★★この原稿は、2023年8月1日付けの「ブラジル日報」WEB版の記者コラムに掲載されたものを執筆者深沢氏の許可を得て「伯学コラム」に転載させて頂きました。★★
執筆者:深沢 正雪 氏
(ブラジル日報編集長)
人民解放軍国防大学元学長を団長に軍人訪問団
本紙7月26日付《ブラジル陸軍、中国軍と装備品生産を協議=兵器近代化、国防産業強化》(1)は、《ブラジル陸軍の特別プロジェクト局は中国と提携し、ブラジル国内で軍事装備品を生産することを検討している(中略)。ブラジル陸軍の特別プロジェクト局代表団は今月、中国を訪問し、ブラジル企業と協力してブラジル国内で生産できる装備品についての情報収集を行った》と紹介した。
これは6月に中国軍将校17人を含む18人の代表団が、ブラジリアの陸軍司令部を公式訪問していたことを受けて、実際に協議に入ったことを報じたもの。この訪問はNDU(人民解放軍国防大学)のブラジルへの戦略的研修旅行の一環だったと6月5日付ブラジル国防省サイト(2)に報告されている。この視察団はNDUの鄭和大将が率いていた。彼は1958年11月に上海で生まれ、ロシア連邦軍の連合軍士官学校を卒業、2017年から人民解放軍軍事科学アカデミーの院長、NDU学長も同年から21年まで兼ねた。2016年に中将(中江)に昇進、2019年には習近平主席から大将(上江)を授与された人民解放軍の大物だ。在ブラジル中国大使館の武官、張林紅准将が同行した。司令部では、中国代表団を陸軍プロジェクト局長のロシャ・リマ准将が出迎えた。ブラジル陸軍の歴史と特徴、戦略について説明が行われ、ソアレス陸軍副参謀長とも会談した。
ブラジル陸軍は国の安全と防衛を確保するために、特別プロジェクト局を通じた高度な軍事技術への投資を重要視しており、軍の近代化プロセスを加速させるため、軍事備品の開発と生産における国際的なパートナーシップを模索している。7月23日付オ・スル紙記事《ブラジル陸軍は中国軍と提携協議》(3)によれば、優先される技術の中には、対空ミサイル、装輪式自走砲、ソフトウェア無線通信システム、遠隔操縦航空機、3次元レーダー、キャタピラー戦車が含まれていると報じられている。
中国の真意を疑わせる〝事件〟が発生
ところが、この中国軍将校団来伯の直後に、一つの〝事件〟が起きた。中国大手ポータルサイトSohu.comが8日付で「ブラジル軍が世界で4番目に役に立たない軍隊だ」とのコラムを掲載した。6月11日付軍事協会ニュース《第2位の中国ポータルがブラジル陸軍を戦闘において世界最悪の軍隊の一つとランク付け》(4)との記事が流れて、ブラジル軍内で険悪な雰囲気になった。これを受けて、6月14日付オエステ誌も《中国最大のウェブサイトがブラジル軍を嘲笑》(5)と報じるなど問題が広がっている。
いわく、《世界において戦争で最も役に立たない四つの国》を紹介するコラムで、1位はイタリア、2位が韓国、3位がサウジアラビア、4位がブラジルというもの。
ブラジルの部分には、《第4位は世界的に非常に有名な国、ブラジルで、ブラジルはサッカーが非常に上手いと言える。しかし、ブラジルは戦いのようなことはあまり得意ではない。第2次世界大戦で、ブラジルはアメリカに追随して戦争に行ったことがあるが、ブラジル軍の規律は非常に緩く、軍事姿勢には大きな問題があり、戦争に行くのが好きではなく、おままごとをするようなものだった》とからかっている。
Sohuサイトの問題の記事
6月24日付軍事協会ニュース(6)によればこのコラムにより、ブラジル軍部の《兵舎内の多くの人々の憤りを引き起こした》という。同ニュースのコメント欄には《彼らが間違っていることを証明するために、我々は彼らに宣戦布告しなければならない!》などの書き込みも。原文はリンク(7)で7月29日現在そのまま表示される。24日付軍事協会ニュースには、《現在の中国では、中国共産党の利益に反すると解釈されるインターネット上での行為で少なくとも50人のインフルエンサーが逮捕されていると推定されているため、sohu.comの態度は実に印象的だ》とある。つまり、検閲の厳しい中国において大手ポータルサイトのコラムがそのままになっていると言うことは、「中国政府の意見を反映」との憶測が生まれている。軍部にはボルソナロ派の軍人が多いため、このような対応は疑念を生みやすい。
