年頭のご挨拶を申し上げるに当たり,何よりも我が国が未曾有の大震災に見舞われたことに思いを馳せずにはいられません。被害に遭われた関係者の皆様に改めて心からお見舞い申し上げますとともに,政府において外交を支える一員として,復興に向け各国との経済関係の一層推進などに努めてまいる所存です。
2011年の日本ブラジル関係を振り返って
震災の影響や世界経済の不安など,厳しい中にありながらも,昨年は非常に活発な日本ブラジル外交を展開する機会に恵まれた年となりました。元旦のルセーフ新政権の発足に当たっての大統領就任式には,我が国特派大使として,麻生元内閣総理大臣にご参列いただくことができたばかりでなく,各国首脳等が訪問する中,ルセーフ大統領は各国の要人よりも優先して麻生特派大使と個別に会談も行い,我が国を重視する姿勢を明らかにしてくれました。 3月の震災後間もなく,4月半ばにパトリオッタ外相が訪日し,飯倉公館において松本外務大臣(当時)と会談を行う機会がありました。
この訪日に先立ちパトリオッタ外相からは,松本大臣に電話をかけられ,多くの在日外交団が東京から待避する動きがみられる中,ブラジルは,日本側からの勧告がない限り,大使館・総領事館を待避させないとして,強固な連帯を示されたことも忘れられません。昨年1月に着任して間もなく厳しい事態に見舞われ,外務省と協力し在日ブラジル人の安否確認に当たられたガウヴォン駐日大使も大変貢献され,4月15日までに在日ブラジル人全員の無事を確認。その翌日,東京でも強い余震が感じられる中も,両国外相がじっくりと腰を下ろし会談された一連の動きには,感慨深いものがありました。
松本大臣(当時)も,伝統的な日本ブラジル友好関係にとどまらず,国際会議などの機会に自ら会談された経験を通じ,パトリオッタ外相に高い信頼を寄せられ,この4月の会談後間もない6月末に,パラグアイのアスンシオンにおけるメルコスール首脳会議(注:同外相が招待を実現してくれたものです)への出席後,ブラジルを訪問され,さらに協力を深められました。両国に互いに派遣されるビジネスマンや家族の年金二重払いなどの負担を解消する日・ブラジル社会保障協定も,双方の議会での承認手続きが完了し,本2012年3月1日に発効する運びとなりました。さらに,企業進出等が活発化する中,日本国民が商用目的でブラジルに入国する場合,これまで最長でも90日間有効な数次査証しか発給されないという悩みがありましたが,上記会談での働きかけや事務レベルでの交渉を通じ,昨年11月には両国政府間覚書に署名し,継続して年間90日を超えない期間一時的に滞在する場合,最長3年間有効な数次入国査証の発給をブラジル政府から受けることができるようになりました。まさにこの元旦から発効する制度です。
日本とブラジルの間には,百年を超える日本人移住の歴史をはじめとする強固な絆がありますが,いまや,共にG20に参加する仲間であり,グローバル化を深める世界の中で,これまで以上に様々な国際経済問題などについて話し合い,協力すべきパートナーであることは,多くの方々が認めるところだと思います。その一例として,アフリカにおいて両国が共同で農業分野での協力を進め,世界的な食糧問題の改善にも貢献しようとしていることなどをあげることができます。
ルセーフ政権の1年
大きなカリスマを有する前任者のルーラ前大統領が非常に知名度を上げてきた中,その後継者として就任したルセーフ大統領が内外にその実力をどう示すかが注目されましたが,期待を裏切らず,9月の国連総会で史上初の女性大統領として演説し,同月のニューズ・ウィーク誌の表紙を飾るなど,早くも世界的に注目される存在になっています。同記事では,彼女のほかにも世界で活躍する数々の女性指導者の姿などを特集しつつ,“Don’t mess with Dilma”_(ジルマ大統領を邪魔するな)と,彼女の今後の取組を強く支持する見出しがありました。
政権発足から1年のうちに,7名もの閣僚が,汚職の疑いなどを理由に辞任という厳しい動きもありましたが,ルセーフ大統領は,不正を断じて許さないとのメッセージを内外に明確に示し,丁寧な政権運営と綱紀粛正を進めており,堅実に国民の支持を維持しています。
