaico]がブラジルの国語です。加えて、インディオや、アフリカから移入された黒人奴隷のみならず、19世紀以降は世界の国や地域から到来した移民によって、彼らが話す言語、とくに語彙の一部は今では国語化しています。そうした民族集団の、当初は外来語に過ぎなかった語彙が国語化した具体例を明日、取り上げるつもりです。

 

語形成に観るブラジルのポルトガル語  Formação das palavras na língua portuguesa do Brasil  前回に続く

 ブラジルのポルトガル語はイベリア半島のポルトガル語とは、統語論、音韻論の観点から様相を異にしています。前回述べましたように、この国の言語が古ポルトガル語を基層としていることもその事由です。例えば、音韻論面でのアフリカの言語の影響は計り知れないものがあります。加えて、Pindorama の言葉を特徴づけるトウピ語や黒人奴隷の母国語であったキンブンド語やバントウ語のみならず、世界の国々の語彙があまた国語化しているからです。

その一例を言語ごとに、下記に列挙します。

ラテン語:chave, lágrima, peixe, via, etc.
ギリシャ語: anjo, apóstolo , bíblia, nostalgia, microscópio, etc.
※キリスト教関連および学識語、科学用語。
ヘブライ語: aleluia, Jesus, páscoa, sábado, etc.
※聖書[Sagrada Escritura]関連のものが多い。
英語: bife, clube, esporte, futebol, jipe, jóquei, náilon, tênis, uísque, vagão, etc..
ドイツ語: guerra, norte, realengo, Sul, etc.
スペイン語: castanhola, caudilho, cavalheiro, ninharia, etc.
イタリア語: maestro, piano, lasanha, pastel, salsicha, soneto, etc.
フランス語: avenida, detalhe, elite, greve, pose, toilete, tricó, etc.
アラビア語: alfaiate, algema, algodão, azeite, etc.
ロシア語: ruble, soviete, vodca , etc.
日本語: biombo, caqui, jiu-jitsu, mikado, nissei, quimono, samurai, suchi, etc.
トウピ語: Iguaçu, Itu,Iracema, jibóia, pajé, saci, etc.
※特に地名、動植物名には、トウピ•グワラニ語の語彙を含めて多い。
アフリカ言語: mlacumba, marimbondo, maxixe, quilombo, vatapá, etc.

 

ブラジルの方言(dialetos) Os dialetos da língua portuguesa no Brasil

 ポルトガルのポルトガル語とブラジルのポルトガル語との間の、発音には違いが見られます。私の場合は、大学、大学院を通じて、ポルトガル政府派遣の先生に指導•教授を主として受けていたにもかかわらず、留学を含めてブラジルでの旅行滞在が長いこともあって、ブラジル式の発音を無意識的にしているかと思います。

極言すれば、ポルトガルの発音が、下の例のように、どちらかといえば、母音を省く傾向があるのに対して、ブラジルのそれは字音間の母音をはっきりと発音します。

ポルトガルの発音       ブラジルの発音

m’nino    男の子    menino
(e)sp’rança 希望      esperança
c’ruja    梟      coruja

双方の発音上の違いはそれだけにとどまるものではありませんし、極端な場合、ポルトガル人とブラジル人の間にさえも、意思疏通が困難なケースおこりえます。引き続き次回は、一様と思われるブラジルのポルトガル語の、方言について概説します。

 

Os dialetos da língua portuguesa no Brasil (Continuação)

ブラジルのポルトガル語の方言(続き)

 前回、イベリア半島のポルトガル語とブラジルのポルトガル語の、特に発音面の違いについて極言しましたが、今回は後者の方言に関して述べてみたいと思います。850万平方キロメートルの広大な拡がりを持つこの国でありながら、どこに行っても同じ言語が通用すること自体、驚きを禁じ得ません。この点において、ポルトガル語が国家統一の礎石的役割を果たしたと捉える学者もいます。