ブラジルは軍事力ランキングで世界12位
ここで、客観的なブラジルの軍事力の評価を見てみたい。6月11日付ビジネスインサイダーサイトの《世界の軍事力ランキングトップ25〔2023年版〕》(8)によれば、世界145カ国中、ブラジルは12位で同コラムが指摘するほど「役立たず」ではない。グローバルファイアーパワー社が、軍事ユニットの数や財務状況から兵站能力までの60以上の項目から採点審査した。
1位は米国、2位ロシア、3位中国、4位インド、5位英国、6位韓国、7位パキスタン、8位日本、9位フランス、10位イタリア、11位トルコとなっている。よく見るとBRICSのロシア、中国、インドは2位、3位、4位といずれも高位。もしブラジルの順位が上がれば、世界の軍事力バランスという意味でもBRICSは注目される存在になる。ただし南アフリカは33位とはるか下だ。ちなみに南米でブラジルは断トツ1位、2位はアルゼンチン(世界28位)、3位はコロンビア(43位)、4位はチリ(46位)。
ブラジル兵力は陸軍21万4千人、海軍8万5千人、空軍6万7500人。グローバルノートサイトの軍事費ランキング(9)によれば、軍事予算は2021年に191億ドルで世界17位だ。1位は米国の8006億ドル、2位は中国の2933億ドル、3位はインド765億ドル、5位はロシアで659億ドル、9位は日本で541億ドル。つまりブラジルは日本の3分の1弱であり、周囲に仮想敵国がいない状況において、それなりの規模を誇る。
中国接近を阻止するために将校を派遣する米国
このような中国の接近に対して、米国も遅まきながら対応を始めた。5月29日付エスタード紙のマルセロ・ゴドイ氏コラム《中国の脅威に対抗するため、米国はルーラ政権に将校を送る》(10)によれば、米軍南方軍司令官ローラ・リチャードソン大将にその対策を取らせている。
5月に陸軍がブラジリア陸上作戦司令部(Coter)での軍事教義セミナーに中国を招待することを中止したと知らされた後、ルーラ大統領はジョゼ・ムシオ国防大臣に招待するよう命じた。
これは、ウクライナ戦争に送るドイツ戦車に砲弾を供給するように、ドイツ首相から要請を受けたのを断ったのと同様に、ルーラ大統領のBRICS寄りの新しい外交方針を示すものとして注目されている。5月29日付ブラジル247紙《米国、ルーラ氏の中国との接近を阻止する任務で将校をブラジルに派遣》(11)によれば、《謎に包まれているが、ブラジルにおける米軍将校の任務には少なくとも一つの明確な目的があった。それは、ワシントンの主要な地政学的ライバルであり、いくつかの分野への投資を通じてラテンアメリカでの影響力を拡大している中国とのルーラ大統領の接近を阻止することである。(中略)エスタード紙の報道は、米軍側近の一人、米軍南方軍司令官ローラ・リチャードソン将軍が最も積極的な反中国人物の一人であることを強調している》とある。
さらに《米軍とブラジル軍は一連の行動協定を締結し、ブラジルでの「会談中に149の活動」を計画している。米陸軍南方軍は「今後数年間、両軍は2国間人事交流、合同演習、その他の専門的な軍事活動を継続する」と述べた》とも。一方、こうも分析する。《米国の外交攻勢にもかかわらず、中国との接近は弱まる兆しがない。ムシオ国防相は戦略的パートナーシップを深める兆候として、今年後半に中国を訪問するはずだ。ルーラ氏が独立中立の外交政策を追求する中、中国のブラジルへの投資も本格化している。