そもそも2000年代を通じ,対外債務国から純債権国への転換,財政支出面での規律維持,公的債務負担軽減への取組などを通じ,徐々に内外で大きな信任を築いていったブラジル自身の息の長い積み重ねがあることも忘れてはならないでしょう。こうして築いてきた好調な経済を背景に,ブラジルの多国籍企業が積極的な海外展開を行うなど,これまでの外資受け入れという一面にとどまらない新しいブラジルの顔も見えてきていますし,ブラジルの国際社会でのプレゼンスは,経済だけでなく政治面でも着実に高まっているといえます。昨今のユーロ圏債務危機に際しては,ブラジルなどの新興国がいかに欧州債務国を支援できるか,あるいは世界経済の成長を牽引できるかといった話も取り沙汰され,時代が逆転した感さえあります。
今後の見通しとさらなる日本ブラジル協力ただし,近年続いてきたレアル高から,廉価な輸入品が国内に大量流入する一方,工業品の輸出が不振に陥るといった,我が国の円高に一部似た悩みも存在します。そのレアルも,10月以降一転して大きく下落傾向ですが、欧州の債務危機からの影響など,不安な要素は消えず,難しい舵取りを迫られる状況が続くことは,近年好調なブラジルといえども避けられない情勢です。
我が国も,サプライチェーンが震災以前にほぼ近い水準にまで回復しているとはいえ,多くの課題を抱えています。グローバル経済に深く組み込まれた中で歩んでいる意味では,日本もブラジルも同様。我が国自身も活気を取り戻せるよう,元気のいいブラジルとの関係を一層深めていけるよう尽力したい次第です。
2010年に7.5%もの高成長を記録したブラジルですが,2011年については,先進国経済の不振もあって,同水準の成長を維持することは容易ではない情勢にあるものの,ブラジルの政策担当者は,他の新興国に比べてもいち早く機敏に反応する傾向が感じられます。8月末にブラジル中銀は,当時「予想外」といわれた利下げを断行し,すぐ後にこれは「先見的」との評価に切り替わったことなどはその一例で,とりわけギリシャを中心とするユーロ圏の債務危機が再燃しつつあった中,むしろいち早く対応できたのではないかとの評価もあります。 新興国には,成長の持続と同時に,財政・金融政策両面で政策発動の余地を先進国以上に有しているという強みがあり,世界経済回復の鍵ともなる存在として,ブラジルはますます注目を浴びていくこととなるでしょう。 2014年のサッカー・ワールドカップ・ブラジル大会,2016年のリオデジャネイロ・オリンピック大会などを控え,上り調子の中で,外資の流入も続くと思われますが,その分為替はレアル高となる原理も働くので,輸出の観点からは厳しく,円高に悩まされる我が国とどこか似た境遇もあるかもしれません。 ブラジルは大きく変わった。これは昨年新年号におけるご挨拶でも,『エコノミスト』誌の“braziltrakes off”という印象的な表紙の話などを引用しながら触れた次第です。重要なパートナーですので,こうした新しいブラジルの姿を実像としてよく見つめると同時に,経済成長の中も依然残る経済格差など,この友人が中長期的課題にどう取り組んでいくかといったことにも注目していこうと思います。
ブラジルの多くの当局者や識者も,我が国の技術や,セラード開発などで見せた我が国国民の根気強さなどを高く評価してくれています。複雑さと不確実さに悩む新世紀の中で,日本ブラジル両国は互いに協力することにより,双方が利益を得るとともに,世界の安定にも貢献することができる関係にあると確信し,一層の関係強化を進めていきたいと考えています。
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(本稿は筆者の個人的見解であり,外務省の見解を代表したものではありません。)
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