会報『ブラジル特報』 2011年7月号掲載


                 Norsk Hydro社をパートナーに迎えて―


                                   岸本 憲明(日本アマゾンアルミニウム株式会社 常務取締役)



 本年2月28日、アマゾンアルミ・プロジェクトの発足以来30余年にわたってパートナーであった VALEが、ノルウェーのアルミ専業メーカーであるNORSK HYDROにその保有するアルミ関連資産のほとんどを譲渡し、事業の経営から撤退、プロジェクトはHYDROとのパートナーシップのもとで新たなスタートを切ることとなった。かかる歴史的な転機にあたって本稿では以下、その概要、経緯、展望、課題等を整理してみたい。


アマゾンアルミ・プロジェクトの概要



 アマゾンアルミ・プロジェクトは、ブラジル北部パラ州ベレン市郊外バルカレーナの地で、アマゾン地域に豊富に賦存するボーキサイトおよびアマゾン水系の水力発電を利用して、アルミナ精製とアルミニウム製錬の一貫工場を建設・操業する日本とブラジルの大型経済協力プロジェクト、いわゆる“ナショナル・プロジェクト”として1970年代後半にスタートした。わが国にとってはアルミニウムの安定供給の確保、ブラジルにとってはアルミニウムの自給体制確立による国際収支改善および雇用創出を含むブラジル北部地域の開発という国策推進を目的とした。

 トロンベタスおよびパラゴミナスで採掘したボ—キサイトをアルノルテで精製し(アルミナ製造)、隣接するアルブラスでそのアルミナを製錬してアルミ地金を製造する。現在の生産能力はアルノルテが626万トン/年と世界最大を誇り、アルブラス(45万トン/年)も南米最大級の規模を有する。生産されたアルミ地金については日本が出資比率に応じて49%(約22万トン/年)を引き取る。これは日本の地金輸入量の約10%、日本が保有する権益地金の約1/4に相当する。

 両社はブラジルの重要な外貨獲得源となり、直接間接に約5,000人を雇用するなどパラ州のリーディングカンパニーに成長、当初の目的のうち経済協力的側面(ブラジル側の国策推進)はすでに達成されたといってよい。一方、日本にとっての資源確保の重要性はますます高まっている。ナショナル・プロジェクトについていえば、1997年に発足当初からのパートナーであった国営鉱山会社リオドセ(現在のVALE)が民営化されたことにより、その枠組みは日本側だけに残っている。このように30年の間には事業の性格も重要な変遷を経てきているが、冒頭に述べたように、昨年から今年にかけて事業はもう一つの大きな転機を迎えることになる。


アルノルテ工場の全景 (アルノルテ提供)



VALEによる事業資産譲渡の概要



 2010年5月、VALEとNORSK HYDROは、アルミ関連の資産・権益の譲渡に関する基本合意に達したことを発表した。その後、所用の評価作業等を経て2011年2月28日に譲渡手続きが完了し、名実ともにHYDROがプロジェクトのパートナーとなった。 VALEはHYDROに対して、アルブラスの持株(51%)のすべて、アルノルテの持株(57%)のすべて、建設途上の第二アルミナ工場(CAP)の持株(61%)のすべて、さらにボーキサイト採掘会社(パラゴミナス)の持株100%のうち60%を譲渡する。報道によれば、VALEはその見合いとして、債務肩代わり7億ドルを含めて、またHYDROの株式による支払も含めて49億ドルをHYDROから受け取る。この結果、HYDROはアルノルテについてはすでに保有していた34%と合わせて91%を保有することとなり、パラゴミナスの残る40%についても2013年、15年に20%ずつ買い取るオプションを有する。

 HYDROは最も弱い分野であるボーキサイトについては、当面経験豊富なVALEとのJ/V方式をとる一方、アルミナおよびアルミ地金に関してはVALEの持株全量を買い取り、その経営に当たることを選択した。一方、VALEはHYDRO株式22%を取得し、間接的に本事業に関わっていくこととなった。 HYDROはアルブラス、アルノルテおよびCAPにおける既存パートナーとはその関係を維持する方針を表明、なかでも日本アマゾンアルミニウム( N A A C ) との関係は重要と位置付けている。 NAACは関係先と協議のうえ、当社の権利が損なわれないこと、VALEの義務がすべてHYDROに承継されることを前提に本件に同意した。