ブラジルは外国からの投資も求めており、政府が計画する経済成長において重要な役割を果たす中国の能力は、4月のルーラ大統領の北京公式訪問中に強調された。最後の共同宣言には、港湾、鉄道、エネルギー転換など、投資の可能性がある一連の分野が列挙されている》と書かれている。
ボルソナロ時代から変わるブラジル陸軍
このように軍部が中国寄りに変容してきたことに関して、次の分析もある。ABC連邦大学(UFABC)の国際関係コースに関連する教授と学生のグループによって2019年に設立された「ブラジル外交政策・国際監視団(OPEB)」のサイトには、この件に関して《ブラジルと中国の軍事外交関係》(12)との記事を出した。そこには《ソアレス参謀長は「ブラジルと中国の軍事協力には長い歴史があり、今回の訪問は関係をさらに深めることを目的としている」と述べた。BRICS加盟国の二つの間にはハイレベルの軍事接触があり(そしてこれらの接触は前政権には存在しなかった)、これはルーラ政権の対外志向の変化を示している》と分析している。
さらに《伝統的にブラジル軍は米国を同盟国とみている。だがボルソナロ大統領の退陣とルーラ大統領による新しい方針により、ラゴ海軍将校の見るところでは、現在の軍指導部の考え方がより〝日和見主義者〟(状況に左右される人)になってきた。最も強力な陸軍ですらポジションの取り方を寛容にしてきている。ブラジル陸軍は、特に航空宇宙分野における技術的特質の追加や同分野の研究開発に関して、中国軍との接近によってもたらされる潜在的な利益を想定していることは確かである》としている。
「軍」自体が保守的な性格を持つため、陸軍にはボルソナロ寄りが多い。だが政権が変わったことで徐々にルーラ寄り勢力が台頭してきたことが伺える。軍はそもそも反左派勢力ではなく、ベネズエラしかり、キューバしかり、左派独裁政権にも寄り添っている。軍の右過ぎも左過ぎも理想ではなく、政権からはある程度独立して思想に左右されない存在になることが望ましいと言われる。4月中旬のルーラ訪中により、二国の急接近が始まった。それを警戒した米国軍部もブラジルへの圧力を強めている。その発端には、ルーラは2月に訪米してバイデン大統領と会談したがめぼしいお土産はもらえず、冷遇されことがあり、4月の訪中でたくさん協定が結ばれ、山ほどお土産をもらった所から始まっている。他の南米諸国や他分野でも同じだが、南米軽視の米国のあり方自体が南米にパワーバランスの空白を生み、そこに中国が手を伸ばす構図がある。
ちなみに、中国軍将校視察団18人の団長「鄭和」の名前は、歴史上の有名人と同じだ。彼は明の永楽帝が1405~30年まで東南アジアからインド洋に派遣した大艦隊を指揮した人物で、その歴史的な大遠征はインド、アラビア、アフリカ東岸など、南海諸国に及んだ。いわば、海の一帯一路を開拓した歴史上の人物だ。それにちなんだ有名軍人が、ブラジルにやってきたことは少し象徴的な出来事かも。ブラジルをどちらの陣営に引っ張り込むかという米国と中国の綱引きは、これからますまず激しくなりそうだ。(深)
(1)https://www.brasilnippou.com/2023/230726-13brasil.html
(3)https://www.osul.com.br/exercito-brasileiro-discute-parceria-com-a-china/
(5)https://revistaoeste.com/politica/site-chines-exercito-brasileiro/
(7)https://www.sohu.com/a/683026875_121164428
(9)https://www.globalnote.jp/post-3871.html
(12)https://opeb.org/2023/06/13/relacao-militar-diplomatica-entre-brasil-e-china/