その一方で、大陸規模の領土である故に、各地方に方言や訛りが存在するのも事実です。専門の言語学者でありませんのでその全容を解説•詳述することは自身の能力をはるかに超えています。しかしながら、浅薄な認識ではありますが、方言が南部と北部に大別できる点だけは理解しているつもりです。

北部のそれは、大きく3つにまとめられます。すなわち、

1.アマゾンのマナウス、ベレン地方に特徴のある方 言ないしは訛り。
※しかし、この地域への北東部からの国内移住も、ゴム産業が勃興以来少なくないので、北東部  地方の言語的影響も垣間見られることも留意すべきです。

2.抑揚のある話し方に特徴のあるサルヴアドールやアラカジユーの方言もしくは訛り。

3.レシーフェを中心とする地方で、住民はさも歌を唄っているかのような話し方をする(Os habitantes dessa região falam como se cantassem)のに特徴があります。

次回は南部のそれに触れます。

 

Os dialetos da portuguesa no Brasil ブラジルのポルトガル語の方言

os dialetos austrais

南部と言えども、方言なり訛りは地方によって異にしています。外国移民、この場合はヨーロッパからのを指しますが、の大量に流入したSão Paulo 、Paraná、Santa Catarina の各州では概して、住民の話し方は抑揚の少ない訛りのように感じ取れます。対して、リオ州を中心とするEspírito SantoおよびMinas Gerais 州東部においては、”D”や”S”の子音をひしゃげたように発音するところに特徴があるようです。

最南部のRio Grande do Sulは、歴史的に異なる過去が背景にあることに加えて、アルゼンチンやウルグアイの影響もあってか、訛りにも重みがある感じです。のみならず、使用する単語にも相違があり、主格人称代名詞の呼称[pronome de tratamento]巡っての、vocêに代わってtuを使う割合が多い印象です。

その他、例えばSão Paulo 州内陸部のPiracicaba 地方からMinas Gerais 州南西部では、”R”を巻き舌に発音する傾向があります。この事象を、米国の南北戦争時にブラジルに到来したアメリカ移民の影響、と観る学者も多数います。現に、São Paulo 州の内陸部には、Cidade Americanaが存在しています。

方言の話題からは逸れますが、São Paulo 州奥地には、破格文法的な田舎語法[caipirismo]が存在します。まさにこのテーマについて論じた、Amadeu Amaral の手になるLíngua Caipiraがあって、この書を通じて私は、興味があることから研究し公にしたことがあります。

 

日本語とポルトガル語との間にみられる色を巡るいくつかの表現の違い

Há algumas diferenças das expressões entre duas línguas (português e japonês) em torno de cor

意味に違いはないにもかかわらず、日本語とポルトガル語との間にも、色の認識を巡っていくつかの表現、使用法に違いがみられる。
その最たる例が、靑( azul)と緑(verde)とを取り替えた表現かもしれない。例えば、信号は青色( O sinal é azul) と日本語では青いという形容詞を用いるが、ポルトガル語ではverdeとなる。この種の例を以下に列記する。

青葉、青い林檎、[恐怖、驚きなどで]青ざめる、青春時代といった言語表現において日本語では、 青い (azul)という形容詞を使うが、それがポルトガル語ではverdeに取って代わる。すなわち folha verde, maçã verde, ficar verde [de susto](驚きで真っ青になる), verdes anos(=juventude, primavera da vida)  Ex. meus verdes anos〔私の青春時代〕

ついでながら、azul単語を使った表現に、こういうものもある。

Tudo azul ! (順風満帆、万事良好である)
人に出遭って調子などを問われた際に、万事うまく行っている〔andar(=correr) às mil maravilhas〕であれば、そう応える。
sangue azul= 貴族の家柄、血筋

日本語の色を巡る表現や認識の違いを他の言語と比較言語学的に考察するのも興味深いものがある。