会報『ブラジル特報』 2013年9月号掲載

  マルコス・ガウヴォン(駐日ブラジル大使)


 『ブラジル特報』誌の読者の皆様に宛てた昨年のメッセージでは日本ブラジル関係の過去を振り返り、両国間のパートナーシップを深める今後のポテンシャルについてコメントし、両国が2008年の危機に引き続いて直面している各種のチャレンジについて言及しました。
一年が経過したいま、世界各国の経済回復状況はひ弱く、バランスに欠けています。全体として発展途上国は先進国より高い成長率を呈していますが、直近では幾つかの国の成長率が鈍化しています。主要な新興諸国の輸出は先進諸国の低成長率のインパクトを受けています。
日本は先進諸国の中で2013年の国内総生産GDP成長予測が上方修正された数少ない例外です。ブラジルは安倍政権の経済政策に注目しつつその成功を期待して止みません。地球上で第3位の経済規模と巨大な消費市場、強大な産業基盤を備えた日本の経済が活性を取り戻した暁にはグローバル経済に間違いなく重要な貢献ができると確信します。


ブラジルはといえば直近の予想では2%を上回る成長で2013年末を迎えるものと見込まれ、12年の実績(0.9%)を上回るものの、我々が望む数値にはまだ届きません。より活発な経済成長の軌道を回復するためにはより積極的な投資と経済全体の競争力回復が不可欠と考えます。インフラを整備し、構造的なコスト要因を取り除き、投資に一層適した環境を整える事によって、特に痛切な必要性が認められるイノベーション分野と生産性強化分野を含む各関連分野に投資する意欲を促さなければなりません。
ブラジル政府はこれ等の目的を目指した施策を講じており、具体例として幾つかの産業部門に対する減税、エネルギーコストの削減を目指した電力分野の改革、輸送ネットワークの拡大・統合を目指した民間業界と共同の野心的な戦略等々が挙げられます。この計画はロジスティックおよび流通に関する大規模な民間への事業委託から成り、インフラへの積極的な民間投資をもたらしています。
より直近の関連措置としては、港湾施設の民間への事業委託(民間による施設の使用を可能にする譲渡契約)を主体とする荷役ターミナルの運営に関する法的な枠組みが整備されました。結果としてこの分野における競争力の強化と民間投資の促進が期待されます。去る5月には石油庁(ANP)が石油・天然ガス資源開発の民間委託に関する第11ラウンドの入札を実施しました。ここでは史上最高の契約調印ボーナスが記録され、資源開発段階における大規模な投資が保証されることになります。その他にも、エネルギー関連では水力発電所からの送電事業、風力発電事業等を含む事業運営ブロックの入札が予定されています。

日本ブラジル両国間には、伝統的でかつ重要な経済交流の歴史が既に存在します。我が国では近年において海外からの直接投資が強力に流入していますが、この投資を誘致し続け、インフラを整備し、科学技術を推進し、市場を開拓するために両国間の関係を一層拡大強化する必要性に迫られています。ブラジルに於ける魅力的でかつ大規模なビジネスチャンスは無数に存在し、日本を含む国際的なパートナーの積極的な取り組みが期待されます。
日本の企業は堅固な財務基盤を誇り、より多くの海外市場を獲得する意欲に燃えて国際的なビジネスのチャンスを求めています。このような状況の下、日本企業が主に近隣のアジア諸国に注目して来た事情は十分に理解出来ます。しかし高いリターン率、安定したビジネス環境、長期的な成長の見込みを提供するブラジルを含めたアジア以外の経済に投資を多様化・多角化することによって、多くのメリットが得られます。ブラジルと周辺諸国に日本の海外直接投資FDIを拡大する余地が十分にあります。ブラジルにおける日本の海外直接投資FDIの累積ストックは350億ドルで、全体の3.5%にすぎません。中南米全域を合計しても世界に於ける日本の海外直接投資FDIの12.7%に過ぎず、北米、アジア、欧州を合計した80%に遠く及びません。
ブラジルで活躍する多くの日系企業は、我が国に関する深い知見を蓄積し、現地企業を含む市場関係者と長期的なパートナーシップを確立するに至りましたが、その中で日本人移住者とその子孫が築き上げた力強い人的な絆が重要な役割を果たしています。日系ブラジル人を活用して経済および社会の変化を的確に把握し、あらゆる分野におけるビジネスチャンスを見出す日系企業の嗅覚の鋭さは当然といえば当然です。近年において多くのブラジル国民が貧困層から中間所得層に引き上げられましたが、日系企業はこの新たな市場が求める消費財とサービスの需要を積極的に取り込むことを目指しています。多くの日系企業が「プレサル」の名称で知られる深海油田の開発に必要な機材とインフラを提供しています。穀物生産業者として国内市場だけではなく日本を含むアジア市場にも供給しています。化粧品産業に向けた原料を供給し、燃料用エタノールを生産し、自動車を組み立て、戦略的に重要な鉱業、医薬品業、金融業、保険業等々の分野で存在感を示しています。特に国際協力銀行(JBIC)がブラジル国内で多分野の事業を展開する両国の企業に融資を提供しているのは重要であり、同行は多くの場合にブラジル側の国立社会経済開発銀行(BNDES)をパートナーとしています。
毎年JBICが日本貿易振興機構(JETRO)と共同で日系企業を対象として実施している調査によればブラジルは日本の企業にとってアジア以外で最も重要な投資先であり、全体でも6位を占めています。ブラジルに進出した日系企業は広大な国土と経済のポテンシャル等の長所を指摘する一方で、我が国の課題も熟知しています。何れにせよ、調査の対象となった多くの日系企業がブラジルの将来性を信じ、投資の拡大を計画しています。

