執筆者:深沢正雪 氏
(ブラジル日報編集長)

☆この原稿は、ブラジル日報WEB版の6月7日付けの記者コラムに掲載されたものを執筆者の許可を得て転載させて頂きました。

海底に眠る巨億の富を巡る裏交渉

トロブラスが探査許可を要請したが断られた地域(Divulgação/Ibama)

「ブラジルの1年間の国内総生産の半分に相当する金額分の原油がそこに眠っていると、ペトロブラスは試算している。そのロイヤリティたるや、アマパー州民の生活を根本から変えるだろう。そんな天文学的な資金を、地元政治家が指をくわえて見ている訳はない」――CBNラジオでジャーナリストのカルロス・アルベルト・サルデンベルグは5月25日午前8時過ぎ、マリナ・シルバ環境相がPT政権内で孤立する様子の背景を、そう解説した。
これは本紙5月23日記事《アマゾン=油田開発巡り与党に亀裂=大物議員脱党、ルーラも疑問》(1)に報じた件だ。これは、ペトロブラス(PB)によるフォス・ド・アマゾナス盆地の油田探査用採掘のことだ。この海底盆地は、ブラジル最北部パラー州マラジョー湾とフランス領ギアナとの国境の間、アマゾン河の河口沖合に広がっている。
このアマパー州沖175キロには140億バレルの原油が埋蔵されていると推測される。これは現在の原油価格1バレル70ドルで換算すれば、約1兆ドル(139兆円)だから約5兆レアル。ブラジルの2022年の年間PIBが約10兆レアルだから、その半分に匹敵する。
そのロイヤリティは海底油田の場合、おおよそ7~10%(2)となる。真ん中をとって8・5%だとして8500億レアル。ちなみにアマパー州政府の2022年の年間予算は69億レアル(3)なので、123年分に相当する。まさにアマパー州にとっては天文学的な金額だ。
前出本紙記事には《同盆地はアマゾン川と大西洋の合流地域にあり、世界一の規模のマングローブの生息地だ。また、専門家も調査できていないサンゴ礁など、生物の多様性保持の意味でも世界的な注目を集めている》《PBは環境保全のための措置は全て講じたというが、Ibamaは事故が起きた場合の動物相に対する保証が提示されていないとして許可を出すことを拒否》と報じた。
PB側としては、アマパー州の北側、すぐお隣のスリナム共和国などの国内総生産が油田開発によって急成長していることなどを挙げ、探査は急務としていた。
Ibamaは環境省傘下の外郭団体であり、その意思決定には、環境相が大きな影響力を持つ。このやり取りは、環境保全を政治使命とするマリナ環境相VS推進派のアレッシャンドレ・シルヴェイラ鉱山動力相という政府内対立になっている。

信条の右左と関係なく振り回される政治家

2008年9月、ブラジルを産油国の仲間入りさせた岩塩層下油田の生産開始式典で手に原油をつけて喜ぶルーラ大統領(Foto: Ricardo Stuckert / Presidência)

