会報『ブラジル特報』 2012年11月号掲載
エッセイ

                      木多 喜八郎(ブラジル日本文化福祉協会会長)


 本年は日本ブラジル中央協会創立80周年記念の有意義な年であり、80年の長きにわたり、日本とブラジルの親善友好関係強化に多大の責献をされました関係の皆様に深い敬意と感謝の気持ちを表するものでございます。
 ブラジル日本移民は、戦前戦後を通じて約25万人が海を渡ってきました。現在では6世の誕生をみて、日系ブラジル人は通称150万人といわれています。戦前の移民たちはブラジル人世界から孤立して、日本人は同化しない民族ではないかと疑惑の目で見られることもありました。しかし戦後はこの傾向はなくなり、今ではむしろ他の移民国より混血が進み、60%以上の混血社会となり、混血の速さは、社会人類学の研究上でも特異な存在として見られています。

 移民としてきてその国に同化することは、自然の理であり当然の成り行きでありましょう。ただし、問題となるのは、日本の伝統、風習を何処まで守り維持していけるかであります。移民とともに持ち込んだ日本の伝統、親から受け継いだ風習を継承したくとも、受け皿がなくなりつつある事実に直面するのが現実であります。多くの日系人はこの伝統風習を残し、継承したいと悩み模索をしています。
1980年代初頭よりでかせぎブームに乗って30万人の日系人が日本に向かい、経済不況によって公称12万人の日系ブラジル人がブラジルに戻って来たといわれています。ブラジル日系社会の一割弱の人が、日本文化、伝統の洗礼を受けてきた勘定になります。純粋なる伝統文化を残そうと努力している日系社会の人たちと、日本の伝統風習にどっぷり浸かった帰国者が結びついたとき、新しいブラジル日系社会の将来像が浮かび上がってくるのではないでしょうか。

ブラジル日本移民104周年記念 第47回コロニア芸能祭のポスター
2012年は6月23・24日に行われた。文協ビル建設以来、毎年6月に行われるブラジル日本移民祭の主要行事の一つ 


 2008年のブラジル日本移民百周年記念事業には、日本政府は学術、芸能関係者を派遣して日本の伝統芸術、大衆芸能を知らしめる機会を確かに作ってはくれました。しかし、これらはあくまでも記念行事、慶事への協力に他ありません。これを除けば80年以降の文化交流の低下は否めません。
 しかしながら、ブラジル人や日系3世、4世の人たちが、いまブラジルの地で見ている、接している日本文化、伝統芸能の全てが真の姿であると理解され、認識されることは好ましいことではありません。日本舞踊、謡曲、和太鼓などを中心とする和楽器の演奏、それぞれは別個に活動を続けており愛好者を増やしていますが、これらの芸術が纏まった総合芸術である歌舞伎のブラジルでの公演は、1985年に行われて以来日本より派遣されていません。
 歌舞伎のみが日本文化とはいえませんが、歌舞伎のみならず個々の芸能、芸術についても、真の姿に接しなければ本当の良さ、真髄をしることは難しい。
 日本で脈々と受け継がれている伝統芸能を見て接してこそ、ブラジルの地で生きている変化した日本の伝統芸能、芸術を対比することができ、理解が深まってゆくものと思われます。今こそ必要なことは、真の姿を見せ、伝えることではないでしょうか? このことは文化芸術のみならず、産業界における最新技術も同様であることはいうまでもありません。

 日本ブラジル中央協会の大きな役割は、日本・ブラジル両国の経済界に軸をおいて活動されていると理解していますが、文化教育などの分野に投資などのゆとりを持ち合わせない日本国政府の厳しい現状を把握し、日本ブラジル中央協会が今こそこの分野に力を発揮され、より大きな存在感を示して頂きたいと切に願うものであります。私共もその活動に期待するところ大であります。