ビラドコンデ港(中央奥 左アルノルテ、右アルブラス -NAAC撮影


統合に至った背景事情

 一言でいえば、VALEとHYDROの利害・思惑が合致したということに他ならない。
 HYDROは世界第5位のアルミ専業メーカーである。1905年に設立され、40年代に開始したアルミ製錬は半世紀を超える歴史を有する。ノルウェー第2の水力発電事業者でもある。本国のほか、ドイツやカタールにも製錬所を有し、地金生産を軸として川下までグローバルに展開しているものの、原料ボーキサイトと中間原料アルミナの保有は自社の製錬能力上の必要量に比して非常に少なく、バランスのとれた一貫メーカーを目指すうえで川上の資産確保が戦略的な重要課題となっていた。本件買収によってHYDROはボーキサイト、アルミナの完全自給体制を確立し、念願の原料・製品一貫体制が出来上がる。

 世界のアルミ事業はその他の非鉄金属と同様、とくに上流における淘汰・統合およびグローバル展開が生き残りに不可欠といわれるなか、VALEはボーキサイト、アルミナは豊富に保有するものの、アルミ資産がブラジル国内に限定されているため、電力料金問題等でアルミ地金生産の成長・拡大の絵が描けないとの判断から、過去に同業他社の買収等も検討したが上手く行かず、グローバル展開は難航していた。VALEのポートフォリオの大前提(その業界でトップ・グループになれること)に照らせば、アルミは同社事業のなかでその可能性が最も低く、アルミ事業を継続するとしてもマージナルな形でしか進められない状況になっていた。したがって、VALESUL(VALE 100%所有のアルミ製錬)売却(2010年)を第1ステップとしてさらなるポートフォリオの組み替えを模索した結果、最も効果が期待できる相手としてHYDROを選択した。
 なお、VALEの撤退にあたって同社保有のアルブラス株式については日本側(NAAC)が優先買取権を保有するが、原料を持たないカスタムスメルターのリスクを100%日本側でもつことは無理があり、やはりパートナーとのJ/V形態が現実的との判断から、先買権の行使は行わなかった。


アルブラス工場の全景 (アルブラス提供)



展望と課題



 地金を軸にグローバルにアルミ事業を展開している専業メーカーたるHYDROがパートナーとなったことは、今後のプロジェクト展開において少なくともVALEの時代よりも柔軟性の余地ができことを意味するといえるであろう。また、アルミ事業を非中核事業と位置付けるVALEよりも、専業メーカーのHYDROのほうが従業員のモラールにも好影響を与えるであろうと期待される。HYDROも真剣にアルブラス、アルノルテの従業員との融和を図っており、従業員側も今回の統合を好感している。

 HYDROはアルミ専業メーカーだけあって、幹部に至るまでアルミの技術的詳細に精通したプロ集団であるが、VALEとは事業経営、ガバナンスに対する考え方が異なることから、現在NAAC加わってプロジェクト運営の組織的・制度的ストラクチャーを検討している最中である。永続的な機関やルールなどの全容が固まるまでには今しばらくの時間を要するものと思われる。ただし、日本側がプロジェクト発足時から技術と人材を提供して育成してきたアルブラス、アルノルテの従業員は基本的にそのまま残るため、日々の操業・管理上の問題はない。

 ブラジルは2010年、7.5%の経済成長を達成、本年も4%強の成長が見込まれている。中間層を中心とした個人消費の伸び、さらに14年のサッカーワ—ルドカップ、16年のリオデジャネイロ五輪等を背景としてブラジル国内のアルミ需要は着実に伸びており、ブラジル・アルミ協会(ABAL)の調査によれば、今後10年で国内消費は倍増し、21年には200万トンに達する見通しである。一方、国内の地金生産は現在160万トンであるが輸出を除いた国内供給は国内消費を下回っており、不足分は輸入でカバーされている。国内の製錬能力拡張を大きく制約している電力料金問題が解決されない限り、ブラジルはボーキサイト、アルミナという原料を国内に豊富に持ちながら地金の輸入依存が強くなっていく構図は避けられない。

アマゾン・アルミ事業は数多の苦難を克服してVALEとの間に信頼・協力関係を築いてきた先人の努力によってここまで成長してきた。本事業は日本が権益を持つ数少ないアルミ事業であり、その長期安定的な対日供給のため、HYDROとの間に堅固な協調体制を構築し、事業の一層の充実を図ることがいま我々に課せられた課題であり、今回の統合を成功させるべく、NAACとしても全力を傾ける所存である。

(文中意見にわたる部分は筆者の奉職する日本アマゾンアルミニウムの公式見解と必ずしも同一ではないことをお断りする。)