マリナ環境相の立場が弱い背景には、彼女が所属する政党REDEは連邦下議1人という弱小政党であることも大きく関係する。政権内での発言力が大変弱く、孤立している。その上、同党唯一の上院議員で連邦議会政府リーダーのランドルフ・ロドリゲス氏は5月18日、「彼女とは折り合えない」として党脱退を発表した。PTやPSOLを渡り歩いてきた大物左派議員であり、環境政策ではマリナと共通する部分が多いはずだったが今回は袂を分かった。
その理由は実に分かりやすい。彼の地元がアマパー州だからだ。選挙地盤に天文学的なお金が落ちるだけに、採掘に賛成しない訳には行かない。だがルーラから三顧の礼を以て環境相に迎えられたマリナは、それを後ろ盾にIbamaが油田探査採掘を禁止したことを強気で正当化した。
ところが肝心のルーラは、「石油探査で環境破壊が起きるなら探査は行うべきではないが、探査地点はアマゾン川河口から530キロ離れており、探査で環境が損なわれるのは難しいだろう」との発言を行ったことで、彼女の立場が危うくなり一時は大臣辞任まで噂された。
実はルーラからしてみると、この件にはペトロブラスから連邦政府に入るロイヤリティだけでなく、第3次政権の根幹に関わる様々な件が関係している。
中でもラヴァ・ジャット作戦(LJ作戦)で二審有罪判決が出た自分を救ってくれた恩人、クリスチアノ・ザニン弁護士を何としても最高裁判事にしたいとの希望を持っている。最高裁判事の過半数を自分が指名してコントロールする――という生命線がかかった問題も絡んでいる。
彼を判事にするには、上院の口頭試問で承認される必要がある。特に重要なのは上院憲政委員会のダヴィ・アルコルンブレ委員長(前上院議長)の意向次第で、大きく成否が分かれる。そのアルコルンブレの地盤がアマパー州だ。ザニンを最高裁判事にするには、アルコルンブレに逆らうことは絶対にできない。

ルーラとアルコルンブレの話し合いの内容は?

パシャッコの後ろにいるアルコルンブレ(Foto: Jefferson Rudy/Agência Senado)

5月31日付ポデル360サイト記事《ルーラはアルコルンブレを迎え、アマパーとIbamaの衝突について話し合う》(4)にあるように、ルーラは6月1日午後5時から大統領府で、アルコルンブレ憲政委員会委員長を迎えて、Ibamaとザニン氏判事指名問題を話し合うとある。これらが一組の議題であることが分かる。
6月1日付ヴァロール《ルーラはアルコルンブレに政局調整を求め、アマゾン川河口についての要望を聞くことに》(5)ではもっと明確に書いてある。
いわく《政治的意思決定の問題で連邦議会から圧力を受け、ルーラ大統領は水曜日(31日)、アルコルンブレ上院議員に電話して助けを求めた。今週木曜日(1日)の上院での省庁再編のための暫定措置(MP)の承認に加え、PT政府はクリスチアノ・ザニン弁護士の最高裁判事への任命を承認するための支援を必要としている。この選択は、アルコルンブレ氏が委員長を務める憲法・司法委員会(CCJ)の精査を経て決定される》とある。
現時点から見ればすでに省庁再編MPはすんなり通過しており、ザニン上院承認もおそらく織り込み済みであり、野党が口頭試問で大暴れしても儀式的なものに終わる可能性が高い。その代わりにルーラはアマゾン河口油田採掘を承認するように、環境相を説き伏せるに違いない。
5月中に承認する必要があった連邦政府法案には、財政均衡法案(アルカボウソ)、生活扶助「ボルサ・ファミリア」改正案、省庁再編暫定令などが目白押しだった。いわば第3次ルーラ政権の骨格を決める政策がここに集まっている。これを承認させない事には第3次政権が始まらないと言っていい内容だ。
その上院承認に関して現在のロドリゴ・パシェッコ上院議長が大きなカギを握る。その現上院議長の政治的な後見人がアルコルンブレだ。下院ではリラ下院議長、上院で隠然たる力を持つのはアルコルンブレ。ルーラは従うしかない。

