会報『ブラジル特報』 2012年11月号掲載

                      大岩 玲(在ベレン総領事館領事)


 「地方」へと向かう各国企
 昨今の中間層の拡大や、恩典享受のための内陸部での工場建設により、各国企業の関心もサンパウロ以外の地方州へと向かう傾向にある。そうした中、北部1パラー州を訪れる欧米、アジアの政府、企業関係者も増えつつあり、去る2012年9月には、日本政府もジャテーネ・パラー州知事を招へいし、我が国と同州の経済関係等強化のてこ入れを図ったところである。
 とはいえ、日本企業関係者のパラー州への馴染みはまだ薄く、思い浮かぶイメージは熱帯雨林や熱帯果実、そして、リオ+20の際にグリーンエコノミーとして注目を集めたトメアスーのアグロフォレストリー等であろうか。パラー州が日本企業のビジネス対象になりにくい理由として、

 ①ブラジル南部、南東部からの距離と高い国内輸送コスト、未整備の輸送インフラ、

 ②経済の鉱業依存度が高く、関心対象業種が少ない、

 ③まずはバイーア等北東部の市場開拓を検討中、

などが考えられる。ちなみに、地域別の一人当たりGDP(2009年)では、北部は5,330ドルで、北東部の4,097ドルを上回っている

 インフラ整備にかかる期待
 パラー州の面積は日本の3.3倍、人口は約780万人で、全国で8番目に人口の多い州である。この中には、約3万人の移住者と日系人も含まれており、マナウス・フリーゾーンの日系企業でも多くのパラー出身の日系人が活躍している。州の産業別GDPをみると(2009年、IBGE)、鉱物等採掘産業の比率は全国で最も高い9.9%で、これは、パラーの資源州としての重要性を示す一方、産業の多様化の遅れを浮き彫りにしている。パラー州は、ミナスジェライスに次ぐ鉱物の生産、輸出州で、ヴァーレのカラジャス鉱山で知られる鉄鉱石では、日本の輸入量の約1割をパラー州産が占める。この他にも、銅、ボーキサイト、カオリン等の生産が盛んで、カナダ、米国、フランス等の外資系企業も資源関連事業を行っており、日系企業では、アルブラスが日本で消費されるアルミ新地金の約1割をバルカレーナ市で生産している。
 ジャテーネ知事は、鉱業が州の主要産業である点は認めつつも、付加価値の低い原料の提供にとどまっていては州民への裨益効果は少ないとして、産業の「垂直化」を目指している。加工工程を誘致するという本目標の目玉は、ヴァーレがマラバー市で建設中のALPA製鉄所であろう(2014~15年に稼働開始予定)。州北東部とを結ぶ水路整備の遅れが懸念事項だが、従来の産業構造を変える契機として期待は大きい。広大な熱帯雨林もあり、長年「陸の孤島」であったパラー州だが、インフラ整備が進み、ブラジル南東部等とのトラックではない新たなルートが確立されれば、販売市場や加工産業の拠点として注目は増すであろう。その意味では、去る8月15日、ルセーフ大統領が発表した「ロジスティクス投資プログラム」において、サンパウロ内陸から北に延びる南北鉄道の終着点が、バルカレーナのヴィラ・ド・コンデ港となったことは重要といえる。その他、ヴァーレ他が整備を計画中の州北東部クルサー市のエスパダルテ港は、稼働すれば「アジアに最も近いブラジルの大型港」となり、コモディティの輸出港のみならず、完成品や生産に必要な部品等の輸入港として活用が見込まれる。