通商に関して、両国のパートナーシップは一層堅固になりつつあります。日本はブラジルにとって第6位の貿易相手国です(ブラジル産品の輸入国として第5位、ブラジル向けの輸出国として第7位)。2012年に両国間の通商規模は157億ドルに達し、ブラジルが2.18億ドルの対日貿易黒字を計上しました。2013年1~6月期に通商規模は72億ドルで、ブラジルが4.61億ドルの黒字を計上しました。
日本向けの主要な輸出産品は鉄鉱石および関連品目であり、ブラジル側の対日輸出の38%を占め、総額30億ドルに達します。ブラジルのアグリビジネス分野の輸出で日本市場は極めて重要な役割を果たしています。2012年に日本は35億ドルのブラジル産農畜産物を消費し、これは日本向け輸出の44%を占めます。ブラジルは日本向けの鶏肉、濃縮柑橘ジュース、コーヒー豆、綿花、大豆、トウモロコシの供給国として首位ないし第2位を占めています。これ等の伝統的な産品を疎かにすることなく、今後は他品目への多様化・多角化が急がれます。
最近の成果としては、約8年間におよぶ交渉を経て、2013年5月にサンタカタリーナ州産の生鮮豚肉が日本向けに輸出できるようになりました。豚肉および関連製品の日本市場は約180万トンと推定されます。12年には約46%に相当する52億ドルを外国から輸入しており、日本は世界最大の輸入国となっています。
サンタカタリーナ州産の生鮮豚肉の日本向け輸出が可能になった結果として同州の生産基盤が拡大強化され、特に国内養豚業の基幹をなす小規模農家に新たな雇用機会を生み出します。新たな市場を獲得した事によってブラジルのアグリビジネス全体、特に養豚業の輸出が拡大し、多様化します。
日本がブラジルに輸出する主要産品は工業製品が主体であり、著しい多様性を示します。完成自動車と部品・コンポーネントが代表例です。日本のブラジル向け輸出品目を担う主な業種は日伯間貿易の顕著な特徴を如実に反映しています。それは日本のブラジル向け直接投資FDIとの結び付きです。日本向けに輸出するブラジルの大手業者の相当数が日系企業です。ブラジルが日本から輸入する品目に関しても、企業内取引が目立ちます。ブラジルに生産拠点を有する日本企業が主要な輸入業者でもあります。

両国の関係者が官民を問わず、直接対話の機会を増やす方向で積極的に取り組んでいる事実は特筆に値します。ブラジル側からはフェルナンド・ピメンテウ開発工業貿易大臣が2012年に2回来日しています。加えて、日本側からは茂木敏充経済産業大臣が民間業界関係者のミッションを率いて今年5月にブラジルを訪問し、両国間の投資・通商関係の推進を目指した日程をこなしました。来たる9月23~24日にはベロオリゾンテ市で第16回日本ブラジル経済合同委員会(CNI・日本経団連共催)が開催され、両国間のパートナーシップの深化を目指した民間の取組について意見交換します。並行して両国の政府当局間の第7回貿易投資促進委員会が開催され、ここではブラジル側からは開発工業貿易省(MDIC)、日本側からは経済産業省(METI)の担当者がビジネスの迅速化を目指した新たな措置について意見交換します。
2011年初頭に日本に着任して以来、私は両国間関係を強化する必要性についての確信を一層強めました。近年において著しい経済発展を達成したにもかかわらず、ブラジルは一層速やかに一層著しく近代化し、産業・科学・技術の面で一層密度を高めねばなりません。我が国の経済発展を目指した幾つかの段階において日本は決定的なパートナーであった実績があります。今後も双方に再びウィン・ウィンの結果をもたらす新たな道程と新たな可能性が存在すると断言できます。両国間の将来に向けた関係はその出発点に於いて既に輝かしい過去の実績があり、双方の前向きな意欲があり、我々にとって大きな励みとなる未開のポテンシャルがあります。

清水日本ブラジル中央協会前会長お別れの会での大使(右)のスピーチ


最後に、去る5月に残された我々の悲しみをよそに突然黄泉路に旅立たれた清水愼次郎日本ブラジル中央協会前会長に心よりの敬意を表明します。三井物産の最高経営責任者として日本とブラジル関係の促進に尽くされたご活躍以外にも、同氏は日本ブラジル中央協会会長として長年にわたって貢献を続けられ、両国の経済交流、文化交流、人的交流に尽力され、大きな足跡を残されました。同氏の個人的な資質以外にも、両国と両国民の絆を深めるに当たって示された熱意を目の当たりに出来なくなったことを残念に思います。清水様が残された功績は日本ブラジル両国間の絆を深める任務を託された我々にとって常に模範で有り続けると確信します。