ジウマ時代からこの油田開発をしたかったPT

そもそもPT自体も、この地域の油田開発をやりたがっていた。この地域の採掘入札協定はジルマ政権時代(2011~16年)の2012年に作られ、翌13年に入札が実際に行われ、応札したのがペトロブラスだったことからそれが分かる。だが、翌2014年からLJ作戦が始まってペトロブラスは採掘どころではなくなった。
それが今回PT政権に戻ってから、再び動き始め、マリナ環境相によって止められてしまった格好になっている。
マリナ環境相はルーラ第2次政権時にトラウマがある。第1次政権時代から当時のジウマ高山動力大臣とは開発と自然保護を巡る意見の相違が起こり、2008年にはマデイラ川流域での工事に対するIbamaによる環境ライセンスの発行の遅れの問題を巡って決定的な対立となり、環境相を辞退した。
そこからPTを辞めて、ジウマと敵対する大統領候補として活躍しはじめた。特に2014年10月の大統領選の第1次投票では、2215万票を獲得して堂々の3位になった。その後に自分の新政党REDEを作った。そのトラウマを乗り越えて、今回ルーラ3に入閣したが、再び同じ構図が繰り返されている形だ。
マリナが採掘禁止にしたことへの意趣返しとして、下院では本紙5月26日付《連邦議会=組織改革の暫定令を変更=環境省や先住民省ら力失う》(6)にあるように、環境省や先住民省を弱体化させるための解体が行われたと見られている。

ベネズエラ独裁者擁護の裏にも石油利権

ブラスの洋上石油採掘プラットフォーム(2009年1月、Arquivo ABr)

また29日、ベネズエラのマドゥーロ大統領を大歓迎したルーラ大統領の背景にも、石油利権の匂いがしている。ブラジリアに集まった南米首脳の4人もが「マドゥーロは民主主義を破壊した独裁者」と批判したにも関わらず、ルーラは「誰にも同意を強制するつもりはない。解釈の問題」という立場を譲らず、ひたすら最後までマドゥーロを擁護した。
仲間の左派政治家や大手メディアのジャーナリストすらも、マドゥーロに関しては批判の嵐だった。そこまでして応援する理由が分からないぐらいの肩入れのしようだった。だが、この報道の裏で気になる記事もサラリと出されていた。
マドゥーロが来伯した翌日、フォーリャプレスは5月30日付で《ペトロブラスはベネズエラ、ボリビア、ガイアナでの投資再開を検討》(7)だ。いわく、PBのジャン・ポール・プラテス総裁は《「私たちは石油精製の新たな段階に向けてペトロブラス社の準備を進めている。ボリビア、ベネズエラ、ガイアナなどの近隣諸国を再訪問し、契約条件、ガス探査の新たな可能性、エネルギー移行に向けた企業の準備などのいくつかの点について話し合いたいと考えている」と述べた》と報道されている。
つまり、ペトロブラスがベネズエラで原油採掘再開するなら、マドゥーロの承認なしではありえない。国際的に孤立するベネズエラとしても投資は喉から手が出るほど欲しいだろう。その条件として、南米外交に復帰させることをマドゥーロがルーラにお願いしてても不思議はない。
PT公式サイト2022年3月30日付《LJ作戦はペトロブラス解体とエネルギー主権への攻撃を促進した》(8)で、ルーラは国際石油資本(石油メジャー)を攻撃し、米国がLJ作戦の裏にいるという次のような陰謀論を展開した。
《4年間に渡りブラジルメディアはモロやダラギノルがばら撒くLJ作戦というウソの人質になった。(中略)440万人がLJ作戦のために失業し、国際石油資本(石油メジャー)を入れる準備として、我々の石油公社は破壊された》との見解を述べた。
LJ作戦によってクリチバ連邦警察の留置場で監獄生活を送っていた間に『石油の世紀――支配者たちの興亡(O Petróleo)』(ダニエル・ヤーギン)を読んだことを挙げ、「1860年以降に起きたことの大半は石油が原因であると納得した。全てのことは米国に関係のある石油巨大企業が関わっている」と強調した。
ルーラ第2政権時に岩塩層下油田の採掘が始まり、一気に産油国の仲間入りを果たした。そしてベトロブラス汚職を中心としたLJ作戦で一時は留置場にも入った。彼の人生に石油はつきものだ。「ルーラの無理押し」の裏には隠れた石油利権があるのかも。「ルーラ的発想」の一つのパターンと言っていいのでは。
ウクライナ戦争における「中立」にも同じような背景があるのかもしれない。この場合、アルコルンブレの役を習近平がやっているのかも。(深)