 キーワードは多様な用途と持続可能性
 インフラ整備など、まだまだ開発を必要とするバラ-州だが、熱帯雨林を擁するため持続可能性を問う声も常に大きい。そうした中、パーム椰子産業への注目が次第に高まっている。
 パーム椰子は、赤道を挟んで北緯10度から南緯10度に位置し、年間平均雨量が2,200~2,800ミリ等の雨の多い地域が最も栽培に適している。パラー州北東部は、これら気候条件を備えていることに加え、既に原生林が伐採された上で、パーム椰子の栽培に適している土地が約1,000万ヘクタール(東京23区の約160倍)存在するとされる。パラー州で長年パーム椰子事業を行う企業の一つにパルマーザ3(イガラペアスー市)がある。同社は、1986年に日本人が創業し、現在も、日本語堪能な日系人幹部が中心となり、堅実経営で事業を拡大させている。同社を含め、パーム椰子栽培を行う企業は当初は数える程であったが、2010年5月、ルーラ前大統領がパラー州を世界的な栽培地にするとして「国家パーム油プログラム」を打ち出すと、国内外で関心は急速に高まった。同大統領の狙いは、ディーゼル油への混合義務が導入されたバイオディーゼルで、パーム油を食糧と競合する大豆油の代替原料とし、また、低開発地域で小農を中心に雇用の創出を狙うというものであった。
 同プログラムの発表以降、小農への低利融資や技術指導等国からの支援体制が整備されたこともあり、ペトロブラスや鉄鉱大手のヴァーレの子会社等が、バイオディーゼル原料を調達するための事業を本格させた。地域の小農の参画を促し自社栽培を減らすことで、事業リスクを減じることも可能となる。ヴァーレが2011年に70%出資を決めたビオヴァーレは、2012年6月にモジュー市で第1号となる搾油施設の操業を始め、同社グループ内で使用するバイオディーゼルの生産までを予定している。
 企業の関心は、バイオディーゼル以外にも向いている。パルマーザによれば、パーム油にはパスタ、石鹸、化粧品、潤滑油、医薬品等135もの使用用途がある。さらに、パーム油はビタミンAとEが豊富で、悪玉コレステロールを減らす効果があることから、昨今の健康志向の高まりの中、ブラジルでも大幅な需要増が見込まれている。ヘクタール当たりの搾油量は大豆の平均400キロに比べパーム油は同4,000キロに達し、また、大豆やトウモロコシと異なり、搾油工程で化学物質を使う必要がない点も注目されている。パラー州では、搾油後の実は高タンパクの牛用飼料として加工、販売されており、繊維部分は肥料として再利用されるなど、バイオマスが十分活用されている点も特筆される。

パルマーザの幹部会議。移住者と日系人で構成される。(提供:パルマーザ)


 パーム椰子も良いこと尽くめとはいかず、アマゾン地域の単一栽培への逆行リスクに加え、コスト関連でも課題はみられる。第一に、最初の搾油が可能となるまでに植え付けから平均で5年を要するため、ある程度の資本力がなければ初期の経営は困難となる。次に、技術的な問題から実の収穫が手作業で行われているため、硬直的な労働法等により人件費が相対的に高いブラジルでは、企業負担は大きくなる(労働集約性によって、地域住民の所得が向上し、最終製品等の市場が拡大するというジレンマもある)。さらに、搾油したパーム油の販売先の大部分は、依然として国内消費の4割を占める輸入パーム油が着くサンパウロ州であるため、輸送コストが高く非効率である。利益を拡大するには、州内で搾油施設から精製施設まで保有して、最終製品の自社生産も行い、周辺地域で販売する必要がある。椰子栽培に着手した穀物メジャーのADMは、将来の市場拡大を見込み、パラー州での最終製品の生産までを計画している。パルマーザも同様の目標を掲げているが、多額な資金を要するため実現は容易ではない。同社では、資金力に加え、高い精製技術を持つ日本企業との提携等も前向きに考えている。

パルマーザのオフィス棟と搾油施設。左上はパーム椰子栽培地。(提供:パルマーザ)


 おわりに
 パラー州では、厳しい自然環境により隔絶された地域も多く、いまだ基礎インフラ整備が喫緊の課題である。他方、熱帯雨林保全への意識が高まる中、大型事業が批判にさらされることも多い。アマゾンでは「環境と開発のジレンマ」という古くて新しい問題が常に存在するが、それゆえに、持続可能性を意識する自治体や、日本人の知恵を受け継いだパルマーザの様な企業も育ってきた。環境保全と成長とのさらなる両立を目指し、日本と地域社会との共同作業が増えることを期待したい。
(本稿中の意見は筆者個人のものであり、外務省の見解を示すものではありません。)

 (注)
  1.パラー、アマパー、トカンチンス、アマゾナス、ロライマ、アクレ、ロンドニアの7州。
  2.ブラジル地理統計院(IBGE)発表額(レアル)を、中銀期中平均レートでドル換算。
  3.http://www.palmasa.com.br/site/、コンタクトはdavy@palmasa.com.br(クドウ氏)。